第8話 後悔と慟哭 sideライル
可愛いエルが、見たことがないほど真っ青な顔をして俺を呼びに来た。
相当混乱していたので、落ち着かせるためにいつものごとく自然と抱き寄せていた。
まだまだ幼い細い体は、小刻みに震えて何かに怯えているようだ。
背中を摩っていると落ち着いてきたのか、顔色が少しだけ良くなって離れた。
愛しい温もりが離れていくのが寂しいが、あとでまたじっくり抱き心地を味わえばいいと、自分に言い聞かせた。
先ほどギルドに行かせていたから、父さんとサジムさんが話していた調査騎士団に何かあったんだろう。
話し出すまで焦れずに待った。
答えを急いては、正しく状況を伝えることはできないと判断したからだ。
「騎士団が到着したんだけど、みんな血塗れで村中パニック状態なんだ…父さんが、サジムさんに呼び出されて、兄さんもギルドに来るようにって…」
ちゃんと報告できたみたいでホッと息をついている。
普段から大胆不敵で俺にしか弱いところを見せないエルが、出会ったことのない恐怖で取り乱してしまったんだろう。
可哀想に…村の人達にもこんな可愛い顔を見せてしまったんだね…
アジュールに見られなくて良かった。
見られていたら俺のところにたどり着けなかったよ。
あの弟は油断ならないからね。
「エル、俺は先に行くから火を消して、村の人達に落ち着くように声掛けしながらギルドへきてくれ。…もう、大丈夫そうだからできるね?」
「はい!」
エルに時間を割いたので少々急がなくてはならない。
遅れたら俺の可愛いエルが責められてしまう。
俺のお気に入りでもある柔らかなブロンドアッシュの髪を撫で、安心するように微笑みかけると強化魔法で村の中を駆け抜けた。
あ、エルの前で魔法を使うなんて初めてだったのに…顔を見れなくて失敗したな。
人垣で埋め尽くされていたギルドへ到着すると、不安で表情を歪めた女の子たちが道を開けてくれた。
「ライルさん、この村は一体どうなってしまうの?強い魔物でも出たの?」
「私、怖くて仕方がないの。側にいてくださらない?」
道を開けてくれるのは有り難いが、ベタベタ触ったり絡んでくるのは勘弁願いたい。
しかし、次期村長としては、一応どんなに自分と合わない人間であっても無下にはできないところである。
さりげなく体を引いて、いつもの如く愛想笑いを一つ向けて会釈だけしてギルドの扉を開けた。
「遅くなりました。村長の長男、ライルです。よろしくお願いします。」
入るなり異様な光景だった。
まず、平常時では見ることはない。
飄々とした父が厳しい顔をして中央に立ち、いつも豪快に笑っているサジムさんは、顔面蒼白状態。
都でしか見たことがなかった騎士団が、テーブルを囲み切ることができず、数名壁際に立っていた。
驚きなのは、扉付近に立っていた顔の冴えない龍の柄の入った名誉ある鎧を身に着けた人物だ。
「お噂はよく耳にしています。龍騎士である閃光のポールさんですね。初めまして。」
この国では龍騎士は5人しかいない。
中でも顔は冴えないが、腕は5人の中でも真ん中に位置しているポールは、最近火山龍を討伐したことでも有名だ。
そんな有名人が、国の中でも辺境にある小さな村にくるなんてどうなっているのだろう。
しかも、エルの言っていた通り、みんな鎧に大量の血痕がついていた。
「一体どういうことなのでしょう。我々は、調査騎士団が来るとしか聞いていませんでした。
それなのに、みなさんのこの様な状態では村人が混乱してしまいます。」
嫌な予感しかしない状況を予感だけでなく、早急に把握しておきたかった。
事と次第によっては、家族や村人を避難させなくてはならない。
「大規模なダンジョン誕生によるスタンピードだ…」
父が絞り出すように吐き出した。
「そんな…この辺りはモンスターの魔力の元となる魔素も魔石も少ないのに!?モンスターだってみんな小型で弱いものばかりですよ!?数だって少ないです。それなのにどうして…」
小規模のダンジョンだって誕生するような環境ではないはずだ。
あまりのことに額に手を当て俯いてしまった。
「安心してくれとは言わないが、ここに来るまでに手はいくつか打っておいた。
まず、第一波と見られるモンスターの群れは、発見した我々で対処した。
そして今後、しばらくしてから第2波が来ることが予想されるので応援を呼ぶ為、対処した地点から1名伝達役で都へ送った。」
騎士団の団長からの説明を聞いて少し安心したところへ、何とも可愛らしい声が聞こえてきた。
「あの…ちょっといいですか?」
絶望的な気分から俺を救い出してくれる天使のような弟が到着したようだ。
「ん?…あっ!ちょっと、いま大事な話をしてるところだから子供が勝手に入ってきちゃダメだよ。ほら、出てってね。」
なんということだ。俺の愛しい弟は怖いもの知らずなのかもしれない。
あの龍騎士に臆することなく話しかけているんだから!素晴らしい!
