第163話 拠点の村で

「アァ。アアア。アー!アアー!」


何だ。近くで叫び声が聞こえる。誰だ。やけに響く。


「ウアッ!アアッ!アアアッ!」


あ?あぁ。目がさめた。夢。夢を見ていたのか。叫んでいたのは俺だったんだ。


「キーン、大丈夫か?」


暗闇のなか、隣からシュラーの声が低く響く。


「悪い。うるさかっただろ?ちょっと嫌な夢を見てた」


「ああ、そりゃ・・・聖域のことか?昼間の。ポーが言ってた・・・ことは気にする必要ないぜ」


「別に気にしちゃいない・・・いや。夢の中じゃ聖域の町に住む何千だか何万の人間がどうしていいかもわからず右往左往しててよ。御神体がなくなって町を巡ってた御神体の水がゆっくりと流れを止めてさ。そこから混乱がどんどん広がって、ひどくなっていって。そこかしこで揉め事が起こって、騙したり、盗んだり、殴ったり、殺したりと、あっという間だったな。俺はそれを見ながら半べそかいててさ。俺のせいじゃない!アイツラが悪いんだ!黙って逃がしてくれればこんなことにはならなかったんだ!って叫んでいるんだよ。まるでオモチャを買ってもらえなかった子供みたいにイラつきながら、意地になって繰り返し繰り返しそんなことばっかり。腹立つだろ?あれが俺の本質だとしたらやってらんねぇよ」


「夢だろ?」


「・・・喉かわいたわ。水飲んでくる」


「キーン、俺もいく」


そこから無言のまま井戸まで移動、ゴクゴクと喉を鳴らして冷たい水をガブ飲みする。体にはまだ昼間の熱気が残っているみたいだ。全身にじっとりと汗が浮かぶ。


「チャンネリ。どうした?お前も水?これ飲めよ」


チャンネリも起きだしてきたようだ。俺の叫び声で起こしちゃったのかな。


「うん。ありがと」


三人揃ったけど会話は続かない。なんか変な感じだ。


「じゃあ俺もうちょっと寝るわ」


「キーン。だいじょうぶ?」


「シュラーにも聞かれたけど大丈夫だよ。お前等の方こそ大丈夫か?チャンネリ、泣いてたんだろ?」


暗闇のなかでも「気配察知」でちゃんと見えてるんだ。なんで泣いていたのか理由は聞かないつもりだったけどね。


「だいじょうぶだよ。ひとりになったらちょっとね。でも、ううん。わたしももう寝るよ」


「俺も大丈夫だから」


「おやすみ」「おやすみ」「おやすみ」


すぐに眠れると思ったけど結局寝れないまま朝になった。日も昇ってきたのでノロノロと寝床から起きだしてまた水を飲んで顔を洗った。体がベタベタするな。昨日は水浴びしてねーや。そんなに臭わないしまぁいいか。


「キーン様。おはようございまーす」


「おはよう。昨日の当番はグランか」


グランは小柄だが肉感的なエロい体をした精霊族のお姉さんで、見た目は人族に近い。ただ頭には触覚みたいのがついてるし、背中には草みたいのが生えてる。彼女は借金の連帯保証人になって首が回らなくなったところを助けて仲間に入れた。「治癒」の魔法を使える村の貴重なヒーラーだ。


「はいー。異常ありませんでしたー」


ちょっと抜けてるところはあるが、やることはちゃんとやる。ただのマヌケなら夜の警戒なんて任せられないし。でもグランの柔らかめの性格は村での癒し系キャラとして有用だ。村民は5人しかいないとはいえ、みんな魔法使い。それぞれ個性が強いからね。


「ご苦労さん。防柵の材料は足りてる?」


「はいー。まだ補強作業の途中なので、それが終わったらまたお願いすると思いますー」


「了解。グランはもうあの木見た?」


「いえ、あい、あ、はい、えへへ、見ましたー。すごいですよねー。あれだけ水があったらもう井戸掘らなくてもいいしー、水の心配なくなるならいろいろやれること増えそうですしー。まずは水路ですか?ため池もいいですー。あー、もっと人がいたらなー。あ、すみませんキーン様。キーン様に文句いってるわけじゃないんですー。え?へへへ。でも割と早く人が増えたらうれしいかなーって思ってるんですけどー。みんなも同じだと思います」


「人は増やしたいよ。いい奴がいたら連れてくるからもう少し時間をくれ」


「分かってますー。ここって生活環境は悪いですけど自由がありますからー。変な人には来ないで欲しいですー。あのポーって人はどうするつもりですか?ここに住むんですよね?」


