第161話 しめしめ

「どうもあなたはわざとそのような話し方をしているようですが、そのようなことに熱中してはいけません。いくらしおれた態度を取り繕ってみても目を見れば”楽しい”と書いてあります。そのような楽しみは恐るべきものです。神の庭を血で汚し、人の命をいくつも奪ってからまだわずかな時間しか経っていないというのに、あなたには反省も後悔もなく、憎悪に身を焦がし、怒りにのまれ、憂さ晴らしのためにさきほどからのような言動を繰り返しているのでしょう。もしかしたらそのような行為のなかに人生の意味を見出しているのかもしれませんが、あなたがしていることは人生を偽りのなかに空しく埋没させているだけにすぎません。憐れな者。悔い改めなさい。憎しみはあなたの魂を蝕み、怒りは理性を曇らせ、そしてあなたは何も得るものも無く憎しみのうちに死ぬ。私が今こうして話していることもあなたには少しも響いていないでしょう。分かっています。力が足りないばかりにあなたを救うことができない私を神よ!どうかお許し下さい!そしてここにいる憐れな者達もどうかお許し下さい!」


自己陶酔を煮詰めて作った飴でも美味しそうにしゃぶっている、いまにも昇天しそうな神官の爺さんの静かな祈りの声を聞いて、うしろにズラッと揃っている他の神官達や騎士、衛兵や奴隷にいたるまでそれぞれがそれぞれの祈りをはじめた。


涙を流しているのもいるし、御神体の方に両手を突き出して何かを掴むようにしているのもいる。つい今まで理知的でいかにも我慢強そうな様子を見せていたのに、皮一枚むこうに流れている血は狂おしいほどの感情とともに全身を駆け巡って神を求めているんだ。よくも飽きずにしゃぶってるもんだな、こいつら。


どうせそんなもん何の役にも立たないよ・・・だろ?人生の意味がどうとか言ってたみたいだけど俺と比べてあんた達がどれほどご立派だっていうんだ。俺にはぜんぜん分からいよ。その祈りがどこか至高の世界にいる神に届くとしてそれだって自分の”楽しみ”みたいなものじゃないか?だとしたら俺と何が違う。


それに神はお前達の祈りなんか聞いちゃいないさ。現実がそれを証明してるじゃないか。仮に聞いてたとしても返事がないなら結果は同じことだ。俺もお前等もそんなに大した存在じゃないってことじゃないか?それももちろん神がいたらの話だけどな。


いや、神的な何かなら俺の記憶にはちゃんと残ってるけど、もういいよ。こんな話はつまらないもんな。それよりもやっとだ。もしかしたらと期待していた頭の悪い賭けに芽が出たようだ。待ちに待った聖域の守人の登場によって。


「ポー様!いけません、ポー様!お戻り下さい。お戻り下さい」


複数の神官が必死で抑えようとしているが少女の歩みは止まらない。まとわりつく神官達を一顧だにせずまっすぐこちらに向かってくる。その顔にはじじい神官みたいに微笑を浮かべているが、じじいとは面の皮の厚さが違う。内心の苛立ちが透けて見えているよ。まだ若いんだもんな。


「ポー様いけません。まだこの者達の調べが済んでおりません。まだ危険です。一度お戻り下さい。無用な危険を冒してはいけません」


じじい神官からも守人の少女に注意が入る。


「あなた達に任せていてはいつまで経っても何も明らかにならないと思いました。話は聞いていましたが、そこの者の話は最初から最後まで全て嘘じゃありませんか。これ以上は聞く必要ありません。のんびりしている場合ではないのです。聖域が、御神体が狙われ死者まで出たのです。十数名は討ちましたが襲撃者達の多くには逃げられています。一刻も早く状況を把握し、相手の正体を見極めねばなりません。ここからは私の魔法を使います。いいですね?」


「ポー様、あまり無理を言ってはいけません。魔力の問題もあります。もうしばらくお休み下さい。その間は私達で話を聞いておきますので。さぁ、あなた達。ポー様を奥へ」


「それでは遅いと言っているのです。それとも私のいう事が聞けないのですか?だとすると私はあなた達をも疑わなくてはなりません。何か私に聞かれたくない裏でもあるのではないかと」


この聖域の守人はまだ少女といえる年頃だ。だからか俺達のやり取りがあまりにバカらしくて茶番に見えてどうにも我慢出来なくなって出てきたんだろう。でも大人の言うことはちゃんと聞かないとね。特にお前みたいな小娘の場合は!