うっとりと愛らしくも勇気溢れる弟を眺めている場合じゃないか。
「あ、あの!俺は、兄さんに言われてきたんですけど…」
そうそう。予想よりも悪い状況だと思わなかったからギルドにくるよう言っていたんだった。
「ポールさん、その可愛い子は正真正銘、僕の弟ですよ。」
エルが今日一番可愛い顔をして俺に感謝しているが、問答無用と言わんばかりにポールさんに出口へと促されていた。
これはどうしたことかな?俺から癒しを取り上げるのかな?
エルも俺も不思議に思っていた。
「だったら、尚更話を聞かせるわけにはいきません。この子は、こんなにも小さな子供です。
そして、貴方方にとって大事な家族。無為に怖がらせる必要はありません。」
「それもそうだな。ポール、その子を連れ出してくれ。」
龍騎士の言う通りだ。確かに言う通りだ。平凡な一般人と変わらない顔をしているのに的を得ている。
俺を呼びに来た時の怯えていた様子を思い出し、口パクで謝って置くことにした。
怯えていたのだから自分が手を握っていれば良かったんだ。
目の届く場所に居れば、安心できたんだ。
この時のことを、俺は一生後悔することになるなんて夢にも思わなかった。
困りながら龍騎士に連れられて出ていくエルを、申し訳ない気持ちと怖がらせなくていいという安堵感の二つの気持ちだけで見送った。
生まれた時から側にいて見守ってきた元気で明るく可愛い姿を見るのは、これが最後だなんて知らなかった。
事は騎士団がなんとか解決してくれる。
いじけているであろうエルに、大好きなクッキーでも買って帰ろう。
済んでしまえば、後で詳細を話しても問題がないだろうと呑気に考えていた。
団長の話で憶測ではあるが、ダンジョンが地下から発生して、既に完成に近付いていること等の詳細を聞いたり、村で出来る対策を立てながら、ポールの帰りを数時間待った。
そんな考えをあざ笑うように、エルを連れて出ていったポールが戻ることは無かった。
待ちながらも大体の対策が決まってきたころに異変が起きた。
地面が怒り狂っているのかと思うほどの爆音と地響き。
そして、何の音だか分からない悍ましい音。
何事かと皆が慌ててギルドの外へと出た。
建て付けの弱い小屋や粗雑に作っていた納屋が地響きの影響で崩れ、村人達が軽い荷物だけを持って右往左往している。
「どういうことなんだ…」
騎士団は、しばらく大丈夫だと言っていたじゃないか。
第1波の後は間が開くと…
では、この地響きはなんだというのだ…
「父さん!兄さん!これは一体何なの!?」
混乱した様子のアジュールが母と手を繋ぎ、人をかき分けて近付いてきた。
家から来たのだろうに何故あの子の姿がない?
愛しいエルの姿がない上、アジュールが焦って半泣き状態のまま肩に縋り付いてきた。
「なんで兄さんと父さんのそばにエルがいないんだ!!エルグランはどこなの!?」
肩を激しく揺さぶられながら絶望していた。
アジュールの叫ぶ声が聞こえなくなって、周りの景色の色がなくなっていく。
なんて事なんだ。
エルは、家に帰っていなかった。
ポールも戻って来ていない。
心臓の音がやけに騒がしく鼓膜を揺らす。
龍騎士がついて居ながら変な事に巻き込まれているんじゃないだろうか。
「約束したはずなのに…無茶はしないって…」
これからを暗示させるような曇った空を眺めて、どうか村の中にエルが居るように願った。
騎士団が現場を見に行こうと馬の準備を始めたので、父に母と弟、村にいるかもしれないエルと村人のことを頼んで、俺も現場に同行することにした。
これでも腕に自信がある。
自分の愛馬を用意して騎士団と現場に急行した。
無心で馬を走らせていると再び地面から衝撃が走り、
馬たちは驚いて制御出来ず、落ち着くまで時間がかかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
馬が、落ち着き出して、また走らせようと方向を定めるが、騎士の1人が震えて空を指さした。
「あれは一体何なんだ!?」
言われた方向をみて愕然とするしかなかった。
後悔するしかなかった。
あれはエルの魔法の光だ。
冬の朝、寝ぼけてベッドの中から使っていた。
服や物を自分へと引き寄せていた見たことの無い藍色の光を放つ魔法。
嫌な予感が的中した。
エルは、村にいなかった。
なんで龍騎士であるポールは、あんな小さな子供を戦場に連れて行ったんだ…
