第16話 ポールは出来る子


「感動シーンで雑巾臭い息子ですいません」と額が禿げあがるぐらい脳内でスライディング土下座しながら両親と離れ、暗い路地裏からコソッと人通りが多い表通りを覗いた。

先ほどと同じように行き交う町の人の中に、眼光鋭い騎士や兵士が混ざっていたので再び路地裏へと顔を素早く引っ込めた。


「表通りを通るのは難しいようだ…路地に入る前には見かけなかった騎士や兵士がゴロゴロいる。」

「やはり、見張りがいたのか…仕事ぶりからしてかなりの使い手だったのかもな。」

「それじゃーさ…どっかで騒ぎが起こって、騎士とか兵士の人たちがこの場所から移動したらいいんじゃない?」


アジュってば…本当に10歳児なのだろうか。前世持ちだったらどうしよう!


「騒ぎなら魔法で起こすか…」


マントを目深く被って自分に重力魔法を掛けて浮き上がると、人目につかない様かなり上空まで上がった。

くっさいけどマントに包まっててよかった。包まってなかったら寒さで凍えちゃうよ。

上空からでもよく見える西門へと勢いよく氷の塊を飛ばし、着地した氷の塊は砕けて辺りを氷塗れにした。


「これでいいだろ…よし!みんな移動し始めた!」


上空から兵士たちの動きを見て、耳を保護しながら慌てて下へと降りた。

ちょっと耳が聞こえ辛くなったのは仕方ない。

痛くならなかっただけマシですな。


「急ごう!兵士たちが移動した!」

「はぐれないように二人とも手をつないで移動するよ。」


兄ちゃんに力強く手を握られ、もう一方の手でアジュの手を握る。

すると兄ちゃんの手から魔力が流れ、強制的に身体強化の魔法を俺もアジュもかけられ、走り出した兄ちゃんに引っ張られるように人の間を縫って東門へと向かった。


途中途中路地を入り、目を盗みながら移動したおかげで兵士に見つかることなく待ち合わせ場所にしていた木へと無事に着いた。


「ポール達は…いた!ってかアイツ目立つな…顔はモブの癖に」


悪態付きながら茂みにはいり、警備の兵士に見つからないよう身を寄せた。


「ここでいろいろ話している時間はない。重力魔法で一気に塀を越え次第、水魔法で加速をつけて離れるぞ!」

「あの時みたいに高速で離れるなら安心だな。早馬でも追いつくのは困難だ。」


流石というべきか、ポールの奴は大き目のリュックを肩に担いで立ち上がった。

あの短時間で旅に必要なものを用意できるとか素敵すぎる。

中身がポンコツでなかったら存分に褒めることにしよう。


「グラビティ…」


全身から魔力を放ち、その場にいる全員が藍色の光に包まれる。

くっ…魔力が回復したといっても少しだけだな…これだとそんなに移動できない。

枯渇するギリギリで考えると5km…さっき浮いた時に見た川向うが限界かもな。


「みんなよく聞いてくれ…魔力が完全に復活していない。もって全員で移動できるのは川向うくらいまでだ。

だから、くだらないことで大声を出さないように。出しそうなら口を両手で覆ってくれ。

特に女二人。声出したらその場に捨てるからな。」


皆の体をゆっくりと浮かせ、先ほど自分が浮いていた位の高さまで上昇し、次々と水魔法で川向うへと押し出した。

ポールと俺は慣れているから余裕がある。

兄ちゃんとアジュは爽やかな笑顔を浮かべて飛んでいた。イケメンだから何でも絵になりますね。

サフランは当然のように気を途中で失い、サラは顔面蒼白になっていた。

こいつらマジお荷物だな。

普通、こういう旅に美女が一緒とかだったら誰かしらと恋愛関係になったりとかなるはずなのに…顔と体しか取り柄がないとか…いっそ哀れだな。

俺がこいつらとどうこうなることはないだろう。

引くほど興味がない異性って村の同年代の異性と同じレベルだな。


流れも速く、幅もそれなりにある川を渡り切ると全身が怠くなり、みんなをゆっくりと降ろして小石が散らばる川岸に倒れこんだ。


