変わりゆくもの

皆同娯楽

変わりゆくもの

「いやー、今日から高校生ですか。楽しみですな」


「ああ、そうだな。楽しみだな」


「なんか悠斗ゆうと、あんまり楽しみそうに見えないんだけど……」


 隣をニコニコと笑顔で歩く幼馴染の愛香あいかと共に、本日より三年間通うことになる私立星霜せいそう高校に向かい、途中の坂道を登っている。愛香はそう言うが、俺としては楽しみだし、周囲の猛々しく咲き誇る桜の装飾に囲まれたその煌びやかな光景がよりその気持ちを明確にする。ただ、昔から少し感情を表現するのが苦手なだけだ。

 というかこいつ、あらためてこの景色の中で見ると映えるな。汚れ無く綺麗で滑らかな肩ほどまでの黒髪にパッチリと見開かれた目、スッと通った鼻梁等、その整った顔立ちは、完全にその美しさを取り込んで、自分の魅力を引き上げている。


「いやいや、マジで楽しみだからね。何なら、俺とか超青春謳歌しちゃうからな」


「青春謳歌って?」


「まず、彼女を作るだろ。それから友達百人作る」


「百人! 小学生の考えだ、それ!」


「何なら、千人作っちゃうかな」


「小学生以上に考えが酷い! っていうか、先生入れても学校の生徒じゃ足りないよ!」


「じゃあ、百兆人でいいや」


「なんかもう凄いね! 急に飛んだね! 遂に世界の人口超えちゃったね!」


 そんな普段通りのバカなやり取りをしていると坂道を登りきり、あっという間に校門前に着いてしまった。そこには築三十年、最近補修工事したという新しさが目立つ、灰色が基調の校舎が見えている。

 まあ、あれだな。こうやって愛香と話しながら登校するっていうのは小、中学校で日常だったから、何というか向かう道は違えど、あまり変わったって感覚がないな。

 まっ、でもそれもこの門を越えれば少しは変わるのだろうか。

 ふと、何の気なしに隣に並ぶ愛香の顔を見やる。すると、こちらが向くのと同時、愛香もこちらに顔を向けてきた。

 その顔は、どこか複雑そうな表情をしていた。


「ねえ、悠斗。さっき彼女作るって言ったじゃん」


「うん? ああ、言ったな。それがどうかしたか? ちなみに半分冗談だけどな」


「……いや、うん、そうだね。確かに、いや、冗談にしてはきついよ。悠斗に彼女なんて出来る訳無いじゃん」


 なっ、完全否定だと。何でそこまではっきり否定されなきゃいけないんだ。

 その言葉に何故か俺は、言いしれぬ憤りを感じてしまった。


「なにをっ!? ふざけんなよ、俺にだって彼女くらい……出来たら良いなって思いました、丸」


「なにそれ、ただの感想文!?」


 だが、すぐに冷静さを取り戻し、何とか爆発させることはせずに済んだ。


「ともかく、出来る可能性は無くは無いだろ! 少なくともお前よりは早く出来る」


 強がって言ってしまったぜ。でも、本当は自信無いぜ!

 何せ、奴の初期ステータスはバグを起こして上限値超えちゃってるからな。俺は精々平凡。差が酷すぎるぜ。

 しかし、そんな俺の生意気な発言に愛香の眉尻がピクッと動いた。


「悠斗が私より先に彼女……? そっ、それはあり得ないから!」


 若干怒気を含めた声で言われた。しかも、完全否定二回目だと!

