第162話 二つ目の拠点

「キーン。ホントよく帰ってこれたな。ハハハハハハッ!」


「アハハハ!キーン!キーン!危なかったね!獣人が来たときはもうダメだなって思ったけど、でもわたしの言った通りになったよね!わたしがいればなんとかなるってさ!え?言ってなかったっけ?言って・・・なかった?わたしが?え、いつ?それ証拠あるの?ねぇシュラー?わたしが言ってなかったって証拠でもあるのかって聞いてるの!え、なに?もういい?いいってなにがいいの?わたしはよくないよ。これじゃなんかわたしが嘘ついたみたいになるじゃん。わたしは嘘つきなの?ねぇキーン、わたしって嘘つき?なかったことをあったことみたいに吹聴する勘違い女なの?キーンもシュラーと同じでわたしのことそう思ってるの?わたし言ったよね?前にちゃんと言ったよね?そしたらキーンが”チャンネリは勝利の女神だもんな”って。あれは嘘だったの?キーンのなかでは無かったことになってるの?っていうか無かったことに出来ると思ってるの?ううん。もういいよ。誰もわたしのことなんかどうでもいいんでしょ?だったらわたしはあそこに行くよ。ほら、見える?あの不幸の入口が?どうせふたりには見えないでしょ?つまりそういうことなんだよ。わたしだけが・・・」


「チッ!やっと落ち着いたと思ったらもう・・・いや、なんでもない。いやほんとなんでもないよチャンネリ。舌打ち?誰が?俺?まさか!ちょっと歯になんかはさまってた感じがしたからその音かな?お前の気のせいだ。舌打ちなんてする理由がないし。それで何だっけ?嘘つきかどうか?あぁあ、そんなもん・・・いやなんでもない。ため息吐いたって?いや、ちょっと昔のことを思い出しただけ。何の脈絡もなく急に昔の嫌な記憶が湧き上がってくることってあるだろ?そう、深い意味なんてないよ。うん、もちだよ。もちもちだよ。つまり、要するにチャンネリの言ってることが正しいんだ。俺はいつだってチャンネリを信じてる。シュラーも悪気はなかったんだろ?言葉の綾ってやつだよ。許してやろうぜ。せっかく無事に帰ってこれたんだから、いきなりケンカなんてしたくないし、なにより俺はお前に不幸になって欲しくない。チャンネリの魅力は笑顔だもんな。そうじゃないか?違うと言っても聞く耳もたないよ。なんたって俺はお前を信じてるし、だから不幸の入口の件はまた今度にしよう。な?」


「うん?うーん。わかった。なんかちょっと引っかかるけど、キーンがそこまで言うなら我慢する。でもわたしが言ったことちゃんと憶えておいてよね。わたし嘘とかそういうの一番イヤなんだから」


嘘が一番イヤ?・・・いや、チャンネリの妄想が現実を上書きするのはいつものことじゃないか。危機を脱した安心感からいつもの病気がいつものように始まったんだと思えば何も問題ないか。むしろこれで安全圏に入ったという実感を得られる重要なポイントにすら思えてくる。


「チャンネリ悪かったよ。キーンもありがとな。しかしあいつら最高だったな!守人の女が消えたときも面白かったけど御神体がなくなった時のあいつらの顔ったらなかったな!信じてたものに裏切られた気分ってやつだったんじゃないか?自分たちの不甲斐なさを棚に上げてよぉ。アハハハ!フハハッ!ハハハッ!」


「うん。みんな固まっちゃって死んでるかと思ったよわたし。だらしないよね。”神よ!”なんて叫んでてさ。アハハッ!神よ!なにも起こらなかったけどね!シーンとしちゃってね。アハハ!」


「おいチャンネリ。それやるならちゃんとやってやれよ。こうやって両手を上に向かって突き出すように広げて、神よ!な?ヒヒヒヒヒッ!神よ!」


「アハハハ!似てるよシュラー!なんか最後は試練がどうのってよくわかんないこと言ってたけどなんだったんだろうね?げんじつとうひ?ホント揃いも揃って玉無しヤローだったよね!すぐに私達を殺しにくると思ったのにさ」


