第20話 眠り王子と夜の戦士 sideポール

草の上で即席羽毛枕に埋まる美少年の寝顔を眺めながら、起こしてしまわないように無言で食事を進め、暗黙の了解なのか、食べ終わった者から黙って片づけを始める。

睡眠薬でも盛られたかのように眠りに落ちたエル。

今日はとても疲れたのだろう。

仮死状態な上に氷漬けになり、真っ白で生き物を感じさせない状態になっていたエルは、ゾッとするほど精巧に作られた芸術品のようだった。

それが今は、青黒い髪をしているが、顔色が良くて無垢な年相応の表情で眠っている。

計画違いがあったが、都から連れ出せてよかった。

あのままだったら、何に巻き込まれるか分かったものではない。

サラや他の龍騎士にも、国内の彼是を聞かされていたが、自分が巻き込まれることはないと思っていたのであまり気に留めていなかった。

龍騎士は、その強さと功績で国のものであって国のものでない部分があったからである。

しかし、気が動転していたのか何なのかわからないが、正常な判断が出来ない状態で都へ連れてきてしまった。

冷静な思考を保てていたら、龍騎士内で言われていたことを思い出しているはずだ。

腐敗し始めた国が、他国を脅かす決定的な強さを求めていた事。

気が動転するあまり、小さな子供にそんなことを求めるはずがないと思い込んでいた。


それがどうだ。

巫女に預けたまま一向に会えない。

どう見ても重傷だった大事な友人に会えない、見ることも様子を知ることも出来ないことがこれほど辛いこととは知らなかった。

そうでなくても、村から都に着くまでの間、エルの兄弟に近づくことを警戒されていてまともに見れない状態が続いていたのに…


家族からは責められ、大臣達からは訳の分からない称賛。

当のエルは、巫女の手でも蘇生されない。

こんなに精神的に苦しい生活は、修行時代以来だ。


更に追い打ちをかけるように、たまにしか会わない龍騎士に助言なのか、忠告なのか判断しかねる言葉をいわれた。


「強さにしか興味が無いからこういうことになった。国がどうなっているかしっかり自覚していないから、大事なものをおめおめと差し出してしまい、取り上げられるのだ。」


言葉が重く圧し掛かり、日に日に消化できない不安が募る。

そんな中、サラが龍騎士同士でしかわからない暗号技術で現状報告とお願い交じりの相談をしてきた。


好都合だった。


正直、この短期間でこの国には居たくないと思っていた。

連日の言い訳。

エルの家族からのプレッシャー。

大事な人に会えない苦しみ。

同僚からの言葉。

そして…目覚めさせてから待っているであろう策略。


エルは十分頑張った。幸せになるべき男だ。

自分ができることは何でもしてやろうと思っている。


そう思って、家族にも内緒でサラとサフラン殿と芝居からの脱国を計画した。

サラが、暗号で報告してくるという事は、常に監視されているという証拠。

芝居でもして、この場を切り抜けてから安全な場所でエルを蘇生させる。


計画を始めるには、内情を知っていて自由に動ける自分しか無理だ。


そう思って決行したんだが…


自力で蘇生するという、何とも人間離れをしたことを成し遂げたが、本人は氷漬けになる前と中身は何も変わらない。

強い薬や秘薬で仮死状態が長く続くと人格が変わったり、記憶がなくなってしまったりすることが少なくなかった。

だから、できるだけ早く安全に蘇生させたかったのだが、どうやら我慢できない男だったようだ。


エルは、俺をバカにしたりもするが、基本かなり信用していると思う。

今回、敵の目を欺くためにした芝居だったが、目覚めたばかりの彼にとっては酷い内容だったことだろう。

それを怒り狂って暴れることなく、俺の提示したもので気を落ち着かせてくれた。

口は悪いが、優しい男である。

きっと、巫女やサラのこともアタリはきついが、なんだかんだで放っておけなかったんだろう。

芝居だと分かっていたのに、彼女たちに手を出さずに連れ出したのだから。


エルのことは、少ししか分からないかもしれないが、奴は相当なお人好しであることは間違いない。

今回もホフタへ行くと言っていた。

多分、普通に通過することはできないだろう。

あの国は、腐ったところも隠さず堂々としている。自国アルズトとはまた違う闇。

その分、エルは我慢できないだろう。


意志あるものが、物のように扱われているのを。

逆らえば殺されても、拷問されても声すら上げることのできない存在を。

恐怖と絶望で生きる屍になっている子供を。

それを悪だとは思わず笑っている人間たちを。


エルは、優しいが強い男だ。

きっとなんとかしてくれる。

龍騎士ですら出来なかったことをやり遂げてくれる。

あの絶望的な状況を覆し、復活を自力で遂げたエルなら。

頼らずにはいられない。