 ほとんどの確立でそれは正しいのが、ただ、勝機が全く無いのかと言われればそういう訳でもない。○、一ミクロンくらいはある。何故なら、恋愛対象として女子を見ることの少ない小学生の時はともかく、徐々に恋愛観に目覚めていく中学生の時も愛香は男子の告白を受けたことが一度も無いのだから。

 この顔で不思議なもんだ。

 今も通り過ぎていく者殆どが、愛香の顔をチラッとわざわざ振り返って見ていく程なのに。その理由を考えてみたところ、俺がしょっちゅう隣にいたから皆遠慮してしまっていたのかな、っと思い付いた。交際疑惑も浮き上がった程だし。特に中学校は小学校の時とほぼ同じメンバーだったから、より俺達の中に入りづらいと考えた人も少なく無かったとは思う。

 …………あれっ、それって俺の所為じゃね? っという考えに至り、高校では多少敬遠した方が良いのでは、っという考えにも至ったのだが、それを考えた時俺は言いしれぬ暗い感情に襲われた。

 あれはなんだったのかは分からない。何故だかそれを考えるのも嫌になり、俺は思考を閉じた。そして、結論付けた。多分、あれは既に日常と化した愛香のいる生活を失うのが怖くなったのだろう。

 俺は結構この幼馴染みとの生活を楽しんでいるのだから。


「そこまで言わなくても良いだろ。なんだお前も彼氏欲しいのか?」


「欲しい、っよ……」


 その言葉は、何故だか一瞬で俺の気分を暗澹なものに変えた。それはあの時感じたものに似ていた。


「じゃあ、お前は出来ないな」


「はあっ! じゃあって何!? どういう流れでそうなるの! ……大体、出来るし。もう、高校生なんだから……」


 相変わらずの怒ったような口調で、しかし最後は急にしおらしく愛香はそう言った。

 その原理だと、俺も出来てもおかしくない筈なんだが。


「じゃっ、じゃあ、もう分かったよ。間取って俺達二人共出来るで良いよ」


「うんっ、それならある……かも」


 顎に手をやり、ふむと頷く愛香。……あっ、そっちはありなんだ。

 それを見やってから、このしょうもない争いを打ち切って、愛香を促し校内に進んでいった。


   ☆★☆★☆★☆★☆


 早いことに、入学から一週間経った。

 授業は通常運転を開始し、良い加減学校にも慣れてきていた頃。毎日通る坂道で突然友香に告げられた。


「あのね、悠斗。私昨日岸川きしかわ君に告白されちゃった……」


 その言葉を聞いた瞬間、脳に重いものがぶつかるような衝撃を受けた。


「マジか……。それ、で、オッケー出し、たのか?」


 動揺し過ぎて、支え支えで言葉が出てきてしまった。

 それから固唾を呑んで愛香の返答を待っていると、愛香も何故か緊張した面持ちでゴクリと唾を飲み込んだ。そして、いよいよ口を開くっという所で。……俺の方が口を開いていた。


「いや、ははっ。そりゃ、オッケー出すよな。お前、彼氏欲しがってたもんな。良かったじゃん」


「えっ、いや、そのっ、そうなんだけど……」


 その言葉に何故か陰鬱な表情を見せ、愛香の言葉は途切れる。

 俺から何か声を掛けた方が良いのかとも考えたが、しかし愛香は何か言い掛けていたのでそれを待つことにした。

 そして暫しの沈黙の後、再び愛香の口が開く。


「実はまだ返事出して無いんだ……」


 その言葉に心がスッと軽くなるのを感じた。

 返事がまだなのか。なら、まだ――


「まだ、返事出してなかったのかよ。何やってんだよ。チャンスだろ。いきなりの告白でびっくりしたのか? 相手はあのイケメンの岸川だろ。なら、迷うなよ。相手の気持ちが変わらない内に、さっさとオッケー出しちゃえばいいだろ」


