第160話 ひねりだせ

「よっしゃ!もう一丁だ!」


「ちょーはどーけん!」


「フォーッ!弾き飛ばせ!フォーッ!ヒャー!」


転移しては波動拳、波動拳を撃っては転移。町は局所的とは言え大混乱です。騎士とか神官を狙ってはいるけど、無関係の罪のない人達も大勢巻き込んじゃってます。砂埃の向こうは瓦礫の山で、その下には悲惨な魂の抜け殻。


「混乱を広げるだけ広げたらズラかろうぜ!吹き飛ばして、こねくり回して、巻き上げて、粉々にしてからよ!」


「ちょーはどーけん!」


体力を消耗したチャンネリを「治癒」で回復させたらまたすぐ転移。シュラーはさっきから叫びっぱなしのトランス状態に入っている。ストレス溜まってたんだなぁ。ツバすげー飛んでるし。


「騎士はほとんど減ってないな!さすがにつえーわ。しかし神官も減ってないのはなんで・・・オイ、ヨダレ垂れてるぞ!汚ねーよ!」


「そうか?悪いな。ハンカチ持ってる?」


ハンカチなんて持ってるわけねーだろ。俺をどこかの過保護な小学生かなにかだと勘違いしてないか?ブレザー着た半ズボンのよぉ。


「黒塗り共を絶対に逃がすな!神官様は下がったな?」


「連携を崩すな!まとまって動けば防げない攻撃じゃない!」


「衝撃に逆らいすぎるな!負傷者はすぐに下がらせろ!」


敵さんマジで優秀だな。積みあがってるのは家の瓦礫と一般市民の死体だけか?衛兵は少し減ってるみたいだけど思ったほどじゃない。


「オイ!なんかおかしくないか?囲まれ始めてる?」


「うん。わたしもそう思う。殺るならもっと近づかないとダメっぽいし」


あれ?流れがおかしいぞ?俺のスーパーハッピーなお花畑的未来予想ではこんなはずじゃなかった。遠距離攻撃で一方的にボコボコにしたあと、廃墟と化した町の瓦礫の上に立ってシャンパンを抜き、彷徨える魂に鎮魂の乾杯をするはずだったのに?


いや違う。最初はさっさとトンズラこく予定だったんだ。それがもはや毎度恒例になった場当たり的行動原理に感情を支配され、ノリで戦闘に突入してしまったんだった。だけどそろそろこれも恒例と言っていいだろう遁走体勢に入るべきじゃないだろうか。


「やっぱり変だよな?よし、逃げよう。転移で一気にここから離れるぞ」


「そうか?まぁ・・・よし!」


「わたしもそれがいいと思う」


よし、そうと決まればさっさと引き上げだ。「転移」を発動して隣町にレッツゴーだ!


「アァーーーーー!」


思わずしゃがみこみたくなるような雄叫び!それとともに「気配察知」でやっと認識できるレベルのスピードで鎧を纏った獣人さんが突っ込んできた。それも俺達のすぐ近くから。待ち伏せされた?でもどうやって?俺の「気配察知」は自慢じゃないが結構な性能なんだぜ?


速い!獣人さんが振るう剣の軌道は分かっているが体が追いつかない。俺の「身体強化」は自慢じゃないが結構な・・・あぁクソ。












目を覚ますと目に入ってきたのはズラッと並んだ神官、そして水を垂れ流すバカデカイ木。あぁクソ。ここは・・・聖域だな。痛てぇ、腕とあばら骨か?多分ポッキリいっちゃてる。獣人さんは大分手加減してくれたんだろう、チッ!余裕カマせる程の実力差があったってわけかよ。


体は首から下が動かせない。岩が体のまわりを覆っていて・・・なんだこりゃ?これが噂の拘束系の魔法ってやつか?はじめてみたぜ。しかもなにやらご大層に何本もの鎖が岩に打ち込まれていて、もう一方の先は近くの床に釘付けにされていたり、遠くの柱にくくられていたり・・・。


あぁ、シュラーとチャンネリはどうなった?俺が一番最初にやられたからあいつ等がどうなったか・・・あぁ、いたな。右側30メートルほどのところにシュラー、左側30にチャンネリ。ふたりとも死んではいないようだ。


「気配察知」でちゃんと確認しよう。ふぅ。魔法はちゃんと使えるな。ふたりともこっぴどくやられたみたいだ。骨が数箇所折られてる。そして俺と同じように拘束魔法でラッピング状態。


「意識が戻りましたか?」


おいおいおい!まぁ当然だけど魔道具が全部ないよ!変身ももちろん解けてる。あぁ終わったわ。ふざけんな。何もかも水の泡じゃねーか。クソ!シュラー聞こえるか?チャンネリ?チャンネリ?・・・こりゃ「共鳴」が使えてないな。「封印」されたのか?俺の魔法は使えるけど、こりゃチャンネリの魔法も「封印」されてると考えたほうがいいな。


「神をも畏れぬ憐れな者。聞こえていますね?」


しかしこの状態じゃ「転移」を使っても厳しそうだ。誰かひとりは逃げられるけど三人一緒にはどうにもならんぞ。とりあえず俺が逃げる?でもこの鎖・・・そうか!こりゃ「転移」対策ってわけか。ちょっとでももたつきゃあのめちゃつよ獣人が文字通り飛んでくるって寸法だな?