「あー…もうダメだ…」

「よく頑張ったな…」


ポールが賺さず俺に小瓶を差し出してきたので、当然のように受け取ったがなんだかわからない。

見たことがない瓶の中には、ワインのような紫色の液体が入っていた。


「これはなんだ?」

「魔力が少しだけ含まれている果実の汁だ。枯渇する前に飲むと魔力は回復しないが、体の怠さ半減して体を動かすのには支障がなくなるらしい。」

「ポール…おまえやるじゃないか。」

「お前が本調子じゃないのはわかっていたからいざって時に役立つものを買い込んでおいた。」

「そうか………これくらいで俺が許すと思うなよ……」


唸るような低い声でポールに囁き、苦笑と浮かべている頬をペチペチと叩いてから瓶に入る液体を飲み干した。

少しとろみがあるのか、ゆっくりと喉を滑り落ちていき体に沁み渡っていく。

味も少し酸味があるくらいで飲みにくい味ではない。

レモンに近いだろうか…ハチミツ混ぜてホットにした方が飲みやすそうだ。


「エル、あとこれもお前のために買っておいたんだが…どうだろうか?」

「………ポール……お前は…なんてできた子なんでしょう!えらい!許す!!」


うちのポールちゃんは、とても俺のことを分かっている子のようです。

そうです。俺が今一番渇望しているものを…しかも最上級品と名高い王室御用達の花石鹸!!!!

この世界の石鹸は、元の世界と異なり、石鹸の木の樹液を原料としている。

しかし、この石鹸の木の樹液だけでは、あまり匂いもなくて汚れ落ちも悪い。

汚れ落ちをアップさせるには植物の油を半分混ぜないといけない。

なんの植物でもいいわけではなく、汚れに応じて油も変えなくてはならないので難しい。

それに、臭いをプラスさせるのはもっと難しい。

香油を入れても、植物油の匂いで相殺されてしまう。

花石鹸は、石鹸の木の側に稀に咲く花の塊で、匂いも良ければ汚れ落ちも抜群。

それに洗った後ゴアゴアしたり、突っ張ったりしないと宝石並みに女性に人気のある商品である。

こんな高いものを手に入れた上に、俺に献上してくるとは…今晩俺はこいつにすべてを捧げなくてはならないだろうか。


「ポール…有難う…これで俺の汚れもマントの汚れも落として…今夜お前のものに…」

「いや、それはいいから早く体を洗うなりマントを洗うなりして移動しよう。」


俺のお色気もコイツは華麗にスルーしやがる…うん、じゃないとこんなふざけたこと言えません。

アジュに言ったらシャレにならない…怖い怖い。

ポールに促されてマントを外し、汚れた上着を脱いでズボンごと、流れの弱そうな窪みのある所から川に入り、石鹸と布で体と頭とマントを浄めて早々に上がった。

下?

脱ぎませんよ。

昼間な上、一応女子がいるのでね。

俺みたいな美少年が変な目で見られるなんて困っちゃう。


全身ずぶ濡れだけどフローラルな香りを漂わせ、川から上がると兄ちゃんが大き目の布を広げて覆ってくれた。

水魔法が使えたら水だけ分離して乾かせるのに…魔力ないから大人しく兄ちゃんに従う。


「さて、さっぱりしたし歩こうか…追ってもかかるころだろうし、もうすぐ日が暮れるから森に入って火を焚こう。」

「そうだね。流石に追っても日の暮れた森に入ることはしないでしょ…」


それだけ日の暮れた森は危険ってことなんだけど…追っ手を巻きながら魔力を回復させるにはそれしかない。


「私たちも火の番くらいできます。エルさんは遠慮なく中へ入ったら休んでください。」

「二人ずつで番を回せば凌げるだろ。」


役に立たないと捨てられちゃうから頑張りますって思いっきり顔に書いてあるな…

まぁ、それくらい役に立ってもらわなかったらマジでキレる。


日が徐々に傾き出した頃、俺たちは森の中へと足を進めていった。

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