 そこでハッとなる。

 愛香のその口から言葉を聞くのが怖くて、気付けば俺はのべつ幕なしに口を開いていた。

 でも、そんな咄嗟に口から出た言葉など本心ではない。虚偽と虚栄に固められたこんな言葉を俺は言いたかった訳じゃない。

 俺はただ……。


「そっか……。した方が良いんだ。やっぱりそうだよね。……それに、悠斗あんまり悔しそうじゃないね」


 悔しそうじゃない? 何言っているんだ。長い付き合いなのに、俺の言葉が真実なのかも分からないのかよ。


「悔しくない訳ないだろ。あーあ、ったく、やっぱりお前の方が先に彼氏出来ちゃうのかよ」


「……そうだね」


 その時見せた愛香の顔は告白されたってのに、どこか物憂げででもそれを隠そうとして結局隠し切れていない、そんな儚い笑顔をしていた。

 それからは二人、黙って歩いて行き、そのまま学校に着いた。

 ……今ほど、感情をはっきり表に出せない自分に怒りを覚えたことは無かった。


           ☆★☆★☆★☆★☆


 午前中の授業を終え、昼休み。同じクラスにいる愛香とは朝以来一度も言葉を交わしていない。それにいつも教室にいるのに今は、どこかに出かけていない。まあ、どうせ岸川にオッケーでも出しに行ったんだろう。……今はあまり関わりたく無い為、それがありがたい。

 俺は、自分の席を立ち、いつも通り中学からの友人であるたけるがいる窓側最後列の席に向かって弁当を置く。更にこれまた普段通り、そのまま他のグループに食べに行く武の前の男子の席を借りて、一緒に食べ始める。


「なあ、悠斗。お前、三沢みさわと何かあったのかよ」


「えっ、なっ、何でだよ……!」


 弁当を突いていると、不意に武が聞いてきた。

 なっ、何故分かるんというんだ。まさかこの俺の心の中を読み取ったというのか。おいおい、まさかこんな学校ににとんでもないの超能力者の卵がいやがるとは。


「いや、いつも話すお前らが全く話していないんだから、そりゃそう思うだろ」


 ああ、なるほど。そういうことか。ったく、びびらせんなよ。この似非超能力者が。


「……何かあったって訳じゃねえよ」


「はあっ、なら何で話さないんだよ。理由も無しにか」


「いや、理由はあるけど……」


 実際、俺と愛香の中で何かあったという訳ではない。ただちょっと俺が遠慮して、それであいつは希望が叶って。ただ、それだけだ。


「はっきりしねえな。つまりどういうことだよ。おかしいだろ。あんなうざいくらいいっつもイチャイチャしてやがったお前らが」


「イチャイチャなんかしてねえよ。ていうか、大きい声出すなよ。分かった、話すから小声で頼むよ」


「よし、それで良い。で?」


 俺の言葉に納得した笑顔を向けた後、武が続きを促してくる。

 そして、俺は話した。愛香が他のクラスの岸川から告白を受けたということと、返事を引き伸ばしたこと、そしておそらく今それを受け入れ、カップルが成立したであろうことを。


「何だ、それ、マジかよ!」


「うるせー!」


 小声でって言ったじゃねえか! 何教室中に響き渡らせてんだよ。俺の鼓膜と心臓をぶち破ろうとしてんじゃねえ!


「いや、お前もうるせえよ! ――って、いや、すまん。でも、それは驚くだろ」


「まあ、あいつ今まで告白されたこと無かったしな……」


「いや、それは大して驚いて無いんだが。寧ろ俺が驚いたのは、あいつが答えを保留にしたことだよ」


「そこが? 何でだよ。それは単純に、初めての告白で戸惑っただけじゃねえの」


「いや、戸惑ったっていうのはそうだろうが、あいつがそんな相手に期待持たせるような真似するか……?」


 はあっ、こいつ何言っているんだ。


「期待? 何言ってんだ? お前の言っている意味がよく分からないんだが」


「だから、何ですぐ断らなかったかってことだよ。おかしいだろ。そこは普通断るだろ」


「いやいや、それは無いからな。あいつ実際彼氏欲しいって言ってたし、それにお前も知ってるだろ、岸川って。入学早々話題になった超美形君だぜ。そんな奴の告白断る理由が全く無いじゃねえか」