ただ俺にとってはハイパーラッキーだよ。流れを引き寄せたぜ。この手に掴んだのはまさにプレミアチケット。これから最高に刺激的な喜劇を楽しむんだ。ポップコーンとどぎつい炭酸飲料があれば完璧なんだけど無くてもいいさ。単純にこの一幕を楽しもう。


舞台は聖域の神殿で中央には御神体と呼ばれる巨大な樹木。かっこいいよね。台本はもちろん俺が書くよ。主演は俺と一応守人の少女かな?その他の細かい配役は適当でいい。


ただ動向の気になるふたりの役者はもう一度チェックしとかないとな。よし。「気配察知」の範囲には救世主の兄ちゃんも怖い獣人の雄叫び野郎もいない。これなら間に合いそうだ。


「なぁ、守人さん。それともお嬢ちゃんと呼んだ方がいいか?まだほっぺが赤い年頃だもんな。おいおい、ちょっと待ってくれ。そんなに怒るなよ。それとも奴隷に対等な口をきかれるのがそんなに我慢ならないか?まぁ俺は奴隷ではないんだけどさ。でもそんなにプリプリするなよ。これから楽しい楽しい魔法の時間が始まるんだ。怒っても楽しくないぜ」


「地口が出ましたね。ニヤニヤとなんと下品な。私を挑発しているつもりでしょうが、あなたの無駄口に付き合うつもりありません。あなた達には素直で正直な神の僕になってもらいます。全ては神の御心のままに」


「そうかな?思った通りに上手くいくかな?ここはお嬢ちゃんのシマだし御神体があって、それに選ばれた守人のお嬢ちゃんに力があるのは認めるよ。でもだからってあんた自身は神でもなんでもないんだよ。偉いのはあっちでお嬢ちゃんじゃない。言ってみればお嬢ちゃんは付属品みたいなもんだ。この聖域という名の牢屋に捕らえられ生かされている生贄か家畜みたいなもんかな?さっきは随分とまわりの神官に偉そうな態度をとっていたけど、あいつらが内心何を思ってるか考えたことあるか?実際お嬢ちゃんのことなんか眼中にないよ。たぶん聖域を動かすための燃料とか、出入りするための鍵くらいにしか思ってないぜ。じゃなきゃお嬢ちゃんみたいな小娘にあんな偉そうな態度をとらせるわけないもんな。あれ?怒った?怒っちゃったの?でもこわくないなぁ。だって偉いのはあっちであんたは飼われているだけの小娘にすぎないんだからな」


「いますぐあなたの、その罰当たりな言動に神の光を照らし、正しい道に戻しましょう。神の懐で悔い改めなさい”精神操作”」


「あが、あああああががああああぁがが」


「さぁ、もういいでしょ。私の声が聞こえていますか?あなたは生まれ変わったのです。今日はあなたの2度目の誕生日です。頭がすっきりして良い気持ちでしょう?はい。私がこれからする質問に正直に答えて下さい。ではまずあなたの名前から聞きましょう。思い出せますか?」


「・・・いや、まるっきり思い出せないよ。お嬢ちゃん。あんたのお澄まし顔が面白くてさ、名前なんか思い出してる場合じゃないかな」


「!!」


「さっきの話の続きをいいかな?楽しい楽しい魔法の時間の開幕だ。”転移”」


「身体強化」の可能性が「波動拳」を生み出したように、魔法には額面通りの使い方以外の、その先の使い方がある。使い手の熟練度と想像力がものをいうんだ。「転移」の黒い渦はウネウネと形を変えながら守人のお嬢ちゃんの体をラッピングするようにピッタリとはりついてついに全身を覆った。


「さん、にー、いち」


そしてお嬢ちゃんは聖域から消えた。一番やっかいで邪魔になりそうな守人はいなくなった。主役っていったけどもう退場してもうよ。


「アハハハハハハ!出来たぜ!こんなに上手くいくとは思ってなかったよ!ホントなんだ!思った以上だ!俺だって驚いてるんだ!だから悪く思うなよ。ちょっとぐらいバカ笑いしたからってさ!アハハ!アハハ!」


笑い声を神殿に響かせながら、こそっとシュラー、チャンネリを「転移」で包んで俺の横に移動させる。拘束魔法なんて関係ない。中身だけ転移させればいいだけだから。そしてすぐに俺達三人の体を「転移」でまとめてラッピングして安全確保。神官も騎士も呆然としたままピクリとも動かない。守人のお嬢ちゃんがさっきまでいた場所を凝視しているだけ。


