第164話 拠点の町で

転移して拠点の町に戻るとシュラーとチャンネリは水浴びに行った。家の風呂は魔道具「ファイヤーボール」を前提に作ったものだからもう使えない。聖域で魔道具全てを失ったのが痛い。金さえあれば買えるというものではないのだから。


俺はひとり家に残った。家から少し離れた物陰で薄ら笑いを浮かべている魔族の男、ゴールを見つけたからだ。ヤツはすぐに家に入ってきた。勝手に席につくとお約束のように始まる無駄話のシャワー。


いいから早く本題に入ってくれと頼んでも聞きやしない。見るからに上機嫌なゴールを眺め”あぁ、こいつもう聖域襲撃からの流れをある程度、いやもうかなり詳細にわたって把握してるんだろうな”と悟った。


「キーン様、何をそんなに焦っているのですか?時間は山ほどあるではないですか、ええ、はい。それとも私の話がお気に召しませんか?それにしたってもう少しくらい笑ってくれてもよさそうなものですがね。楽しくなければ笑えないなんて可愛い男の子みたいな駄々はこねないで欲しいものです。私にも心があるのですから傷ついてしまいます。さぁ、嘘でもいいのでもう少し楽しそうにしてください。キーン様お得意の演技の時間と参りましょう。ええ、はい」


毎度お馴染み、陰険で嫌なヤローだ。まるで俺みたいじゃないか。思わせぶりな言葉をそれらしく組み合わせて空疎な文章を作り上げ、もっともらしい装いとふてぶてしい態度でそれを堂々と垂れ流し続ける何かの抜け殻のような魔族の男。


決まった流れで黙々と単純且つ単調な作業を長時間行う、魂がカサカサに乾いて荒涼とし、もはや取り返しがつかない所までボロボロになったアルバイトのおっさんのように死んだ目で、俺はゴールの話を聞き続けた。


ゴールはマシンガントークをばら撒いて一旦満足したのか、夢見る少女のようなうっとり現実離れした目線をこちらに送ってよこし、今日の出来事を振り返るよう促してきた。俺は最初の襲撃から拠点の森までのことをしっかり説明した。


黙って聞いていたゴールは、しばらくしておもむろに席から立ち上がると、大きな音を響かせ拍手を始めた。実に3分近くもパンパンといい音を鳴らした。


拍手をするだけでこんなにも他人の神経を苛立たせることができるんだなと少し感心していると、ゴールはどこからか一瞬でティーセットを取り出して言う。


「お茶はいかがですか?お好きでしょう?ええ、はい」


いつになく優しい口調、柔らかい物腰。こいつ、こんな一面をここで挟んでくるのか。うーん。お茶がうまい。


「キーン様が森の奥深くに村を作っていることは当然把握していましたが、そのことをこうしてキーン様の口から直接話してもらえるなんて驚きました。それにしても明確に隙がなくなってきましたなぁ、キーン様?私があなたのことを常に気にかけていることにいつから?まさか最初から?ええ、はい。監視?まさか!そんなことは!いつものことながら鮮やかに先手をお取りになりました。ブラボーでございます。ええ、はい。私自身のことのように嬉しいです。つまりこの場合のキーン様からの歩み寄りというものにですね。不貞腐れたように照れ隠しをするそのお姿はまるで可愛い男の子みたいではありませんか?おっと、失礼、失言でした。それさえもキーン様の先手というものでしょうな。私如きでは足元にも及びません。ええ、はい。そうですとも。舌を巻くばかり、全てはキーン様の手のひらのうちというわけですか」


「そりゃどうも。ところで褒美はどうなる?タダ働きでハイオシマイとか言わないよな?最初の襲撃は明らかに失敗だった。結果を残したのは紛れもなく俺達だけだろ?こっちは大事な魔道具を全て奪われて、その上素顔も見られちまったよ。あんたの褒美に期待したいもんだな」


