第21話狙われた王子と怒れる戦士sideライル


巫女が指名されていると思ったときには当然の流れだと思っていたから何とも思わなかった。

聖魔法を使う者を闇に属するモンスターは好む上、若い女となればこの上ない獲物だからだ。

しかし、聖女や女騎士を差し置いてエルを狙ってくるとは意外だ。

子供の肉をモンスターは好むと聞いたが、食すには巫女や若い女の方が好まれるハズ。

何故、子供の…しかも痩せている男のエルなんだ?

それに気になることを言っていた。


《お前たちには、過ぎたもの》


俺たちにエルは勿体ないとは?

要求してくるということは、モンスターのこいつらには相応しいのか?


……ふざけたことを……


犬畜生に俺の可愛い弟が、相応しいと愚弄したということ。

怒りが沸き上がるのと同じ速度で、使い慣れた鎌に魔力を通し、結合部分を強化させ、肩に担いだ。


「ポール、コイツは切り刻んでも食えそうにないな…」

「しかし、足の部分はいい素材だ。あまり傷を付けずに回収出来たらエルに服を買ってやれる。」

「確かに服がボロボロだね。だから、この犬っころはエルを見誤ってるのかな?」


《我を犬とは…威勢のいい人間だ…皆で食い散らかしてやろう…その後、ゆっくりとそのものを我が巣穴へ案内する…》


ボスの意見に賛同するように周辺にいたモンスター達が一斉に咆哮を上げた。


巣穴へエルを案内する?どういうことだ?

咆哮の大きさや疑問でエルへと視線を向けるが、一向に起きる気配がない。

おかしい…耳が痛くなるような咆哮に目を覚まさないなんて…

まさか、また目を覚まさないんじゃ…


「エル…エル!!」


俺よりもポールが先に気が付いたようでエルの元へ駆け寄ると、片膝をついてかがみ、マント越しに肩を激しく揺すった。

頭をがくがくと揺れているのに目を開かない。


《バカな人間共だ……そのものが目を覚ますわけがない……黄金の果実を口にしたのだから…》


目を覚まさない?

黄金の果実?


「まさか、ベルベリを食べたからか!?」

「な…ベルベリは人間や動物には無害なハズだよ!適当なこと言わないで!!」


アジュールの叫びを聞き、嫌な考えが頭を漂う。

ベルベリを食べて目を覚まさないのはモンスターだけだ。

エルがモンスターなわけがない。

村にいた時は、実りの時期になると俺たち兄弟で食べていたんだ。


《人間はな……なんだ、知らなかったのか?……そのものは人間ではないぞ?》


心臓が大きく跳ねた。

エルも俺たち兄弟も人間だ。

では、この髪の色の変わった少年は誰なんだ?

当然エルに決まっている…

いや、会えない期間があった。

神殿ですり替えられたのか?

中に入って確認したか?

