第165話 不意にくる痛み

「キーン、床に寝転がって何してんだ?水浴びにも来ねぇし」


「ああ、ふたりともおかえり。遅かったな」


汗びっしょりでシャツからズボンから体にぴったり張り付いちゃってる俺のぐったりして汚らしい姿にふたりは冷たい目線をくれた。俺がドMならそれに満足して快感に身を震わせるんだろうけど、生憎俺は軽めのM。やられればやられるほど熱く滾るし、痛いのも嫌いじゃないけど決してドがつくほどではない。軽めのヤツだ。そう、俺は軽めのM。そうだろ?いや、そうに違いない。


少しして俺の様子がおかしいことに気づいたふたりは、どうした?なんてとってつけたような心配してます感を出してきたが、もう面倒くさくなった俺はそれをスルーしてさっさと魔族のゴール君との話を伝えた。


「という訳で、今の俺達じゃヤツには勝てないことがハッキリした。シュラー、チャンネリ、村を大きくするぞ。力をつける。町の方でもこれまで以上の影響力をとりにいく」


チャンネリは目を閉じて何か考えている。シュラーは俺の話の途中で何度も割り込みかけたそうだったが、最後まで我慢して聞いてくれた。


「それだけか?そんな悠長なこと言ってられないんじゃないか?現状維持を認めてくれたからって、そんなの時間稼ぎだろ?しかも魔族の手のひらの上でさ。具体的な考えはあんのか?」


腕の痛みから立ち直ったばかりの俺に画期的で現実的な具体案があるわけねーだろ。むしろそういうのはお前がビシビシ提案すべきことだろうに。とりえず思いつきプランを話すけどさ。


「戦力を上げるんだ。俺個人のな。何をするかって?クソエルフ狩りだ。前に話したことあるよな?俺を奴隷に落とした女だ。あぁ、それそれ。あぁ、復讐したいって意味もあるにはあるよ。でも目的はヤツの魔法だよ。あれが欲しい。いや、違う違う、水の塊生物のことじゃない。あれはどうせ手に入らないと思う。目標は魔法そのもの。召喚魔法だ!」


「急展開ってやつだなキーン。ちょっと落ち着け。俺が言いたかったのはそういうことじゃないんだ。まずは聖域のことだよ。まずはそこにもどって欲しかったんだ。お前の話じゃ聖域の復活には義人とかってヤツをぶっ殺す必要があるんだろ?例えばこの前の救世主みたいな。でもその話って魔族から聞いたもんだろ?だったら嘘かもしれないじゃないか。もちろんそうじゃなくたって俺達には聖域の復活方法なんて分からねーからよ。そっちの情報収集をしようぜ。さしあたってはやっぱりあの守人のお嬢ちゃんがいる。指の二、三本も落とせば、それまで知らなかった話を急に思い出したりするだろ」


シュラーめ、なんて考えをしてるんだ。指の二、三本だなんて。そんなんじゃおままごとレベルだよ。指なんて俺の治癒魔法でいくらでも再生できるんだから何十回でも落とせばいいじゃないか。こいつもすっかり野蛮人・・・いや、ナチュラリスト?的なものになってたのに、まだ足りないな。どこかで一度教育してやる必要がある。もっとバカにならないとさらにバカなヤツに殺られちまうぜ。


「あー悪い。それな。忘れてた。聖域関連の情報は積極的に集めよう。お嬢ちゃんは当然追い込むよ」


「おう。で、エルフだよな?召喚魔法。でもあれだろ?そうとうヤバイヤツなんだろ?そのエルフ個人はもちろん、水の塊?それに加えて味方も多そうじゃないか?いわば俺達がこれから目指そうって感じの立ち位置でよ。お前のなんとかって強力な魔法だって奪われたんだろ?勝ち目ないんじゃないか?」