「お前それ、本気で言ってるのか?」


「はっ?」


 本気で言ってるのか、だと? マジでさっきから武の言ってることが理解出来ないんだが。


「違うな。そっちはまあ当人は多分気付いて無いんだろうな。なら、質問を変えよう。――悠斗、お前はそれで良いのか?」


「はっ?」


 俺の豊富なボキャブラリーを以てしても、同じ言葉しか出てこないぐらい、今の武の質問の意図を俺の頭で理解することは出来ない。


「それで良いって、訳分かんねえよ……」


 なのに、言葉が震える。次出す言葉。それも震えるということは出す前から分かった。


「だって、あいつが決めることだ。……まあ、どうせあいつは付き合うだろうし、今更俺がどう考えたって関係ないだろーが」


「それは分からねえだろ。あいつがどうするか、どうしたいかはまだ確かめてないんだろ?」


「それはそうだが……」


「ならお前自身の問題だろ。お前はこのままで良いのか。ずっとこのままで良いのか。なあ、正直になれよ。もう逃げるなよ」


「はっ? だから、意味分かんねえこと言ってんじゃねえよ……」


 意味が分からない。分からない筈なのに……。何故だか、怒りが沸々と沸き上がってくる。ただ怒りだけじゃない。焦燥のようなものもあるというのに気付いていた。


「嫌なら嫌って言えよ。付き合わないでくれってはっきり言えよ」


「何でだよ……、別に嫌じゃねえよ」


「だから正直になれよ。――お前が、そうやって逃げるからこんなことになったんじゃねえか!」


「だからお前は、さっきから何言ってやがるんだ!」


 徐々に昂ぶっていた感情を遂に抑えきれなくなった。理性で抑えつけようとしても、怒りはその檻をぶち壊していく。


「何さっきから俺のこと知った気になってんだよ! お前に俺の何が分かんだよ! 勝手に決めつけて、俺が間違ってるみたいに言ってんじゃねえよ! 大体な――」


 そこでふと視界に入った、こちらを見るクラスメイト達の顔。それで、ハッと我に返る。俺の声のボリュームが相当に上がってしまっていたようで、気付けばクラス中の視線が俺に集まっていた。

 バツの悪いこの状況を誤魔化すように俺は一回、大きく息を吐く。


「そうだな、知ったような口を叩き過ぎたよ。悪かったな、悠斗」


 俺が口を開こうとしたその時、それに一歩勝る形で武が口を開いた。その為一度喉の奥に引っ込んだ言葉を再び押し出して、俺も言葉を告げる。


「いや、俺も悪かったよ……。つい感情的になっちまった。悪い」


「まあ、さっきのは全部俺の見解だ。お前が本当に俺の言ったことが訳の分からないことだと思うなら無視してくれ」


「…………ああ」


 その後はお互いにそのことには触れないように当たり障りのない、そしてぎこちの無い会話を進めていった。

 お互いに謝罪して遺恨は無い。なのに、それとは別のしこり。それが心に残り続けていた。


        ☆★☆★☆★☆★☆★☆


 放課後になった。普段俺の席まですぐ来る愛香が今日は来ない。まあ、そうなるとは思っていたのだが一応どこにいるのか気にはなった為周囲を見回してみると、丁度席を立った愛香と目が合った。思わず俺は顔を逸らしてしまう。まあ、それは相手も同じようだ。こちらが逸らす直前、気まずそうに顔を教室の扉の方に向けたのが見えた。

 ……あー、今日はさっさと帰りたい気分だ。武は部活でいないし、一人で帰ろう。っというか、一人で帰りたい。


「じゃーなー、悠斗!」


 少し間を置いて動き出すと、級友達が声を掛けてくれた為別れの挨拶を交わし合って廊下に出る。すると左手奥に女友達二人と話しながら帰る愛香の姿があった。……歩くの遅すぎだろ。俺は愛香がいる方向とは逆、右側の階段を使って昇降口まで向かうことにした。