光は龍の形から徐々に形を変えて小さな光の玉になり、弾け飛んだ。
小さい時、父と訪れた都で見た花火の様に。
頬を伝う熱いものを拭うことなく我武者羅に馬を現場へと走らせた。
龍騎士に大事なエルを任せた自分への怒り。
分別のある大人であったはずの龍騎士への怒り。
こんな事態になるまで動かなかった国への怒り。
約束を破ったエルへの怒り。
怒りと絶望で頭が割れそうになったなんて初めてだ。
どれくらい馬を走らせただろうか…遠出したことのある森は姿を変え、小高い丘が長い距離を覆っていた。
ここから先は馬で進むのは無理か。
俺もよりも早く団長が先行して馬から降り、強化魔法で一気に丘へと勇ましく飛び上がったが、降り立った瞬間四つん這いになった。
「うっ!………はぁはぁ…なんて光景だ…この先は酷い数のモンスターの死骸しかない。」
吐き気と戦っているのだろう。
団長の顔が土色のようになり、口元を手で覆いながら叫んでいた。
「チラッとしか見ていないが生きているものは見られなかった…若い団員やライルくんは見ない方がいい…」
余程酷い光景なのだろう…
目を閉じて、強化魔法で魔力や気配を広範囲で探すが引っかからない。
再び馬を走らせて丘の周りを探した。
何か手掛かりはないだろうか…
「おーい!こっちに足跡があるぞ!壁の向こうからあっちの方へ続いてる!」
若い騎士の一声でみんな集まり、続いている方角に見晴らしの良さそうな崖があった。
大規模な魔法を使うならああいうところかもしれない。
強化魔法を使って崖の方へと気配を辿ると、一つだけ気配を感じることができた。
きっとエルだ。
「急ぎましょう!崖の上に気配を感じます!」
逸る気持ちを抑えて騎士団に告げ、馬で崖の上まで行くには時間がかかるので、崖の真下まで馬で行き、強化魔法で崖を全員で登ることにした。
この上にエルが待ってる!
あの悪戯坊主、お兄ちゃんをこんなに心配させて悪い子だ!
徹底的にお仕置きをしなくちゃならないな。
それにしてもなんで気配が一つしかないんだ?
ポールさんはどうしたんだ?
まぁ、二人のうちどちらかが居ればわかるだろ。
騎士団たちが次々と崖の上へ到着していく。
さすがに、騎士とは違う俺は最後になった。
いやに静かに迎え入れられ、心臓が嫌な音を立てる。
座り込んでいる騎士がマントを大事に抱えている。
その周りを騎士団が無言で囲んでいた。
マントからは白いものが垂れ下がって見える。
あれは一体何を抱えているんだ?
エルはどこだ?
小雨が降りだし、頭も体温も冷えていく。
一歩一歩近づくと白いものがエルの手だとわかった。
垂れ下がって見えている手以外はマントにくるまれてわからなかったが、あの手はエルに間違いない。
俺がお守りにと作ってあげたブレスレットが光っていたから。
「エルを…返せ…返してくれ!!!!」
喉が切れるほど叫んで、マントごとエルを掻き抱くようにひったくった。
腕に感じる冷たく重いエルは、マントの隙間から顔が見え、肌も唇も髪までも真っ白に変わっていた。
すべてが抜け落ちた抜け殻のような最愛の弟の変わり果てた姿。
俺の慟哭が辺りに響き渡った。
その後のことは、あまりよく覚えていない。
エルを腕から離すことができず、騎士団に抱えられながら村に戻ってきたと父が言っていた。
大事にエルを抱えたまま口を開くことはなく、アジュールもエルの足元で同じように無言無表情だったという。
龍騎士ポールは、今回の件を騎士団と父とサジムさんに話し、エルを都へ連れて行くと言い出した。
エルは、生命力を魔力に変換させて魔法を放ち、瀕死であった為、龍の秘薬で仮死状態にしたとのこと。
都に行けば、聖魔法を使う巫女がいる。
巫女に掛け合って優先的に治療をしてもらうというのだ。
元に戻る保証はない。
またこの手から離して、次こそ酷い死に方をしたら俺もアジュールも生きてはいけないだろう。
しかし、現状仮死状態ではどうしようもない。
仮に都に行くとなったら俺ではなく、父が付き添うという。
今の俺たちでは不安しかないそうだ。
そうかもしれない。
俺とアジュールは、ポールを殺してやりたいほど憎んでいる。
憎んでも仕方がないことくらい頭ではわかっている。
しかし、感情は違う。
冷静な判断が出来ない俺とアジュールは、父に従うことにした。
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