「まぁな。実は俺もそう思う。エルフ狩りなんてさっき思いついた適当なプランだから。けどのんびり日向ぼっこしながら昔の懐かしくて温かい思い出をよぉ、繰り返し繰り返し思い出してはニヤニヤしててもさ、何も解決しないよな?思い出のなかに閉じこもってあーすればよかったとか、こうすれば今頃はもっと幸せだったとか、最高に無意味な仮定の話を積み上げて脳みそを沸騰させたい気持ちは常に魅力的だし、そういう妄想はいつだって自分の味方だってことは認める。いいよ。そこはちゃんと分かってる。お前らだってそうだろ?チャンネリ、どうしたよ。さっきからずっと黙ってるけど」


「ううん。別に」


チャンネリ。これはちょっと雲行きが怪しいか?しかしここで止まるわけにもいかない。言いたいことは言っておこう。


「そうか?とにかくだ。えーと、なんだっけ?そう、いずれにせよ俺達はぬるま湯から上がって体を拭く暇も惜しんで急がなきゃいけないんだ。ダッシュでな。しかもどんなに急いで走ったって何にも追いつけないし、どこにも辿りつけないのにさ。それでもぜぇぜぇやる必要が、どうやらあるらしいぜ。なんでかって?それは俺達がさんざん好き勝手やってきたからさ。こっちが知らん振りしても相手は見逃しちゃくれないよ。それがやっぱりこの世のルールってやつだし、弱肉強食もその内のひとつさ。そりゃ・・・え?あー、そうか、勝ち目があるかどうかって話だったか。悪い、ちょっとエキサイトして持論を展開しちまった。なんせ俺は持論を展開するのが大好きだからな。隙あらばほんのさわりの部分だけでもといつも狙ってるの、お前らだってよく知ってるだろ?」


「キーン、いいかげんにしろよ。しつこいし、ごまかしたって仕方ないぜ」


「わかってるよ。じゃあ勝ち目の話をしよう。そこは正直”転移”の一点張りだ。それしかないだろ?向こうの攻撃はそれで無効。駄洒落じゃないぜ?あとはこっちの魔法なりなんなりを当てて終わり。単純明快な勝利の方程式だろ?」


「で、それは周辺の国々にまで名を轟かす、お強いエルフ様とその召喚生物?にも間違いなく有効なのか?とくに配下の水の塊とかってのは神兵だかなんだかってよ。とんでも生物なんだろ?」


「そうそう。まずスピードが尋常じゃない。ただの体当たりでも、喰らおうものなら俺達なんて跡形もないほどぐちゃぐちゃのミンチにされるだろうな。ヤツはそんなスピードで移動しちょうし、体は水で出来てるだろ?姿かたちが変幻自在でさ、いわゆる急所なんてないんじゃないかな?極めつけはヤツの魔法だ。そのあたり話したことあったっけ?ない?うん、あの水ヤローは他人の魔法を奪うんだ。ヤツの魔法はそういう魔法なんだよ。そう、俺が魔法を奪われたのもこれのせい。しかもヤツは分身出来ちゃうんだよ。最大7体・・・のはずで、その一体一体が誰かから奪った別々の魔法を持ってるんだよ。つまりヤツは7つの魔法プラス魔法パクリ魔法の計8つの魔法を持ってることになるな・・・無茶苦茶だろ?だから頑張ろうぜ!根性でさ」


「おい、絶望的じゃないか。8体の化け物とその主人のエルフ女ね。それで?さっきの方程式は成立するのか?」


「成立すると思うか?大抵の攻撃なら”転移”を纏ってスルーできるけど、俺も知らないような何か特別な攻撃があってもおかしくはないよな。そしたらもうお手上げ。全部ぽしゃるぜ」


自分で提案しておきながらひどい話だ。勝ち目もないのにずさんな計画を実行しようって言うんだからさ。だったらやらなきゃいいって?そりゃそうだ。でも焦れったいんだ。何かしてないと怖いんだ。それも明らかに危険なところに頭から突っ込まないとさ。狂ってるんだ。今も昔も。