 愛香と鉢合わせないように素早く、三階から二階へ、そして二階から一階へっと降りようとした途中の踊り場に着いた所で、ある人物の背中を見つけた。あのクラウドマッシュの茶髪とどことなく溢れるイケてるオーラ。数回程度しか見かけたことは無いが忘れられないあの風貌。

 ……何で、こんな所に岸川がいやがるんだよ。下手すりゃ、今は愛香以上に会いたくない奴だってのに。大体何で珍しく一人なんだ。いつも誰かしら取り巻きいるじゃねえか。……それに愛香はどうしたんだよ。

 迷うことはない。顔を見たくもない。見ない内に引き返そう。そう思った矢先、何を感じ取ったのか、タイミング悪く奴が振り返ってきた。目が合う、俺と岸川。

 このまま引き返すことだって出来る。だが岸川の顔を見た瞬間、よく分からない俺のプライドが、こいつには負けたくないっと俺の体を引き留めた。所か、自分でも分かりかねる感情に動かされ、体が岸川の元に向かっていく。

 睨み据えようと、岸川の顔から目を離さないでいると、あることに気付く。

 ……何か、あっちもこっちを睨んでいやがるんですが。えっ……何で? 何でお前が俺を憎らしげに睨んでんの。俺がお前に恨みを持つのは仕方無いとすれど、お前に恨みを持たれる謂われは無い訳で。えっ、何で俺睨まれてんの?

 先に威圧されてしまったことですっかり対抗意識が萎えてしまった俺は、そのままさっさと横を通り過ぎようとするが、奴はそれを許してくれなかった。


「ちょっと待ってくれ!」


 階段の端を通って距離を取ったつもりだったが、相手は瞬時に詰めて肩を掴んできた。ちっ、まずった。


「君は、竹内たけうち悠斗君だよな? 三沢さんの幼馴染みの」


 この歳の男にしては若干ソプラノな声で言われた。


「……そうだけど。何の用?」


 無愛想な、正直自分でも失礼だと分かる態度を取ってしまう。こういうのはあまり好きでは無いが、どうも本能的に取ってしまう。案外嫌な奴なのかもしれない、俺は。


「実は僕は君には直接的に何かされた訳では無いけど、君を快くは思っていないんだ」


「……知らないんだけど」


 また堂々とした拒絶アピールだな。こんなに面と向かってはっきり、しかも初対面の奴に言われたのは初めてだ。しかもいきなりかよ。っていうか、何でだよ。

 ……まあ、言わないだけで俺も一緒か。

 それよりも先程から気になっていること。それを苛立ち混じりに口にした。


「……それより愛香はどうしたんだよ?」


「はあっ?」


 滅茶苦茶歪んだ顔を向けられた。えっ、何ですか。俺、何か悪いこと言いましたか。

 そして、その割に美を保ち続ける顔にも若干の苛立ちを覚えた。


「それは嫌みか?」


「はあっ?」


 だから、そのまま返してやったね。どうだ、腹でも立てとけ。

 しかし、今の発言。嫌み? 何が?


「……嫌みって何の話だよ」


「そういうの今凄いむかつくんだけど。何で、僕が三沢さんと一緒にいなきゃダメなんだよ」


 はあっ、またもや意味の分からないことを。

 っていうか、何だ今の発言。引っ掛かるな。今の言い方だとまるで一緒にいたくないみたいじゃないか。


「もしかして、付き合い始めて早々喧嘩でもしたのかよ?」


 若干にやついた顔で言ってやった。おいおい、早すぎだろ。さっさと別れるな、こりゃ。等と心の中でほくそ笑んだ後、そんな自分を醜いと自覚し、多少の罪悪感に苛まれる。

 人の不幸を笑うのはあまり良くないな。反省。


「はあっ!?」


 先程より更に顔を歪ませ、かつ語気を荒く言われた。流石にその端正な顔も面影を無くしかけている。

 あー、よく考えたら発言も失礼だったな。事実とはいえ、流石に本人も気にしてるよな。

 謝罪の言葉を口にしようとした時だった。



「――誰と誰が付き合い始めたって?」



 岸川が言った言葉。その言葉に耳を疑った。

 誰と誰が? はあっ?