「おお、おお。それは理の突き当たり。さながら東から昇るあの光の星のように間違えようがありません。よくぞやり遂げてくれました。私もまさか救世主などという極上のエサ・・・おっと。いいえ、いいえ。聖域はこの上なく明らかに消滅しました。ええ、はい。このゴール、一度交わした約束は決して違えません。お望みをなんなりとお申し付けください。なんでも叶えましょうとも。しかし念のためにあらかじめ一言断っておきますが、私はしがない魔族のはしくれに過ぎません。キーン様ほどのご器量をはかる秤を持ち合わせていないのです。天秤はつりあってこそ重さが分かるというもの。私の器ではとてもキーン様とは釣り合いませんから、お分かりかと思いますがおそらく、かなりの確立で、というよりもほぼ絶対と言ってもいいかもしれません、キーン様にはご満足いただけないでしょうな。それほどキーン様の器は大きいのです。お茶のおかわりぐらいならいくらでも注いで見せますがね。ええ、はい」


回りくどい前置きを挟んで提示された褒美は現状維持を許すというもの。つまり俺の作っている森の村と元御神体、元守人の処置については不問というただそれだけの話。永久に俺達に前に姿を見せないでくれという要求は当然のことながら却下。魔族の数や拠点についての質問も同じくゼロ回答。


「おい、あんまりじゃないか?俺が命がけで築いたものに対するお前の許可が今回の褒美?冗談にしてはたちが悪いぜ。こんな風に追い込まれたら俺にはもう選択肢がない。あんたと袂を分かつって以外にはな。あんたに勝てるとは思っちゃいない。けど俺はもう誰かの奴隷にゃならん。だったら死んでやる。そんなだったらな」


「キーン様、お待ちください。それでは私も身を切る覚悟をここでひとつお見せしましょう。とはいえ切り出した今もためらいを覚えるのですが。えい、かまいませんとも。キーン様ほどのお方はそうそう見つけられるものではありませんから。このゴールの男気というものを是非ご記憶頂きたいものです。なぜといってこれは私どもの核心に迫った話なのですから。では崖の上から飛び降りるとしましょう。キーン様。私どもは、実は、聖域に、入れない、のです。守人が張る結界などというちゃちなものが理由ではありません。ええ、はい。おや?随分と反応が薄い。そんなことは当然予想していたというお顔ですね。そうでしょうとも、そうでしょうとも。しかしここからがまたホットな話です。キーン様、実はあなたが手に入れた御神体、ですが・・・あれは再び聖域を作り出すことが可能ですよ。ええ、はい。可能なんです。どうです?驚いたでしょう?これは曖昧な話ではないのですから。出来るかもしれないなどという淡い期待を抱えてジリジリする必要はなくなりますね。ええ、はい。私が保証します。つまりキーン様はもう聖域を手に入れたようなものです。お分かりですか?その事実がもたらす意味を?ええ、はい」


「分かるわけないだろ。あんたは聖域には入れないのに、その聖域を俺が手に入れることを許すって言うことだろ?だったら何も信用できないよ。ふたを開けてみりゃ実はあんたは聖域に入れますとか、あの御神体じゃ聖域を作ることが出来ませんとかさ。それとも聖域を作ることは出来るけど難易度が異常に高いとかか?なんにせよあんたの態度を見れば分かるよ。身を切る覚悟なんてまるっきり嘘だってな」


「キーン様の疑いの深遠にはめまいがする思いです。私に信用がないのは分かっていましたがこれほどとは!今回は正式な取引なのです。私は嘘はつきませんとも。ではもう一歩踏み込んでこうしましょう。もっと分かりやすくキーン様の乾いた心を潤すお話です。ええ、はい。潤いたっぷりのプリプリなお話ですとも。これが私の最大限の譲歩ですよ。お選びください。ひとつはいまお話した聖域のものです。どのようにして聖域を作り出すかという方法論ですな。それをお教えします。もうひとつはキーン様のその左腕の話。それが何なのかという秘密のお話です。ええ、はい。これはもう圧倒的ではありませんか?こんな大盤振る舞いをしては私の懐は寂しくなってしまいますが、今回のキーン様の大変なご活躍を考えれば収支はトントンです。ええ、はい。はい?最初からその提案をしろ?キーン様、私は魔族なのです。キーン様のような可愛い男の子とは自ずからその存在意義を異にしているのです。その辺りは斟酌していただかなくては。ええ、はい。もちろんそれ以外でも結構ですとも。例えばこの茶葉を少し分けて欲しいとか、今使っている素敵なティーセットが欲しいとか。いえいえ、これだってかなりの代物ですからね。キーン様がどうしても言うのなら茶葉とティーセット2つとも差し上げましょう。今日から至福のティータイムを始めることが出来ますよ。ええ、はい」


