第5話 感謝は大事

ポールに考えを話してから1,2時間位は、経ったんじゃないだろうか。

地面に出来た数個のクレーターや無残に折れている木々の中心に、体を藍色に光らせている俺が立っているという、なんとも穏やかじゃない状況になっていた。


「ああ…可哀想なポール…君の犠牲は無駄にしないよ。」


地面に這いつくばりながら、なにかに耐えているポールの兜をそっと指の腹でなぞる。

自分よりもかなり大きい騎士を一方的に弄るなんて…なんだか悪役になった気分…うへへ。


「いいから早く…魔法を解除してくれ!!」

「あー、はいはい」


恍惚の表情を浮かべ、苦しげに顔を歪ませている騎士を撫でる俺って、事情知らない人間から見たら悪役って言うか悪魔そのものだよな。

普段人が来ないところだけど油断して見つかったら元も子もないから、見つからない内に解放してやるか。

こんな村が混乱してんのに、一々いらない誤解フラグなんて立ててる場合じゃない。

収拾つかなくなること間違いなしだ。


名残惜しく思いながら重力魔法を解除して、倒れているポールに手を貸し、軽くマントや鎧についた土を払ってやる。

ま、モンスターの血で汚れてるから変わらないけど、ほら、労るポーズは大事でしょ?


「協力してくれてありがとう。えっと…大丈夫?」

「…今更カワイコぶられても怖いから止めてくれ。」


ウンザリしているようなポールに驚きを隠せない俺。

なんだと!?ポールのクセに生意気な!!

俺のあざと可愛い攻撃が効かないだと!?

モブ騎士のくせになんてヤツだ!!


「はぁ…エル、随分試してみたけどどうだ?」

「どうって…まぁ、ある程度選別と加減が分かったかな。でも、魔力の量に関しては分からない。

生活で、しかも人に見つからない様にこっそりしか使ったことないし、重力魔法は水魔法より使う頻度低いからね。

当たり前だけど…枯渇して昏倒するほど魔法を使うって経験したことないし。」

「確かにそれはネックだが…今のところ訓練前と比べてどうかな?」

「んー…ちょっと疲れたくらい。でも、魔力の消耗よりも集中力で疲れた方が正解って感じだね。」


平然と話しをしながら、鎧の隙間から小瓶を出して飲み下しているポールに、はじめて申し訳ない気持ちになった。


実験は、いきなりポールでは流石に心配だったので、岩を沈めることから始めてみたけど、コントロール出来ずに地面にめり込ませてクレーターを作り、挙句砕いてしまった。


この時のポールの表情を俺は忘れないだろう。

目玉が飛び出さなかったのが不思議だった。

まぁ、俺自身もビックリして冷や汗をかいたよ。さすがに。


あれこれ無機物で試している間、自分自身のことやポールのことを話しているうちに、ポールは素で話してくるようになった。

呼び捨てに関しても、何か言われるかとも思ったがあまり気にしていない様だ。

俺自身も呼び捨てにされても何も思わなかったし…


二人の間の空気が少しずつ変わり出した頃には、何とかコツらしきものを掴めたのでポールにお願いした。


会話を交わすことなど出来るわけがなく、互いに無言のまま間隔を開け、じわじわと重力を上げては止めて、上げては止めて、たまに軽くしたりと神経を研ぎ澄ませて練習した。

いくら頑丈といっても生体である。

少しの失敗が命取りになることもあるのでおふざけは無しで取り組んだ。


自分では結構上手くできた気がしていたんだけどね…

結局、ポールは回復薬を飲まなくてはならない位のケガをしていたようだ。

俺にあまり気を使わせないよう、水分補給するかの如くさりげなく飲む姿は男前だと思う。

けど、モブ顔だからね!惚れないよ!


とにかく、重力魔法の慢心は危険だな。

調子に乗りやすいから気を付けないと…一応自分のことわかってるんですよ?


「ポール、ありがとな。」

「いいや、俺の方こそ悪かった。本来なら戦闘には加わることのない生活をしていたのに…」


微笑みながら鎧越しに肩を叩く俺とは真逆で、険しい表情で拳を握りながら俯いて地面を睨んでいた。

国を守る騎士としてだけじゃなく、優しく気高い真面目な男だな…モブ顔だけど!


「ポールが悪いわけじゃない。ダンジョンの発見が遅れたのだって誰かのせいじゃないだろ?