しかし、監視が付いていたんだから偽物なわけがない。


「人間でなくてもエルだろ…貴様がどんな思惑でエルを欲しているかわからない。

だが、俺はもうエルを手放す気はない。」


困惑している俺に、ポールが静かに呟いた。

こいつに言われるとは…俺もまだまだ子供だ。

エルはエル。

俺が弟を間違えるはずはないだろ。

いきなり現れたモンスターに心乱されたなんて気付かれるわけにはいかない。

気を落ち着かせるために息を吐き、鎌を前へ向ける。


「大事な弟を差し出せはしない。」


《弟?……貴様は人間ではないか!!そのものをこちらに渡せ!!!》


なぜか分からないがモンスターの逆鱗に触れたようだ。

弟を弟といって何が悪い。

モンスター達が一斉に俺たちに向かって攻撃し始めた。


エルを気にせずに戦えるので楽だったが、目の端にチラチラと怯える巫女を庇いながら戦う女騎士の姿が映る。

一回目の咆哮で目を覚ましたが、声を出すこともできない位驚いていたようだ。


「ポール、サラを援護した方がいいみたいだから向かうよ。」

「頼む。」


ポールはボスと対峙しながら言葉短く答えた。

騎士のように鍛えてきた訳では無い俺では、ボスを傷つけることはできても止めを刺すことはできない。

戦い続けるうちに血や肉の匂いが辺りに立ち込める。

臭いの強さで咽そうになるが、エルを追っていた時のあの惨状の匂いに比べたらなんてことはない。

鎌を勢いに乗せて振り上げた時だった。



「うっるさい!!!!!!!!」



戦いを中断させるには十分な大声が響いた。

寝ぼけ眼のエルがゆらりと立ち上がり、ポールとボスが向き合っているところへ歩み寄った。


「犬をイジメるんじゃない!!犬は食えない!!バカモブ騎士!!そんなことも分からないのか!」

「いや、犬じゃないだろ…」

「口答えするな!!!眠いんだから寝かせろよ!!ったく…ついて来い、犬」


ポールと周囲に怒鳴りつけ、ボスの胸毛を掴んで自分の寝床へ引っ張りだした。

ボスもポールも周りの俺たちも毒気を抜かれ、どうしたら良いかわからないボスは、エルにされるがまま寝床に連れて行かれ、あっという間にベッド代わりにされた。


《……お前たち、このものの従者だったのか?》

「違う。だが、そうとも言える。」


不思議な空間が出来上がっていた。

不幸中の幸いなのか、死んだモンスターは居ないので、空気を珍しく読んだ巫女が回復術を使って手当てし、女騎士がそれを慣れた手つきで手伝い、俺たちは武器をしまってボスの側に座って会話していた。

人間がモンスターを肩を並べているなんて常識では考えられないことだ。


まず、ボスが言うには、エルからは闇の魔力がとても多く感じて魔族の子供だと思って、人間から助けようとした。

モンスターの間でも、最近魔族の子供が攫われて人間の国で奴隷として売買されていると噂が飛び交っているそうだ。

あとやはり、子供なのにボロボロだったから奴隷だと思ったという。

こちらも都に来るまでの経緯や本当に弟で、魔力が強くて魔法が特殊だから国から追われていると正直に話した。


《龍の秘薬か……恐らくそれが体内で変化して交わったのかもしれん…このものは人間でも魔族でもないようだ…》


憐れむような眼でボスは自分の腹で包まるエルを見ていた。

思えば、このモンスター達は俺の知っているモンスターと違いすぎている。

いきなり襲ってきたりしなかった。

それに、エルを渡せば森に居てもいいといった。

知識だけじゃなくて情もあるのかもしれない。


エルは、それがわかっていたのだろうか。

あのまま戦っていたら余計な殺しをして取り返しのつかない事になっていただろう。


俺たちは、また救われてしまった。

いつになったらお兄ちゃんは、可愛いエルに恩を返せるのかな。


《お前たちの話を聞いてよかった…このものを魔国へ連れて行ったら、それこそ奴隷にされていたかもしれん。》

「魔国では、人間が奴隷にされているんですか?」

《いや、人間であれば魔国の瘴気に耐えられない。気が狂うか体を壊す。このものは、魔国でも耐えられる人間。更に美しい。きっと魔族は気に入って側に置くだろう。》


美しい…まさかモンスターからもエルは褒められるのか。

流石、俺のエルだけある。

だが…喜んでばかりいられないことを言われたな。


「今の言葉は、エルは魔族に見つかったら攫われてしまうかもしれないってことにも繋がりますね。」


俺の言葉でポールが、ハッと息を飲んだのが分かった。

ボスは、イラッとする表情をしてから俺たちを見て鼻で笑った。


《人間、魔族だけではない。龍にも警戒することだ。》

「やっぱり…エルは魅力的だから村から出るべきじゃなかったんだ…俺のエルが…」


半泣きになりながら自分の兄を愛おしげに撫でるアジュールに悪寒を覚える。

兄ちゃんは、やっぱりエルが一番まともで可愛いと思うよ。

アジュールは時々猟奇的にエルを見てるからね。

エルも気が付くようになってきたし、後ろ指を指される様なことにはならないだろうけど…心配だな。

人間、魔族、龍、弟…エルには敵が多いから、俺も強くならないといけない。

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