「ふざけやがって。どうしたって得られるもんは胡散臭い情報ひとつかよ。俺の収支は破産寸前だ。じゃあいいよ。聖域の作り方だ。教えてくれ」


「聖域の話ですね?ですが本当にそれでいいのですか?その腕のことがもっとよく分かれば、もしかしたらキーン様が心の底から知りたいことが明らかになるかもしれませんが?いえ、正直なところ、この場合、左腕に対する僅かなヒントが得られるに過ぎません。が、そこから辿れる糸の先には何物にもかえがたいお宝が眠っていることでしょう。ええ、はい。それでも聖域の話をお望みに?」


「ああ、そうだ」


「かしこまりました。では聖域の作り方のお話です。それも余計なおしゃべり抜きです。これはサービスですよ?何やらお疲れのようですから。ええ、はい。では早速本題に入りましょう。ずばり端的に言って聖域を作るのに必要なのは”捧げもの”です。これさえあれば聖域はすぐに復活します。ええ、はい。復活ですとも。では”捧げもの”とは何か?それは魂です。それも義人、つまり義しい人の魂ですな。はい?義人についてですか?なるほどご存知ありませんか。義人というのは・・・キーン様にも分かりやすくいえば、そうですねぇ、聖人と言い換えても構いません。さらに具体的な例を挙げればあの”救世主”のような人間のことですよ。義人の魂を御神体となるものに捧げれば、聖域は復活します。ええ、はい」


「はぁ・・・なぁ、なんだそりゃ。捧げる?それって、本気で?あー、儀式みたいなもんするとか?それとも救世主を殺せば勝手に聖域が?いや、ハハハ、いや、そうか、お前はただ救世主を始末して欲しいだけなんだろ?だからそんな適当なこと言って俺にタダ働きさせようとしてるんだ。くだらねぇ」


「キーン様がご心配されるのも無理ありませんが、本当の話ですよ。それで儀式ですか?ええ、はい、それは必要です。なに、そんなに大げさなものではありません。御神体となるものから、そうですねぇ、大体3メートル以内くらいの距離で捧げものを焼き尽くせば良いのです。祭壇のご用意はお忘れなく。そのあたりの細かいことはキーン様が手に入れた守人だった者がよく知っているはずです。ええ、はい」


救世主を殺して燃やす儀式・・・ね。もうぐちゃぐちゃになってきたな。なんで俺こんなことになってるんだっけ?はぁ、よし。もういい。話はもう十分聞いたよ。ならちょっと軽く運動しようか。「気配察知」は今も使えている。つまり魔法は封じられていない。だったら「身体強化」もいけるはずだ。さぁゴールの旦那。どう対応するか見せてもらうぜ。波・動・け・・・。


「んあああっ!がぁぁぁ!」


左腕!熱い!焼けて!いてぇ!いてぇ!水!水!水!


「キーン様!大丈夫ですか!お腕がお痛いのですか?お腕が?クク!ククク!申し訳ありません。キーン様のお姿があまりに滑稽なのでつい笑ってしまいました。ええ、はい。おや?左腕の痣が少し濃くなっているのじゃありませんか?まったくキーン様には敵いません。私をこんなに楽しませてくれるのですから。ええ、はい。それではキーン様、今日はこのへんで失礼します。キーン様の殺気がひしひしと肌に痛いのでね。ええ、はい」


床で5分はのた打ち回り、やっと痛みが治まってきた。ゴールはとっくに消えている。脂汗で服がびっしょり。左腕の痣?確かにすこし濃くなって侵食が広がっているみたいだ。魔法に関してはかなりパワーアップしたつもりだったけど、ゴールに対して魔法攻撃は絶望的に思えてきた。いや、俺の左腕が絶望の根源ってか?シュラーとチャンネリは随分遅いな。あぁ痛ぇ。

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