第8話Star vicino

いつもと同じように始まった土曜日の事だった。


持主は仕事が土曜日、日曜日休みなため、日中に自分に逢いにくる。

逢いに来て90分くらい練習していく。

もっぱら基礎練習だ。

持主の自慢が出来るとしたらここだろう。

持主は地道でややもすれば面白味に欠ける基礎練習を実直に積み重ねる事こそが最も早く上達する道だと信じて疑わない。

もちろん、世の中にはそんな事をしなくても曲を上手く吹けるようになる奴は沢山いる。

基礎練習という道を選んだら迷わず怯まず信じてひたすら進む、その振れない姿勢を自慢してしまうのだ。


土曜日の午前中というだけあってなかなか珍しく混んでいる。


受付で自分を受け取った持主は床に置かずスツールっぽい椅子の上に自分を置いた。

床に直置きだと蹴飛ばされる恐れがあるからだろう。

部屋が時間で空くのを待つのだ。

教室に付属の部屋はレッスンが無い時は時間貸しされているのが常だ。

なので持主も予約をしせっせと部屋を借りている。


使われ無いと基本、微睡んでいるのだが、考えてみるといつの間にか持主との間には強い絆ができた気がする。

上手く吹いてくれる訳でも無いが、それでも毎日のように…


な、なんだ⁉︎


ケース毎身体が落下していくのが分かる、一瞬のような永遠のような…

強い衝撃があり、大きな音ともに床に叩き付けられた。

っ…

身体に衝撃が走り何処が酷く圧迫された気がして息が詰まった。


その後、聞こえてきたのは泣き声と僕き謝る君の声だった。僕はぼうっとなってその後の事はよく覚えてない。

僕が君を泣かせてる?

僕は大丈夫。例え壊れたのだとしてもリペアーさんが治しくれる。そんな、もう泣かないで。

君の泣き声は辛い。

大丈夫、大丈夫。

僕は君と一緒にいるから…


かすかに君の泣きながら先生に電話している声が聞こえる…それは遠い何処の場所から聞こえてくるような、でも君が泣いているのは分かる…

例え治らなくても楽器はまた買えば良いんだよ。

きっと君ならどんな楽器にも好かれるよ。

僕がいなくなっても本当に大丈夫。

だから泣かないで…


僕はケース毎スツールから落下したのだ。

そして床にぶつかり第2抜き差し管が凹んだ。

第2抜き差し管が凹んだ事により2番ピストンが押せなくなった。下までいかないのだ。第2抜き差し管を外せばピストンは下まで押せる。

後は…分からないぐらい全体が歪むのは仕方ない。

音色は…変わらない気がする。

3番ピストンがやや戻りに支障があるかもしれない。

そして、それっきり僕は何が何だか分からなくなった…


気が付いた時には新しい第2抜き差し管が着けられる所だった。オリジナルは治らなかったらしい。

そこから全体の歪みを確認、調整された。

第2抜き差し管も、きちんと入るように再調整された。

もちろん同じ型のを差し込む訳だが、何故か入ったり入らなかったり、サイズが異なる。オリジナルとは違うのだ。


君と離れて3週間。

僕が壊れたのがお盆の時期に当たってしまったため君の手元を離れている時間が思いの他、長くなってしまった。

僕を治してくれたリペアーさんは「手入れが行き届いていてコンディション良いね〜」と嬉し気だった。

これで如何に君が僕を大切に思ってくれているのかが良く分かった。


君と早く逢いたい。

一緒に音を鳴らしたい。


もう、帰る日程も決まった。

早く逢いたい。


一緒に、君と僕と君と…

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君と僕と君と Kmaimai@文フリ東京ア-25 @Kmaimai

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