「アハハハハハハ!ふぅ。さて次も見ててくれ!”転移”」


あっという間に御神体が黒い渦で覆われ・・・消えた。


「ぶるっときたぜ!大成功じゃないか!アハハハハハハ!最高の見世物だよな?まぁちょっとあっさりしすぎていたかもしれないが、それでもなかなかのものだっただろ?そうじゃないか?返事がないなぁ。まぁとにかく見るもん見たよな?だったら見物料を払ってくれ。あの救世主様は何物だ?本当に神の化身かなにかなのか?それともあんたらお得意の改造人間の一種かなにか?おい、聞こえてるよな?もう聖域は無くなったんだよ!こうなっちまったからには今更神がどーのこーのなんてやめにしてさ、さっきみたいにお喋りでもしながら親睦を深めようぜ!」


「あなた・・・あなた・・・なぜ魔法が・・・御神体は・・・そんな」


「なぜかは知らないよ。俺は神様じゃないんだから何でも知ってると思ってもらっちゃ困る。でももうこの場所が聖域でもなんでもなくなったってことは知ってるぜ?あんた達にとってはそれが一番大事な問題だろ?俺にとってはどうでもいいことだけどな。こんな所、このままぺしゃんこになって後は原っぱにでもなりやがれ!ってね。この聖域を囲んで何万の人間が生活しているのか知らんけどただ事じゃないってことは分かるよ?気の毒にな。確実にたくさんの人が死ぬことになるだろうよ。でも誰が悪い?俺か?俺が御神体を消したからか?いや違う!あんた達だよ!俺達は大人しくここを去ろうとしてたのに、わざわざここまで引っ張ってきたのはあんた達だ!救世主もあの獣人もいないのに、自分達の力を過信しちゃったな?お陰で俺達は最高に気持ちいいぜ!」


「わたし達が・・・あなた・・・わたしは・・・取り返しのつかないことを・・・あぁ、あぁ、神よ、神よ、神よ!」


「おいおい、祈ったって何も解決しないぜ?それより早く準備した方がいいんじゃないか?逃げる準備をさ。ぐずぐずしてると町の人間に殺されるぜ?責任を取れってさぁ。勘のいい奴はもう何か異変を嗅ぎつけてるかもしれないぜ?ほら!今なら十分間に合うぞ。その服とか鎧とかを脱いでさっさと馬車の準備をしなよ。金になりそうな物も集めろよ?だって遠くまで逃げるのに無一文じゃやっていけないもんな!俺も手伝おうか?なんなら「転移」で荷物ごと遠くに運んでやってもいいぜ。ちゃんと質問に答えてくれればそれだけでさ」


「おぉ、おぉ、神よ!これが定め・・・ならば、私は喜び持って迎えます!みなには悪しき者の呪われた言葉に耳を貸さぬように。己の心の内にあたためた神の姿に道を尋ねるのです。さすれば今起こっていることが神の試練であり、我々がすべきことはその試練に打ち克つことだとわかるはずです。おそれてはいけません。すべては神の御心のままに。たとえ道半ばで力尽き、命を失うことになろうとも、そのこと自体が勝利なのです。我々がここで全て滅びようとも神の栄光は失われません。我々の後に続く者達が、我々の代わりに道を先に進んでくれるのですから。そのことをよく心に刻むのです。これこそが我々の為すべき仕事なのです。さぁ始めましょう。休むことなく働くのです!喜びとともに試練の道へ!」


おぉ、じじい神官は伊達に歳食ってねぇな。もうショックから立ち直ったのかよ。他のヤツラにしたって目に光が戻ってきたぞ。これじゃ誘いになびきそうにないな。俺の誘い方も悪かったけどさ。もっと上品に、回りくどく、神の御心的な不明瞭さで、どこだか分からないけどあえて言えば天国的なところへ行く感じを仄めかしながら言葉をかけるべきだったか。もちろんその方がよっぽど嘘くさいけどさ


「チッ!どうしようもねぇなこりゃ。これ以上留まってこわい人達が来たら嫌だからそろそろ行くわ。気の利いた挨拶も出来ないで悪いとは思うけど、あんた達も忙しいだろうし・・・じゃあな」


「待ちなさい!御神体をどこ・・・」


無視して飛ぶ。一瞬で景色が変わり深い深い森のなかへ。そびえ立つ巨木。枝や葉から絶え間なく水滴が落ちている。巨木の傍にはひとりの少女がいる。


「帰ってこれたな」


「あぁ。まずさっさと治癒魔法をかけてくれよ、キーン」


「うん。痛いんだよ。キーン」


「あぁ、悪い悪い」


シュラーとチャンネリの傷を治してからまた巨木を見上げる。御神体は死んでいないようだ。ハハハハハ。ホントね、こうなるなんてさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る