それに、こんな平和ボケしてる村で生活していただけの俺が、短時間の訓練で重力魔法がある程度制御して使えるようになった。もしかしたらそういう運命だったのかもしれないだろ?」

「運命か…こんなこと言うの悪いんだけど…正直、ここまで使いこなせるなら足止めじゃなく、二人でスタンピードを制圧できる気がするんだが…」

「おぃぃぃいいいいいっ!バカポール!脳みそ筋肉で出来てんのかよ!」


この騎士何言っちゃってんの!?魔力量わかんねぇって言ってんだろ!

それに二人でってポールはどれくらい強いんだよ!

思わず怒鳴りながら飛び上がって、ポールの肩にかかるマントを掴んで顔を近づけた。


「現実見ろ!俺は、いつ魔力が尽きるかわからないし、スタンピードの規模もモンスターの質も量もわからないんだぞ!それに、モブ顔のお前がどの程度強いのかもわからん!!」

「でででも、俺はエルの凄さもスタンピードも自分の強さも知ってるぞ?……ってモブ顔ってなんだ?」

「お前の物差しの正確さを誰が保証してくれんだよ!

第一、二人でなんて今ギルドにいる連中が許すわけないだろ!俺の兄ちゃんとか!

それと、モブ顔ってのはどこにでもありそうな顔ってことだ!つまり、可もなく不可もなく平凡ってこと!」

「確かにそうだけど…お前色々酷いな!いい加減俺だって泣くぞ!」


緊迫した最中の能天気発言に、俺は捲し立てるだけ捲し立てて、相手から勢いよく離れ、腕を組んで両頬を膨らませながらポールを睨んでいた。

泣きたきゃ泣くがいい!ったく、モブ騎士は考えが足りないな…こんな奴と二人って…ん?なかなか悪くないんじゃないか?

怒鳴り散らしたせいか、頭が冷えるのが早く、怯え気味な上に平凡と言われて涙目の情けないポールを見つめてふと気が付いた。


そーだよ!二人で取り敢えず行ってみりゃいいじゃないか!

魔法は遠くからでも使用可能なんだから、様子見がてらギリギリ遠くの距離から重力魔法を試しに使ってみて…成功したら御の字だ。

ポール一人だけ突っ込んだほうが、余裕で制御できる。逆に大人数の方が神経を使って魔力枯渇前に頭痛で意識を失ってしまいかねない。

多分、みんなで行った場合は最初の一手くらいしか思い切り魔法を使うことができないだろう。


脳みそ筋肉かもしれないポールの言うとおりにしてみるか。

何かあったら全部ポールに押し付けよう!だってポールは責任のある大人だから!俺は責任のない子供!

順調に制圧出来たら、誰にも見られていないことだし目立たないように全部ポールの手柄にすればいい。


スタンピードが片付けば俺の秘密を知るポールは都へ帰っていく。

普通の男の子に戻る。

平和な日常が戻る。

スタンピード終了して周囲安全なダンジョンだけが残る。

村が潤う。

村長さんの息子である俺は、ちょっと裕福なお家の子になる。

生活がより一層快適になる。


え?順調なことしかないじゃないか!素晴らしい!俺、頑張る!

兜の面を上へとあげ、まだ情けない顔をしているポールの頬を撫でて、黒い笑みを称えながら態度を一変させ、酒場で高い贈り物を強請るウェイトレスのように、しな垂れかかり上目遣いで見上げた。


「怒鳴ってごめん。よく考えたんだけど、確かに君の言うとおりだ…今から二人でちょっと偵察しに行こう…そして、あわよくば人知れず制圧しよう?」

「え!?ちょっといきなりどうしたんだ?さっきまですんごく怒ってただろ!

…あーっ!その顔は、今の間で絶対、俺によくない事考えてたな!?」


さすが腐っても一流騎士だ…勘だけはいいな。

眉間に皺を寄せて舌打ちをし、踊るのをやめて相手の正面に立つと共に全身へ魔力を流す。

俺の体とポールの体が藍色に光りだし、ゆっくりと地面から足が離れる。


「うるせぇ!男がグダグダいうんじゃねぇ!おら、とっとと行くぞ!……グラビティー!!」

「うぉおおお!!ちょっと!!せめて説明してからにしてくれぇぇえええええ!!」


ポールの情けない雄叫びを聞きながら、灰色の雲が出はじめた空へと浮かび上がる。


「んなもん、運よく二人で制圧出来たら手柄はポールに譲るって話だよ…悪い話じゃないだろ?