頼ってばかりいてはいけないとは思っているが、この男が世を正すところを見たい。

それは、冒険ものの物語を読んでいる様なワクワクとした感覚に近い。


食事の後片付けも終えたころ、エルの兄弟が近づいてきた。

この二人は苦手だし、寄ってくる表情を見ると嫌な予感しかしないから、寄ってきてもらいたくない。


「ポール…次こそエルを守れよ。」

「アンタが、エルをどう思ってるのか知らないけど…悲しませることをしたら八つ裂きにしてやる。」

「……ああ…」


二人揃って禍々しいオーラ全開で龍騎士である俺に言ってくるのだから、変わっている上に度胸がある。

特に、弟の方はエルがいるときと雰囲気がまるで違う。

時々、横顔が年よりも上に見えるくらい凛々しい。


「ポール、すまないな。私からとはいえ…」

「いや、気にするな。それよりも…寝ている巫女をエルから離してくれないか?」


サラに話しかけられて視線を移すと、サラの肩越しにエルに寄り添って寝るサフラン殿が見えた。

胸の奥がチリッとなるが、それ以上に俺の背後から漂う兄弟の闇深いオーラが半端ない。


「ああ、すまない!巫女が、エル殿の枕に興味を持っていて、恐らく寝ぼけて側に寄っているのだろう。」


慌てて冷や汗を浮かべ、巫女を軽々と抱き上げると、焚火を中心にエルの反対側へと寝かせた。

これは、今後頭が痛いことになりそうだ。



野営を始めた時に決めていた通りの順番で火の番をしていて、虫の鳴き声しか聞こえない平和で静かな夜が続くのかと思っていた。しかし、そこは魔物のいる夜の森。

俺とサラの番で事件が起きた。

いつの間にか音もなく、モンスターに囲われたのである。

素早くライルとアジュールを起こし、ライルに探知を頼む。

囲まれるまで気が付かないとは魔法かスキルが発動している証拠。

つまり、特殊モンスターがいる可能性が高い。


「これは…気が付かないわけだ…」


ライルが珍しく生唾を飲み込む。

あのエル以外には冷たい感情しか持ち合わせていない上、ちょっとやそっとのことで動揺することがない15歳とは思えない青年が、こんなに緊迫しているとは気合を入れなおさなくてはならないという事か。


「ポール…今、俺に対して失礼なこと考えていましたね…顔に書いてありますよ?」

「…懲りないなぁ…また、兄さんに殴られるよ?」


この兄弟は本当に恐ろしい。

エルが、本当に優しく可愛く思える。

そのエルだが、当然起こしていない。

兄弟も俺もサラも起こす必要がないと判断しているからだ。

特殊モンスターと言っても龍ほどではない。

それに、龍騎士が二人いる時点で負けはない。


「さて…倒しにかかるか…エルが起きる前に…」


お互い頷きながら自分の得物に手をかける。

俺とサラはそれぞれの剣を。

ライルは、折り畳み式の鎌を。

アジュールは、ただの鉄の棒に炎を纏わせた。

ライルに聞いた話だと、兄弟バラバラで親に戦闘訓練を頼んでいたのだという。

知らないのはエルだけだそうだ。


ちょっとホッとしてる。


アレだけの魔法を使って、更に武器を持っても強かったら何にも敵うものがない。

せめて何かエルにできなく自分にできることがないと対等ではいられないからな。


焚火の明かりに照らされて、暗闇から風格あるモンスターが現れた。

犬型の全長5m以上ある大型モンスターで、四本の脚は、岩に複数のクリスタルが生えたようになっていて、体と顔は城に近い水色の毛で覆われている。


《人間…お前たちは、我が縄張りで何をしている…》


流暢に話しかけてくるとは…やっぱり特殊モンスターだったか。

どうやら群れを率いているボスが、特殊モンスターに変化したらしい。


「一泊居させて貰おうと思っている。朝になればすぐに立ち去るつもりだ。」


出来るだけ特殊モンスターとは遣り合いたくない。

しかも、話しかけてくるとは知性がある分、相当厄介な相手といえる。

戦闘が始まった場合、音や振動でエルが起きてしまう。

折角、寝て回復しようとしているんだから邪魔はしたくない。


《そうか…ならば…居させてやる代わりに貢ぎ物を寄こせ…》

「貢ぎ物?すまないが、取るものも取らずに出てきた身だ。高価なものも旨い食材も持ち合わせてはいない。」

《そんなものはいらない……そこに寝ているものをこちらに寄こせ。貴様らには過ぎたものだ。》


寝ている?なるほど、巫女が狙いか…

サラが警戒して巫女の側に立ち、すごい剣幕でモンスターを睨みながら剣を構えた。


《戦う気か…賢くない人間だ……それに…その人間を寄こせと言っているわけではない……》


こいつ、よりにもよって狙いはエルか!

兄弟の殺気が一気に膨れ上がったのを感じ、自分も引きずられるように殺気を体の外へと溢れさせたのだった。


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