「とりあえずはね。大人しくいうこと聞いてくれればいいけど。うるさいだけで役に立たなかったら魔物のエサになってもらうさ」


「こわいですねー。でも頼もしいですキーン様。情にほだされて判断を誤るような人がリーダーでは不安になっちゃいますもんねー。昨夜のことは・・・いえー、すみません、調子にのりましたー」


「ああ、別にいいよ」


「ありがとうございますー。ではポーちゃんはしばらく今のままってことでいいですかー?」


「うん」


「はいー。朝ごはんは?」


「たのむ。ふたりが起きたら・・・いや起きたな。じゃあみんなで一緒に食べよう。悪いけど連れてきてくれ」


「集会所でですかー?」


「うん。ポーもな。じゃあ頼んだ」


「はいー」


普段は倉庫としても使っている集会所にみんなを集めてご飯。シュラーとチャンネリに声かけて連れいくともうみんな揃っていた。ポーもちゃんといる。うつむいてじっと手元を見ている。


「みんなおはよう。話はメシを食いながらにしよう」


「おう。今日は豪華だな!肉の味がずっと濃いぜ!こりゃありがてぇ。御三方が来てくれたお陰ってやつだな。もうけたぜ。うめぇ、うめぇ」


うめぇうめぇ言ってるこの幸せな男はドワーフのガッタ。結構いい年したおっさんだがちゃんとした年齢は本人も憶えていないらしい。ドワーフと言えば鍛冶のイメージだが、ガッタにはその才能がない。


代わりにこいつは木工関係の才能がある。家具全般はもちろん家も作れちゃう便利なヤツだ。幸い周囲には腐るほどの木がある。村の拡大工事と平行して今後は馬車でも作ってもらって稼ぎをあげてもらおうかなと考え中。


「キーン様、チャンネリ様、シュラー様、お味はいかがでしょうか?肉はバンデロが狩ってきたクマの肉を熟成させたものです。すこし臭みがありますが、これがこの肉の持ち味というもの。香草で包んで蒸すように焼くことにより野性味溢れる肉の芯から大自然の優しさとでもいうべきものを引き出せたのではないかと自負しております」


「うん。あぁ。ヤナマシ。おいしいよ。大自然の優しさ?あぁ感じた・・・よ。なぁシュラー」


「うん。感じた、感じた。大自然の味だろ?」


「ちげぇよ。その優しさだよ。大自然の優しさ。感じただろ?感じなかった?ここまで味が主張しているのに?バカが。ちゃんと感じとけよ。今からでいいから感じとけ。もうこうなったら今からでいいからよ。何回も言わせんな。ヤナマシの力作なんだから」


「ああ、分かったよ。大自然だよな?感じたよ。実は最初から感じてたんだけど黙ってただけだ。ちょっと照れくさくてな。この感じ。感じてたよ。結構最初から。ずっと」


「ずっと・・・じゃねーよ。そうじゃねーんだよこのアホ。そもそもただの大自然じゃなくて、その優しさだよ。何回言えばわかんだよ。俺達を360度全包囲してるこの大自然が育てた熊からヤバイくらいに引き出された育ての親からの優しさ的なヤツなんだよ。な?ヤナマシ?」


「ご賢察くださり真にありがとうございます。やはりキーン様こそ私がお仕えする方。10を9だと言ったり、11だと嘯いたりしない正しいお方。美味しゅうございます。実に美味しゅうございます」


美味しゅうございます?何言ってんだこいつ。いやマジでちょっと気持ち悪いレベルだけど、たぶんきっと、インテリにのみ通じるアレゴリックな何かなんだろうな。すげぇ笑顔でこっちをまっすぐ見てるけど、こえーよ。


このヤナマシは人族で30代中盤のおじさん。元々どこかの町の役人、つまり文官だったらしいが、周りに敵が多かったようで、嵌められて奴隷落ちというタイミングでこっちに引っ張ってきた。頭はいいんだろうけど、なんていうか知的なバカというか、我が道を往くって感じだ。


能力は高いんだけど、ちょっと面倒な性格をしている。チャンネリともちょっと似てるから対処はそんなに難しくないんだけどね。


「ホントおいしいね。ヤナマシって料理人だったの?」


「チャンネリ様。その質問はもう7回目です。いつになったら憶えていただけますか?助けて頂いた恩人にこんなことは言いたくありませんが、さすがの私も穏やかではいられなくなりますよ?」


「ん?わたしとやるつもり?いいよ。ご飯たべたら勝負しようよ。今日はお腹一杯大自然の味を味わえるよ?よかったね?」


「分かりました、では後ほど。そんなことよりキーン様。そちらの女性についてお話し下さい。加えて今後の予定なども是非に」


「うん。みんなリギットから聞いたと思うけど、そいつはポー。元聖域の守人で昨日俺達が掻っ攫ってきたあの巨木、御神体だな。そのおまけみたいなもんだ。といっても俺達の知らないことを色々知ってるだろうから、これから話を聞こうと思ってる。今後の予定としては、まぁその話を聞いてからかな。避けられない問題としてはあのゴールのことがあるけど、それは・・・まぁ前に話した通りだ。今回のことを上手く追い風として利用したいとは思ってるけどな」