「答えなさい。あなたは”転移”の魔法をどこで手にいれましたか?」


あ?なんだこの爺さんは?俺に話しかけてんのか?


「答えなさい、憐れな者よ。己の罪を悔い改め、神の懐にその身を委ねるのです」


何言ってんだこいつ?頭おかしいのか?いや、違うな。これもいつものやつだ。こいつも俺もどっちも頭おかしいよパターンだ。ならば俺も久しぶりに道化の花道を練り歩くことにしようじゃないか。


「さぁ、答えなさい」


「神官様!聞いてください。実はある日、ちょっとした用事で林を歩いていた時のことでした。私がふと空を見上げるとまばゆいばかりに光輝く円盤型の舟?のようなものが目の前に降りて来たのです!そしてその光る円盤から私の心に直接訴えかけるような声が聞こえてきました。”迷える我が息子よ。お前の進む道は示された。この光を見よ”と。ハッとしてあたりを見回すと、もうそこに光る舟の姿はなく、いつもと何もかわらない日常の景色が広がっていました。私は夢でも見ていたのかと、ちょっと顔でも洗ってシャキッとしようと思いまして、近くのいつも行水をする川の方へ歩き出したのです。すると何か目がおかしい。視界がやたら霞んでいて、空と木と土以外になにやら黒いものが映っている。なんだこれは、おかしいぞと思い目をこすってもその黒いものは消えません。いけない。大変だ。目の病気かもしれないとまず疑いました。これで私は薬草の採取などをして生計を立てておりましたのですから、それはもう慌てました。これは死活問題です。片方の目だけならそれでも希望が持てたかもしれませんが何しろどちらの目にも黒いものが映っているじゃありませんか。あぁ、なんということだ。これじゃおまんまの食いあげだ。今はまだこうして歩けているけれど、これからどんどん目は悪くなるだろう。そしたらどうだ?薬草なんて探せるはずがないじゃないか!とそれこそ目の前が真っ暗になりました・・・いえ。貯金なんてわずかしかありません。半月もすればお金もなくなります。そしたらどうやって生きていかれましょうか。こういう時私はどんどん悪い方へ悪い方へと想像を繋げていってしまうタチでして、そう遠くないうちに餓死するか、崖っぷちに立っているような連中に引っかかって奴隷にでも落とされるか、将来を悲観して己の手で最後の決着をつけてしまおうかなどと考えてしまうんです。それでもまずは川だ、川へ行こう!目を良く洗えば治るかもしれない。そういえば隣に住んでいたお婆さんが年取ってから急に目が悪くなったと言っていたな、なんてことを思い出したりしながらトボトボと歩き始めました。するといきなり鳥が飛び立ち、草むらがゆれ、魔物が姿を見せる。そうです。私はあまりにも強い悲しみの感情に支配されていて、普段だったら息を吸うようにしている警戒を、その時はまったくしていなかったのです。しかし考えてみればそれも仕方ないことではありませんか?だって私の目が見えなくなったら、それはもう死んだも同然じゃないですか。両親は既に亡くなり、親しくしてもらっている人達こそいますが、やはり身内とは違う。役立たずになったわたしの面倒を見てくれる人なんてどこにもいません。それに例え私の友人から、限りなく深く、尽きることなく高い神様の愛のような同情を得ることが出来ても・・・いいえ、私はその友人に感動し無限の感謝を捧げこそすれ、世話になるわけにはいきません!だって、だって、みんな貧しいんですから!それなのに私が、友人の僅かな食べ物をさらに僅かにするための手伝いをするなんてことができるでしょうか?とんでもない!それならいっそ私は誰にも何も告げず、神様を称えながら、祈りとともに、生まれる前の世界へ帰ることを選ぶでしょう。そうじゃありませんか?それが当然じゃありませんか?」