「プハハッ!はぁ、はぁ、ふぅ。笑った。それにしてもお前の転移はヤバイな、キーン。練習してるところは何回か見たけどよ、いつの間にかあんな感じになってたんだな。大きさ、形はどこまでいけるんだ?ふー、もう奇襲用としちゃ最強なんじゃないか?いや正面からだってなかなかどうしようもないよな」


「シュラー、その話は後でな。先にあっちのお客さんの方を片付けたいんだ。って言うかあっちが最優先なのにお前らが盛り上がっちゃうからさぁ。ほら、なんかお嬢ちゃん泣いてるぜ?なんでだろうな?まぁ俺達にはとても納得できないような理由だろうけど。さぁ、ちょっと構ってやろうぜ。なぁ!元守人のお嬢ちゃん!聞こえるよな?こっちへ来いよ。ちょっと話があるんだ!」


元守人のお嬢ちゃん、名前はポーとか言ったか?まったくなんて名前だよ。どういう意味があるんだ?ふざけてるんじゃないんだよな?


ポーのお嬢ちゃんは俺の呼びかけを無視。御神体の巨木を見て涙を流すのに忙しいようでこっちには目線のひとつもくれない。やれやれこちらから出向きますか。


「お嬢ちゃん。ポーとか呼ばれてたよな?気分はどうだ?最悪か?だったら嬉しいんだけど。なんだよ、睨むだけか?むこうじゃ随分偉そうにしてたのにさ」


「あなた達は・・・なんという大罪を・・・聖域を、まさか・・・あの町には・・・皆の支えが、どうして・・・何を笑って、なぜそのように・・・どれほどの人々の生活を、幸せを、踏みにじって・・・」


「憎いか?憎いよな?憎くないなんて言っても信じないよ。今は悲しみで意識できていないとしても、どうせすぐに復讐で頭がいっぱいになるだろうぜ。いや既にもうその段階かな?俺達を殺したいだろ?それもさんざん苦しめてからさ。それで聖域が戻ってくるわけでもないけど、やらずにいられないもんな。仕方ないさ。それが人間ってもんだ。それに俺達みたいのを殺さないで他の誰を殺すっていうんだよ。当たり前だ。当然の、それこそ義務みたいなものさ。正義は我にあり!お嬢ちゃんは間違っちゃいない。俺達を殺したら・・・いや悪い、配慮が足りなかったな。”浄化”とでも言った方がいいか。そう、俺達を浄化したらさぞ気持ちいいだろうなぁ。みんな褒めてくれるよ。”よくぞ浄化した。あれは不浄の悪しき者達で、浄化すべき存在だった。あなたの偉大な浄化の業に祝福あれ!”ってな具合さ。立派に浄化を行えたらさ、お嬢ちゃんの前途は明るくなるよ。徳を積んだことになるし、神の栄光を示すことにでもなるんだろうからさ。あぁ偉大だよ。やっぱ浄化だよな?浄化だよ」


「あなたはここでもまた傲慢で空虚な会話を、続ける、つもりですか?私が聞きたいのは、そんなことではありません!御神体を、あなた達は、聖域を・・・あなた達は何者ですか?目的は何なのですか。私をここに連れてきた、理由を、理由を教えてください」


「空虚な会話?随分だなぁ。結構真面目に話してたつもりなんだけど。あんたを連れてきた理由ね。そんなの分かるだろ?あんたには色々聞きたいことがあるんだよ。まぁもうちょっと落ち着いたら聞かせてもらうよ。こっちも色々忙しいんでな。とりあえず今はさっきの話の続きをしよう。俺達は殺されて当然の人間で、お嬢ちゃんには俺達を殺す立派な大義があるってね。で、当たり前の話だけど俺達は殺されたくない。そんなのはご免だ。聖域とそこに暮らす人達の生活をめちゃくちゃにしたのは認めるし、悪いとも思ってるよ。でも勝ったのは俺達。だからお嬢ちゃんにはちゃんとルールに従ってもらいたい。弱肉強食ってルールにね。そこさえちゃんと理解してるんならいいんだ。でもそれが分からないってなると話が全く通じないって判断せざるを得ないからさ。どうかな?」


