第22話 犬は可愛い


 鼻がむずむずして落ち着かず、重い瞼を薄っすら開くと目の前にキラキラと光る白いような銀色のような毛があった。

 暖かくて柔らかい毛に包まれ、もう少し眠っていたい衝動に駆られる。

 二度寝は気持ちがいい。

 最高の贅沢です。

 ふっかふかの毛皮に包れて幸せ…うん。毛皮なんてものになんで俺は包まれているのでしょう。

 半覚醒していた意識が徐々に戻ってくると、全身の血の気が引いてきた。

 状況が分からないので、目を閉じて寝たふりをしながら確認していく。

 手探りで頭付近を触り、寝る前に用意していたマント枕を確認。

 次に、薄く目を開けて寝返りを打ってみる。

 変わった毛色の犬のようなオオカミのような獣が、すよすよと気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 可愛いけどデカくないですか?

 超デカい大型犬サイズですよ。

 密着していた犬らしき獣が起きないよう、離れようと体をずらした。

 ふわっとした盛り上がりから転げ落ちそうになるが、巨大な犬の口が見え、再び定位置に優しく押し戻される。


 うん!なんか隣で寝てる奴よりでっかい犬みたいなのの腹で寝てるのかな!?

 恐らく寝てるコイツと同じ扱いだよ!

 なんで!!!!一晩でなんで!?

 突拍子もないことだらけでついていけないよ!!

 兄ちゃんは!?ポールは!?アジュは!?役立たず二人は!?

 俺が寝てるうちに食われちゃった!?

 いやいや、そんなわけない。そんなわけない。


 頭の周りには沢山のクエッションマークが浮かんでいるだろうけど、寝床が全く違うものになっているんだからしょうがないよね。

 冷静さを取り戻そうと小さく何度か息を吐いた。


《起きたのなら起きたと言え…》

「ぎゃひんっ!!はいはいはいはい!起きました!…どうもすいませんでした。」


 落ち着き出したところで、包まれていた毛皮から振動と共に声が聞こえ、全身の産毛が立つのを通り過ぎてゴッソリ抜けたんじゃないかってくらいビックリしてしまったが、ビビっていることを悟られないよう、折り目正しく素早く相手から離れて頭を下げ、何も見ないように背を向けた。

 はい、逃げます。

 だって、視界に入ってきたワンコ様は、俺の想像を遥かに超えるデカさだったし、よくわからないけど起きてるのばれてるし、更に話しかけられてるし、相手の思惑が分からないから、敵なのか味方なのかもわからない。

 急に「いただきま~す♪」的な事になったりしたら対抗できないよ。体の状態からして怠いから、恐らく魔力は半分以下しか回復してないし…


 昔の人が言っていたことを思い出したよ。

 逃げるが勝ちと…


「それでは失礼いたします。」

「エル、どこにいくつもり?」


 ん?大好きな兄ちゃんの声が聞こえます。

 幻聴でしょうか?

 いいえ、禍々しい魔王モードの兄ちゃんが俺の真隣に立っています。


「兄さん、おはようございます。なんだか愉快な事になっていそうなので詳細をお聞きしてよろしいでしょうか?」

「あはは、エルってば…今、明らかにお兄ちゃん達を見捨てて逃げようとしていたでしょ。」

「違うよ!兄ちゃん達が食われちゃったかもなんて思ってないよ!」

「はぁ…夜のことすっかり覚えていないみたいだね…」


 笑顔が眩しいのに、黒いオーラが出ていて怖いですよ、お兄様。

 助けを求めようと周りを見回すも、苦笑を浮かべているばかり。

 更に見たことない獣型モンスターが多数います。

 寝ている間に、何かご機嫌なパーティーでも開かれたのでしょうか?


《そんなにイジメてやるな…混乱しているではないか》

「イジメてなんていませんよ。少しからかってただけです。」


 でっかいモンスターの仲裁で、兄ちゃんがいつもの眩しいくらいのイケメンスマイルで俺の頭を撫でてくれた。

 このモンスター、見た目だけじゃなくて心もデカいようです。


「みんな仲良しってなんか変な感じなんだけど、本当に何があったの?」

《覚えていないならそれでも問題はない。我らは和解して朝を迎えた。》

《ちちうえ……える…いない》


 幼くたどたどしい声が聞こえて、自分が寝ていた位置へ目を向けると添い寝していた大型犬が起き上がっていた。

 改めて見るとやっぱりデカいな…

 あ、目が合った。


《える!おこさない!なんで!》


 犬は好きです。

 でもね。

 俺は子供で140cm台くらいしかないと思うんだ。

 超大型犬が全力で走って抱き着いて来たら恐怖しかないと思うんだよね!!