「お前、愛香に告白したんだろ。付き合うことになったんじゃねえのかよ?」


 バツが悪そうに俺から視線を逸らす岸川。

 それじゃ、まるで……


「――振られたのか?」


 聞きながら、自分の顔が驚愕で満たされているのが分かった。

 と共に、暗雲立ちこめていた空を一筋の光が差し込むように、俺の心に小さな光が見えた気がした。


「ああ、そうだよ。振られたよ! 悪いか!」


 光は徐々に広がり、曇りは晴れに変わっていく。

 ちっ、っと舌打ちしてから、岸川が続ける。


「今まで僕さ、何人かに告白したことあるけど、振られたのは初めてだったんだよ。……あー、今思い出しても悔しいな! っていうか、何でそんなことを俺は君に話しているんだよ!」


「いや、知らないけど……」


 そんなこと言われても……。でも、そっか。あいつ、振ってたのか。彼氏欲しいとか言ってたのに。

 呆れ顔で溜息をしてから岸川は悔しそうに呟く。


「入学してから一目見て、彼女に心奪われた。だから微塵も振られるなんて考えず告白したのに、振られた……」


 それはまた、とんだ自信だな……。


「何でかって聞いたら、彼女言ってたよ」


 歯を食い縛るように、悔しさを必死に堪えたように岸川は言葉を出す。


「『私にはずっと好きな人がいるから。彼は鈍感で私の気持ちになんてこれっぽっちも気付いてくれないし、距離が近すぎて多分私と同じ気持ちにはなってくれないかもしれない。だけど、それでも好きだから。だから、あなたとは付き合えません』って」


 「本当に何言ってるんだろう、僕……」っと呟く岸川の顔は相変わらず、俺に敵意剥き出しの視線を向けている。

 えっ、ちょっと待てよ。ずっと好きな人がいた……? そいつは愛香の気持ちに気付いていなくて、距離が近すぎて……。

 えっと、あれっ、えっ。それって……。


「昨日、その……告白が終わった後に、君のクラスの女子に聞いてみたらすぐに誰のことか分かったよ」


 岸川は何で僕が君なんかに負けなきゃいけないんだ、っと騒いでいる。素直に振られた後にっと言わない辺り、もう既に分かっていたが改めて負けず嫌いなんだな、と思う。 

 っと、そこで今の言葉に引っ掛かりを感じた。……んっ、昨日告白が終わった後に?


「あれっ、振られたのって今日じゃねえの?」


「はあっ、昨日だよ、昨日。って、そんなこと聞くなよ! これでも結構傷心してるんだからな!」


「わっ、悪い……」


 思わず謝ってしまった。あいつ今日の朝の時点でまだオッケー出してないって言ってたのに。あれは嘘だったのか。だとしたら、何で……?

 分からない。分からないけど、岸川の言葉を聞いた瞬間、いくつもの場面、いくつもの表情の愛香の顔がスライドのように思い浮かんだ。

 気付けば、俺は走り出していた。


「おいっ、どこ行くんだよ!」


「どこって、帰るんだよ! その……あれだ。ありがとな、岸川!」


「はあっ! 何で僕が君なんかにお礼を言われなきゃいけないんだ! もう僕にその顔を見せるな!」


 走り去った階段の方を振り返りながら礼を言う。すると、照れくさそうにそっぽを向き憎まれ口を叩く同学年の男子に苦笑いを浮かべながら、それでも俺は走り続けた。


      ☆★☆★☆★☆★☆★☆


「正直になれよ。もう逃げるなよ」


 武に昼に言われた言葉が脳内でリプレイされる。

 ――ああ、分かってたよ。本当は分かってた。自分の気持ちに気付いていた。

 でも、今の関係も心地良くて、俺は変化を恐れていた。だから自分の気持ちに嘘を吐いて知らないふりをしてきた。いや、違うな。正確には悪化を恐れていたんだ。それ以上を望みながら、失敗して取り返しの付かないことになってしまうんじゃないかと逃げてきた。武には見透かされていた訳だ。