「ルール。弱肉強食。そうですか。そういうことですか。憐れな人達。人の心を失った傲慢な、獣にも劣る・・・」


「で、どう?」


「あなたの言いたいことは分かる、つもり、です。とても許容できるものでは、ありません、けど。私は守人です。御神体との繋がりを失っても、私にはやらなければならないことが」


「ああ、ああ分かってるよ。そういうのは後にしてくれ。じゃあひとまず俺達に従うってことでいいな?なに、嫌になったら言ってくれればすぐに始末してやるよ。大人しく言う事聞いてくれるなら、裏で復讐の準備を進めようが何しようが構わないしさ」


「あなた達は、一体、何を」


「ストップ。そろそろ移動するぞ。ここに来たくてうずうずしているヤツがいるからな。さっきも言ったが話はもっと落ち着いてからだ。おーい!リギット!もう出てきていいぞ!」


木の上から鹿の獣人が飛び降りてくる。身長は低めだが鍛え抜かれた肉体が”舐めてると殺っちゃうよ?”的なメッセージを発している逞しい男だ。まったく「身体強化」もなしによくやるよ。獣人って鍛え方次第でこんなにもなるんだから羨ましい。


「リギット。見張りご苦労さん。御神体の周囲も異常ないよな?」


「キーン様!ではやはりあれが御神体ですか!可能性は低いと言っていたのに・・・感服しました。お尋ねの件はもちろんです。あの巨木周辺には魔物の気配はありません。しかしあの木が本当に御神体ならば警戒は必要ないのではありませんか?」


「うん?あぁ。あの御神体はちゃんと使えるかまだ分かんないんだよ。少なくともここが聖域になってる感じはないし。だから警戒は必要だ。聖域ができないとしても、大量の水を生み出す木ってだけで価値は高いから」


「ホントですね!いや、ありがとうございます。ではすぐに移動しますか?」


「あぁ、あのお嬢ちゃんの・・・話は聞こえてたよな?戻ったらあれを適当なところに入れて監視しといてくれ。ご飯も適当にあげていいから」


「了解です!では私が先導します。シュラー様!チャンネリ様!出発します!来てください!」


御神体を見に行ってしまったふたりを呼び戻して村を目指す。とはいえ村は目と鼻の先。5分程度で到着。これこそ俺達が拠点の町で真面目に働きながら形にした新たな可能性。必死に宝石を売って得た資金を大量投入して森林地帯の奥深くに作った新たな拠点だ。


とはいえ村人は俺達を除いてたった5人しかいない。でも目の前にいるリギットを含めて全員魔法使いだ。こんな人里離れた森の奥深くで生活しなきゃいけないんだからそれなりに力のあるヤツを揃えた。


この5人はそれぞれ理由はあるものの、奴隷落ち寸前だったところを拾った。これには金貸しシュラーの力によるところが大きい。魔法使いともなるとなかなか奴隷落ちする状況に追い込まれたりしないが、情報集めにも力を入れていたお陰でなんとか5人だけ集められた。


「お?柵が立派になってるな。鉄で補強したのな。苦労しただろ?」


「ありがとうございます、シュラー様。キーン様がまた物資をたくさん送ってくれたので皆でやりました。やはり防備は大事ですから。まだまだ自分達だけで生活できるレベルでないのが申し訳ないですけど」


「魔法使いとは言え5人しかいないんだからそんなこと気にしなくていいんだよ。防備優先は当然だからその方向で続けてくれ。そのうち人も増やすからさ」


「了解です!じゃあ私はあの女を空家に入れて監視します。他の4人もそろそろ帰ってくるので、そしたらまた話聞かせて下さい!」


「ああ頼む。俺達はめちゃくちゃ疲れたからちょっと休ませてもらうよ。夜には起きると思うから、じゃあな」


メシも食いたいが何よりもまずは寝たい。もうくたくただよ。俺達用の家に入ってベットに横たわり、10秒もしないうちに深いまどろみに落ちた。

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