ただ、最悪責任問題的なものが出てきたら、その責任もポールに譲るってことだ。」

「何故だ?責任問題は大人である俺のものだが、手柄となったら二人のものだろ?」

「手柄とか今後のんびり生きるのには邪魔じゃないか……って嘘だろ?

おい!さっき言ってた話だと第一波は騎士団がある程度抑えてきたんだろ!?」

「ああ、そうだが?」


浮かび上がった俺の視界には、無数の赤い光と土煙が言葉のまま波になって迫ってきていた。

呑気に答えているポールは、これが当たり前の光景だというのだろうか?

これだけの距離を詰められて焦る必要がないのか?


圧倒的な光景に、瞬きも忘れ喉を鳴らして唾を飲み込む。

俺の様子がおかしいことに気付いたポールが、振り返ると言っていた意味が分かったらしく剣の柄に手をかけた。


「エル、これはただのスタンピードじゃない!こんな話聞いたことがないぞ!俺が気付かないほど気配の消して押し寄せてくるなんて…早く波を止めに行かなくては村が飲み込まれてしまう!急ごう!」

「やっぱり普通じゃないのかよ!……ぶっとばすから目を瞑ってろ!ウォータージェット!!」


重力魔法だけではスピードが出ないので水魔法との併用を瞬時に思いつき、鎧とマントで覆われた背中に掴まるとブーツの裏から水をジェット噴射のように魔法を展開して、波の先端へと全力で急いだ。


村の上を通ると混乱しているながらも波が押し寄せていることを気付いていない様子だった。

ギルドの周りは相変わらず包囲されてるし…おかしいな…

分かっていることは、兄ちゃん達に知らせている暇がないってこと。

それと、気が付いた違和感。


「ポール…このスタンピードは変だって言ってたけどさ…俺にもわかる。音がしないんだ。足音も叫び声も地響きも木がなぎ倒される音も。」

「ああ……魔法で音を消されている。こんなことができるのは特殊モンスターしかいない。」


ダンジョンに特殊モンスターとか全力で村をぶっ潰す方向じゃねーか…

偶然なのか?何かひっかかるな。


「お前の村、何かの怒りをかっているんじゃないか?」

「俺もそんな気がする。」


っていっても思い当たらないな。なんか壊したとか取ってきたとか聞いたことないし…


「波の先頭が見えてきた!どうする?」


水魔法を解除して速度を落とし、モンスター達の個々の輪郭が見えるくらいの距離で止まる。

この距離でも音が聞こえないから相当不気味だな。


「俺だけここに降ろしてくれ。エルは、上から魔法で援護してくれると助かる。」

「それが一番安全だな…あのさ、一番はじめに大き目のやつやってみてもいい?」

「なら、今やってみてもいいんじゃないか?俺も見てみたいし、知っておいた方が戦いやすい。」

「ああ、それもそうだな。んじゃ…」


ポールから離れて一呼吸つき、両手を波の先端へと構える。

体が今迄無かった位光を放ち、徐々に手のひらへと光が移っていく。


「グラビティ!出力最大!!」


藍色の光る球が、目掛けた場所へと勢いよく手から離れて飛んでいった。

はじめてやったことだからどうなるかと目を凝らしてみてみると光る球が、手から放たれた時よりも何倍もの大きさに膨れ上がり、波のすぐ上だからだろうか、無音で打ち上げ花火のように弾けた。


「あれ?気張りすぎて失敗しちゃったかな?」

「おいおい、期待してんだからしっかりしてく……おい!なんだありゃ!」


魔力がごっそり抜けたのを全身で感じたんだけど、これで失敗とか救いがない。

打ち上げ花火だったら祭りでお披露目したい…今回みたいに無音で弾けられたらどちらにしろショボいよな。

肩をがっくり落として頭を下げていた俺をポールがバシバシ叩いてきた。

「おい、一応しっかり見ろ!………うっぷ」

「痛いって!…ん?あれは…地形が変わってますね…」


叩くのをやめてなにやら青い顔をしたポールは、半泣きの俺を無理やり波の方向へと向けた。

波のあった場所に大きなクレーターができていた。

更にクレーターの中は赤黒い液体と毛や見たことない色の皮膚、手足等よく観察したら吐いちゃいそうなグロテスクなもので埋め尽くされていた。

更に遅れて音が聞こえてきた。


うん


無音なら最後まで無音でいて欲しかった。

一番聞きたくないグロテスクな音が大音量で聞こえてきて、俺とポールは互いに背を向け、宙に浮いたまま胃の中の微々たるものを吐き出したのだった。

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