「うわああああああ!!!」

《える!はなれる!だめ!!》


 重いよ!迫力半端ないよ!

 当然、俺は犬の下敷きになり、顔中唾液でべろべろにされています。

 昨日、花石鹸で綺麗にしたばっかりなのに…もう獣臭い。

 参ったを伝えるように、犬の顔を両手でモフモフ撫でまわして解放してもらい、興奮冷めやらない様子の犬を片手でなでながら親であろうモンスターへ目を向ける。


「説明…してくれる?」

「話が終わったら、エルは自分で水出して顔洗った方がいいな。花石鹸まだあっただろ。」


 笑いを堪えて肩を震わせながら告げてくるポールに若干殺意が沸いたが、相手にしていては説明が聞けなくなりそうなので放っておいた。

 今は。



 モンスターの説明だと、昨夜俺の仲間と一戦交えたが、寝ぼけた俺が一喝してその場を収めたらしい。

 その後、モンスターをベット代わりにして眠りだすと、互いに勘違いしていたことを話して和解し、まったり語っていたところで巣穴で留守番していた子供とお付きのモンスターが現れ、一緒に夜を明かしたそうだ。

 その時、親の腹で寝ている俺を見て勝手に子供が懐いて離れなくなったのだという。

 この大型犬が、成長するとこんなバカでかくなるんですね。


《える。たいへん。おれ、まもる。》

「ああ、追手に追われてるけど大丈夫だって…な?」

《だめ。える、これから…もっとたいへん…おれ、やくたつ。》

「は?お前、付いてくる気なのか!?」

《それがいいかもしれないな。いずれ、我の後を継ぐのだ…旅に出てそのものを助けてやれ。》

「おいおいおいおい!勝手に決めるな!!これから大変なのは分かってるけど、アンタの子供を連れて行くなんてできない!子供を親から離すなんて…」

《お主も親から離れているではないか。》


 待って待って。強制的に連れて行かされるパターンじゃないか!

 お荷物が既に二人いるのに更に子供モンスター!?

 ってか言葉話せるから特殊モンスターじゃないか!

 兄ちゃん達は!?許すわけないよね!?

 助けを求めるように姿を探すと、犬とじゃれていた。

 特に俺の兄弟がデレデレです。

 知ってたよ!二人とも動物大好きだもんね!


「アンタとアイツの名前は?呼ぶのに困る。」

《我らは名を持たない。魔族ではないからな……》

「そうか…不便だから名前付けていい?」


 呼び方ないと絶対失礼な言い方になっちゃうからね。

 犬型特殊モンスターとか超でっかい犬とか拙いだろうから。


《主は変わっている。連れている人間も変わっているが、主が一番変わっているな。》

「俺は普通だよ!失礼な!」

「「俺は」ってことは、エルは俺のことも変わってると思ってるんだね。」

「いえ、兄ちゃんは並外れた美形だと思っております。」

「じゃぁ、俺は!?」

「アジュも美形だよ。」

「俺は?」

「モブ騎士…って話が進まない!!ポール、分かり切ってるくせに聞くんじゃない!」

《お主が目覚めると一気に騒がしくなったな。》


 ほら、モンスターにも呆れられちゃったじゃないか!

 ってか、モンスターと同じテンションでこっちを見てる役立たず二人組に腹が立つ!

 何もしないお荷物のくせに、何「ヤレヤレ困ったもんだ。」みたいに肩をすくめてるの?腹立つな!


「それよりも、名前!勝手につけるからな!」

《ああ、かまわん。長い名前でなければな…長いと覚えられん。》

「そんな果てしなく長い名前なんて付けないよ。

 アンタは、シルバ!アイツはブルーノ!」

「エル…まさか毛の色で付けたんじゃないよね?」

「名前なんてそんなものだろ?」

「兄ちゃん、エルのセンス嫌いじゃないよ。」


 兄ちゃんとアジュが何故か生暖かい目で俺を見て抱き着いてくるんだけど…そんなに変だったかな?

 ポチとかハチとかよりマシだと思うんだけど。


《エル、気に入ったぞ!》

《える…おれも!》


 二匹が尻尾を振りながらフンフン鼻を押し付けてくる。

 どっかの動物王国のお爺さんみたいになってるんですけど。

 犬の鼻ってこっちの世界でも濡れてるのな。

 顔も服もビッチョビチョだし、地面も唾液で泥溜めみたいなのが出来てる。


 皆、幸せそうだからいいか。花石鹸…次の町まで持つかなぁ。

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