 そりゃ、嫌な訳だよな。はっきり言う。愛香が岸川を振ってくれて俺は安心している。喜んでいる。

 ――もう誰にも俺達の関係を悪化させる機会を与えたくはない。

 なら、どうすれば良いか。答えは一つだ。


      ☆★☆★☆★☆★☆★☆ 


 いつも通りの帰り道を辿ると、ある人物の背中を見つけた。もう見慣れた綺麗な黒髪。

 既に友達とは別れたようで一人でいる人物は、もう少しでいつも俺と別れることになるT字路に着く道を歩いていた。


「愛香!」


 その人物を大声で引き留めた。

 立ち止まって振り返った愛香は、俺を視認するや驚きに充ちた顔を見せた。


「悠斗、どうして……」


「おいっ、彼氏と帰らなくて良いのかよ?」


 愛香の近くまで寄った俺は、悪戯混じりに、だが真面目な顔で言う。それから息を整える。


「それは……」


「昨日振ったんだって。岸川に聞いたよ」


 内心を漏らして、悪戯めいた笑顔を携えて言う。その言葉に、先程の俺の言葉で困惑の表情を浮かべていた愛香に、再び驚きの色が現れた。


「なんで……!」


「何で嘘なんか吐いたんだよ?」


「何で!? 何でか、そんなのも分からないの! そんなの決まってるでしょ!」


「えっ?」


「悠斗の気持ちを知りたかったからでしょ!」


 その声は叫ぶように。愛香は今までの気持ちをぶつける様に声を出した。


「だって悠斗あまり表情に出さないから時々何考えてるか分からないし、全然私の気持ちなんか気付いてくれないし!」


 子供のように叫ぶ愛香の頬を雫が伝う。これ程まで苦しませていたことに罪悪感を覚える。


「でも、恐かったんだよ、この気持ちが気付かれるの! もし気付かれたらもう今ある関係性も壊れるんじゃないかって! 何度も、何度も思った。もし、幼馴染みじゃなければって。幼馴染みじゃ無ければ、違う出会い方なら私達は――!」


「愛香、分かった。もう良いよ」


 愛香は嗚咽しながら、尚叫ぶ。充分だ。もう充分気持ちは伝わった。全く俺と一緒だったんだな。

 だから、俺も伝えなければいけない。


「聞いてくれ、愛香」


「……なによー!」


 手で溢れる涙を拭いながら、不機嫌気味の口調とは裏腹に俺の言葉をちゃんと待ってくれる愛香。

 俺はその脆弱な少女にはっきり告げる。


「俺はお前のことが好きだ。ずっと前からな」


「……なん、だよ、それ! そんなの、私もだよー……」


 相変わらず涙は止まっていないが、驚きの表情の後に確かに嬉しそうな顔を見せる愛香。

 こんなことなら迷わずにさっさと伝えれば良かったのかも、なんて考える。


「そうか。ならもう、ただ仲の良い幼馴染みの関係性を壊しても良いよな?」


「……うん」


 俺達と共に辺りを照らす日が赤く染まり始めた夕焼け時。じきに太陽は沈み、そしてまた明日昇る。

 俺達も同じだ。今までの関係は一度終わりを告げ、そしてまた新たな関係が始まっていく。でも、それは後退ではない。きっとこれから俺達はひたすら進み続けるのだろう。

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