「分かりました。まずはその娘の話を聞いてから、ということですね?」


「そうだ。だからバンデロ、今日の狩りは行かなくていい。リギットも俺がいる間は気配察知は不要だから」


「は」「はい」


バンデロは無口な人族の青年で、ここでは主に狩りをして暮らしている。魔物の間引きも仕事の内だ。こいつの魔法は「身体強化」だからね。肉体労働には一番使い勝手がいいんだ。本人も真面目だし。


一応ここで他のヤツの魔法も紹介しておこう。鹿の獣人リギットは「気配察知」精霊族のグランは「治癒」ドワーフのガッタは「ファイヤーボール」人族のおっさんヤナマシは「ポイズンアロー」だ。我ながらなかなかバランスのいい人材を揃えることが出来たと満足している。


ヤナマシなんて「ポイズンアロー」とかえげつない魔法を持っているのに文官だったんだぜ?この事実ひとつとっても一筋縄じゃいかないってさ、思うよね。


「じゃあそろそろ本題に入ろう。ポー。まずは質問に答えてくれ。いいよな?」


「どんな質問かは分かりませんが、聖域や御神体に関する質問にはお答えできません。たとえ命を失おうと、私は神を裏切るつもりはありませんから」


「そうか。じゃああの救世主については?」


「救世主・・・あのお方についても同じことです。とはいえ私はあのお方については何も知りません」


「おう、姉ちゃん!何をぬるいこと言ってんだ!てめぇの立場ってもんが分かってねぇな!命を失おうとだと?だったらメシなんて食うんじゃねぇ!メシは食うだけ食っといてカネは持ってませんたぁ、どういう神様だ!」


「ガッタ」


「すみません。キーンの旦那。ついカッとなっちまって」


「いいんだ。俺も似たようなもんだから」


「じゃあもう魔物のエサでいいですかー?」


「まだ早いよ。もうちょっと聞いてみないとね」


殺すのはいつでもできるし、その前に拷問だって試さないと。ちょっとした希望を与えてそれをエサに情報を引き出せればいいんだけど。面倒だなぁ。あーあ、洗脳系の魔法が欲しい。いやあれは精神を汚染して細かい記憶なんかは破壊してしまう可能性もあるんだったっけ?


御神体という分かりやすい手札はこっちが握ってるんだ。これがある限りポーの抵抗なんてたかが知れてるだろう。それでもダメなら・・・シュラーに丸投げするか、さっさと拷問コースでいいか。


「ポー。その調子じゃ他に何を聞いても俺達が得るものは何もなさそうだ。それじゃ俺達は困る。大人しく喋ってくれればよかったんだがこれじゃダメだ。という訳でみんな、メシはもう大体食い終わったよな?それじゃあ行こう。転移」


御神体の目の前にみんなを連れて転移した。


「チャンネリ。あのぶっとい枝いっちゃってよ」


「わかった」


「何を!枝って!止めてください!あなた!自分が・・・」


ポーの叫びなんて無視してチャンネリは御神体の下の方の太い枝を波動拳で折る。パキィッといい音がしてビシャ、バサーっと枝は地面に落ちる。


「ガッタ。あの枝で何か作ってくれ。何がいいかなー。木のスプーンとかなら結構な数作れそうだよな」


「旦那。御神体でスプーンはよかったですな!ハッハッハッ!木の質を確認してからになりやすが御神体でしょう?きっといい値で売れるでしょうな!」


「あぁ、あぁ、そんな。なんということを。あぁ、あぁ」


「ポー。お前が質問に答えないから御神体はあのザマだ。罪深いな。俺も、お前も。でもあんなに大きいんだ。枝がちょっとくらいスカスカになってもいいだろ?俺達の飲み水分くらい確保できればいいんだから」


「あぁ、あぁ」


ありゃ。ちょっと刺激が強すぎたようだ。これだから箱入りのお嬢様は嫌だね。なんか一気にさめちゃったよ。とりあえずグランとヤナマシにでもあとは任せよう。シュラーとチャンネリを連れて拠点の町に戻ることにした。


はぁ。このあとは魔族さんとのお話が控えている。憂鬱だわぁ。ポーから少しでも情報が得られていたらなぁ。


「じゃあ、みんなあとは頼んだ。1週間以内に戻ってこなかったら俺達は死んだものと思って好きにやってくれ。前に話した通りな。転移」

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