第7話 エルとポール sideポール
藍色の小さな光が、遠くの崖へと向かっていく。
生意気でドS気味で何処か憎めない不思議な少年は、覚悟を決めた男の顔つきで俺を地上へと置いていった。
体から徐々に魔力を伴う、少年と同じ光が消えいく。
エルは、死を覚悟していた。
本人は何も言わなかったが、同じ目をして戦いに消えていった仲間を数多く知っていた。
あんな小さな少年なのに、いつの間にか1人前としてしか扱えなくなっていた。
見た事も聞いたこともない魔法を短時間で使いこなし、鋭い洞察力と機転の速さ。
時々、難しい言葉話したり、親しい友人のように自分の中へと入ってくる。
見た目と中身がまるで伴わない不思議な存在。
「あの男を死なせる訳にはいかないな。」
会って間もないのに、いつの間にか大事な友人になっていた。
アイツは、俺とは長い親友みたいな感じだと言っていたので、俺も同じ気持ちだと答えたら”吊り橋効果は男同士でも、ある意味成立するのかもな”などと分からないことを言っていた。
多くの人々を守ってきたのだから、大事な友人一人守れないでどうする。
最悪の事態は、この手で回避してみせる。
いくつもの修羅場を潜ってきた龍騎士の名は伊達じゃない。
鎧に刻まれた魔法式に微量の魔力を巡らせると、視界や感覚が研ぎ澄まされ、体が軽くなった。
半刻もしないうちに先程聞こえたような轟音が聞こえてくるだろう。
そうなったら戦場に駆け出す合図だ。
それまでは、息を潜めながら波の方へと近づいて行く。
ードゴォオオー
地響きと共に鼓膜が破れそうな程の音が響く。
考えていた時間よりも早い。
嫌な予感を胸に、流していた魔力の量を上げて、一気に波の方角へ疾走し始めた。
鬱蒼とした木々が風の音と一緒に後方へと下がる。
だんだんと木が少なくなり、森を抜けると小高い丘が広がっていた。
重力魔法の重複で地面が抉れ、土が丘のように盛り上がり壁のように聳えていたのだ。
「空から見るのと迫力が違うな…というか、アイツはこんなに凄い威力の魔力があったのに気が付かなかったのか…」
龍騎士の自分ですら恐怖を感じる威力。
上空から見ていたのと訳が違った。
空から見る景色は、今迄見たことがないアングルだった為、夢を見ているかのようにしか感じなかったのだ。
そんな脅威的な攻撃の後にも殺気に満ちた気配を壁の向こうから感じた。
エルは失敗したのだ。
意外に慎重派の奴が失敗するという事は、不測の事態があったのかもしれない。
何かに駆り立てられるように丘を駆け上がり、血の池に蠢くモンスター達を雄叫びを上げながら引き抜いた剣で切り裂いていくのだった。
早くエルの元に向かわなくては…アイツは、二発目を撃ったら魔力が枯渇すると言っていた。
指さしていた崖は、魔法を放つために見晴らしがいい。
これだけ仕留めそこなったんだから、のんびりしていたら追撃されてしまう。
焦りから剣の太刀筋を鋭くさせ、粗方モンスターを仕留めていくと、目の前に手下に守られた手負いの特殊モンスターが立ちはだかった。
「これは…すぐに決着がつきそうにないな…」
剣に絡みつくように付いた血と汚れをマントでぬぐい取り、握った柄に魔力を込めなおすと剣身が美しく輝きだした。
こんな酷い戦場は経験がない。
龍の討伐ですら仲間がいた。
今は、自分一人。
先ほどまでいた、小さいが心強い相棒は、きっと自分のことを待っていてくれている。
崖の上から「モブ騎士のクセに俺を待たせるな」なんて憎まれ口を叩いてる。
そうであってくれ。
心で祈りながら目の前のモンスターに閃光の如く挑む。
アイツは、俺を信じてるんだから俺も信じなくては!
「ぐっ!さすが…特殊モンスター…手強いな…………アイツの言葉を借りるなら「詰んだな」」
特殊モンスターでも手負いである為、手下を切り倒して一対一で対峙するも遠くから感じる殺気と魔力。
血肉の池の中でもわかる腐敗した匂い。
距離があるにも関わらず、嫌でも目の端に入る巨体。
目の前の敵で手一杯なのに、次の敵になるであろうモンスターはアンデット系の龍。
あまりの状況に笑いしか沸いてこない。
「あの村…本当に何かしでかしたんじゃないか?」
笑いを浮かべているのがモンスターでも癇に障ったのか、剣の動きが激しくなった。
「くそっ!……貴様を倒してアンデット龍を倒す!!」
―オオオオオオォォォォォォッ!!-
耳に残る汚らしい咆哮に首無し騎士も自分も手が止まって龍の方へと視線を向ける。
なんて光景だ…
何とか呼吸をするだけで言葉が出てこない。
地べたを這いつくばりながらゆっくりと移動していた龍が、苦しみ暴れながら藍色の光を放って空高く浮いている。
驚くのはそれだけじゃなかった。
体の面積が軋む音と共に小さくなっている。
限界まで小さくなったのであろう。
龍がただの腐敗した小さな塊になり、弾け飛んだのだった。
「エル…アイツ、枯渇したんじゃないのか?」
呆気に取られていると首無し騎士が崖へと剣先を向けた。
≪我らの主が消えた…お前の仲間も消えるだろう…≫
「なんだと!?」
首無しの騎士は自らの剣を鞘に納め、ふらつく巨大な馬に跨ってダンジョンへと向かいだした。
≪我は新しい主とならねばならん…我と戦いたければ地下に埋まる城へ来い≫
「城?ダンジョンのことか!?」
≪我らは城としか、わからん≫
それだけを告げると馬を加速させ帰っていった。
「波が止まって…助かったのか…?…ってエル!」
怒涛の展開に頭が付いていかず、慌てて崖へと向かった。
特殊モンスターって話せるんだな。
アイツがダンジョンマスターになるのか。
今度はエルも一緒に連れて行ってみるか。
重力魔法の威力は凄すぎるな。
今後のことをアイツとうまい飯でも食いながら相談するか。
崖を上がるは大変だな。
首無しの騎士が言ったことなど思い出したくなかった。
暗いことは考えたくなかった。
少しでも考え出したら動けなくなる気がしたからだ。
現実になる気がしたからだ。
でも、現実はやってくる。
絶壁に近い崖を強化魔法で上がると黒い液体の上に白い塊があった。
プラチナのような白い髪が赤黒い汚れで所々固まっている。
体中の力が近づく度に抜けていく。
こんなに鎧は重かっただろうか。
体や足がフラフラで縺れそうになるほど疲れただろうか。
アイツの髪は、こんな色じゃなかった。
肌の色だってこんなに白くなかった。
別人かもしれない。
手を伸ばしたまま倒れている人の前までくると膝の力が抜け、黒い液体の上に座り込んだ。
「遅くなってごめんな…迎えに来たぞ…エル」
返事のない変わり果てた姿の小さな友人を壊さないように、血で汚れていたマントで優しく包んで抱き上げたのだった。
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