「”ぽしゃるぜ”じゃねーよ。この時点でもう無理だとは思うけど、一応聞いとくぜ?奪われたお前の魔法の件もあったよな?詳しく聞いたことなかったけど、すごいもんだったんだろ?」


「うん・・・”異空間”な。強力だよ。その魔法空間のなかじゃ、大抵のことはできるんだ。頑張れば何もない無の状態からミスリルだろうがオリハルコンだろうが作れちゃうし、どんな魔法だって使えると思う。魔道具も作れるんじゃないかな?生き物だって創造できるよ。まぁ要するにその空間内では神のように全能になれるって感じ。破格の性能だろ?」


「言葉もねぇな。あちらさんにはそんな魔法まであって・・・それでよく殺りにいこうなんて言ったな」


「”異空間”に関しては問題ないんだ。あれは扱いが難しくて、あの水ヤローには使いこなせないよ。これは間違いない。ハッキリした根拠はないんだけど、ただあれは使い手を選ぶし、それはあいつじゃない。分かるんだ。ホントに。俺には。上手く説明できないけど」


「ふーん。それを信じるなら、問題は”魔法が奪われる”ってとこか?」


「そこも問題ないよ。あれは発動に時間かかるらしい。数日単位のさ」


「それはキーン、お前の体験から導き出した結論か?だとしたら足元掬われるぜ?実は一瞬で奪えるのかもしれないだろ?」


「・・・かもな。そう言われると自信なくるよ・・・あれがわざとだった可能性かぁ。でもそんな偽装する必要あるか?俺に対してさ。魔法を奪った後、奴隷として売り払って、そんな俺を見ながら楽しそうに笑ってたんだぜ?俺に対して警戒なんて必要なかったって証拠だろ?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど最悪に備えておかないとな。仮に相手が一瞬で魔法を奪えるとしたら?つまりお前の”転移”が一瞬で相手のものにってさ」


「もう一緒だろ。ぽしゃるんだよ。対抗手段がなくなるんだから」


「つまり今のお前は転移に頼りきってるってことだ。それは仕方ないし当然だとも思うけど・・・もっと毛並みの違う奥の手が欲しいよな。エルフどうこうは関係なくさ」


「奥の手なんて、そんなもんねーだろ。だからこそクソエルフを殺りに行こうっていうことなんだし。魔剣だの魔槍だのってもんでもあればってところか?」


「ドワーフにまで手を広げるのはまずい。少なくとも今じゃない。だろ?」


「じゃあ・・・そうだな。森の拠点のアイツ等を囮にでもして隙を窺うとかどうだ?」


「それはありだな」


「俺にばっかり言わせないで、お前はなんかないのかよシュラー」


「御神体はどうだ?あの木から武器とか作れないかな?正確には御神体じゃないけど、普通の木じゃないことは確かだろ?なんかすごいもんが出来るとか都合のいいことが起こらないかな?」


「ふー。そりゃないだろ。現状は水が滴ってるだけの木だぜ?むしろ普通の木の棒以下じゃないか?」


「ねぇキーン」


うぉ!びっくりした。チャンネリ?なんだか思いつめた顔してるけどどうしたんだ?またいつものか?


「どうした?」


「わたし、わたしね・・・」


「うん。どうした?らしくないな。泣きそうな顔して」


「わたしは・・・お荷物だよね?ううん。いいの。いいの。分かってるからいいの。わたしの力じゃこの先キーンにはついていけないって。いっぱい努力したけど・・・けどもう無理なんじゃないかって。そう思うの。森の人達よりは強いよ?でもそれじゃ意味ないよ。わたしはシュラーみたいに頭も良くないし、だからね、わたし・・・出ていくよ。わたし・・・じゃあね」


は?何言ってんだ?前にも似たようなこと言ってたけど・・・。でも出ていく?どこへ?え?頭が真っ白だ。チャンネリ、お前は、俺達は、ただの仲間ってだけの関係じゃないだろ。でも。

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