「あなたは一体、なにを、言っているのですか?光る円盤?舟ですって?もっと簡潔に、分かりやすく、要点だけを話して下さい。出来ますね?」


「神官様!本当に、心の底から神官様には申し訳なく思います。私も私の話し方がよくない、いえ正直不味いってことは百も承知しているんです。この前だって私は聞きました。何をかといえば、たった今神官様が私に対して仰ったことと同じことをです。もっと分かりやすく、寄り道は止めて、結論だけを・・・とまぁこんなことをです。光る円盤のことは言っていませんでしたが、それは大きな問題じゃありませんよね?舟も?いえ、百も承知していますとも!百も!これでも私は自分で出来る限り簡単に、要点を、つまり大事なところだけ特に選んで話しているつもりなんです。お許し下さいお偉い神官様。どうかお許し下さい!私は学の無い人間ですから、どうやって話せばいいか、そんなことも自分じゃ分からないんです。それもこれも貧しいからでして、学校も通ったことありません。そんなお金がなかったものですから。うちの村はとても小さくて教会もありませんでした。なんでも教会では読み書きなんかを無料で教えてもらえるとか。しかしその教会がなかったものですから。もし私が教会へ通っていて、ここにおられるような立派な神官様のお話を、たとえちゃんとは理解できなくても耳にする機会があったら、私ももっと上手に話ができたと思いますが、何しろ学がありませんもので。それもこれも貧しいからなんです!たぶん、きっと、だって村の村長さんが言ってました。貧しいからだ!貧しいからなんだぞ!って」


ごく薄く柔らかい笑みを浮かべてた神官の顔から、柔らかいもの消えた。露骨にではないものの苛立っっているんだよね?やはりクソ魔族ゴール一流の話術はカスタマーサービスセンターのマニュアル対応ばりに人の心をささくれ立たせるな。


相手を苛立たせこそすれ”暴力をふるってやめさせる程でもないかな?いや、一発入れるくらいなら当然の権利だよな?でももうちょっとだけ我慢してみるか?ひょっとしたら聞きたい答えが返ってくるかもしれないし?”というギリギリのラインを模索していくこの作業はやってみるとかなり楽しい。


しかし光る円盤型の舟のくだりはフカしすぎたかな?いやあれくらいアホらしい話の方がかえって本当っぽくなるよな。さて神官さんは何て言うかな?もしかしてもうとっくにブチキレてたり?


「神官様。このままでは話が進みません。こういう輩は体に聞いた方が早いのです。我々にお任せ下さい。お任せ下されば必ずご希望の結果を得てみせます」


「騎士達の気持ちはしっかりと分かっています。しかし今日の騒動で失ったのはあなたの同僚だけではありません。私もいま心が張り裂けるように苦しい。あなたと同じなのです。分かってくださいますね?もう少し私に時間を下さい。そしてあなた、奴隷の首輪をつけたあなたには私達の苦しみに思いを致していただきたい。さぁ、どうぞ話の続きを。ただし、光る円盤から声が聞こえてそれが結局どうなったのかというところを特にお願いします。どうやらその声を聞いて転移の魔法を得たと、どうもあなたはそう主張したがっているようですから」


わお。一味違うな。我慢強いよ。権力に胡坐をかいてすぐに怒鳴ったり、理性を失ったりする今までの正直者達とは一線を画す忍耐力だ。いつの間にかまた柔らかく、人の心を優しく包むような笑みも元に戻っている。


でも待ってくれ。俺にだって言い分があるんだ。だって俺ってもうミサイルの発射ボタンを押しちゃったんだぜ?押すつもりはなかったんだとか、うっかり肘が当たっちゃったんだとか言い張るつもりはないよ。


ちょっと寝起きでボケッとしてた的な、つまり骨をバキッとやられて気を失い、気がついたら拉致されてガチガチに拘束されてる自分に呆然としたからつい・・・みたいなところはあるけどさ・・・ほんと言い張るつもりはないんだ。


とにかく俺は愚かで無力なハリボテのミサイルを発射した。これが当たるにせよ外れるにせよもうなかったことにはできない。ただ問題なのは、みんなももとっくに分かってると思うけど、このミサイルには殺傷能力が全くないってことなんだ。


相手を絶妙な加減で挑発し、腹立たせ、こんなクソくだらない話を聞かされるくらいなら、もうどうでもいいからお家に帰りたい、と思わせることが出来ればベストだけど、今のところ思ったような効果は得られていない。


ひねり出せキーン!ふんばってひねり出すんだ!瞬間的には苦しいかもしれない。しかし出しちまえばすっきりするはずだ!いや、このことをみんななんとなく話題にするのを避けている節があるけど、ここらで勇気を持った誰かが言わなきゃいけないんだ!ひねり出すのはむしろ気持ちがいいんだぞと!


そうじゃないか?そうなんだよ!気持ちいいんだ!不当に閉じ込められ、圧迫された状態からのエクスプロージョン!すなわち爆発!その開放感と爽快感はふんばった時間に比例してより高い景色を我々に見せてくれる。もう一度言おう。ひねり出せキーン!下腹部に力を入れて、力み、ひねり出すんだ!


「神官様!正しい道にどうか私をお導き下さい!光る円盤のようなものから声が聞こえました。神官様!まさしくその通りだったんです!私は夢じゃないかと思ってちょっと顔でも洗って頭をシャキッと・・・はい?はい、ええ、そうです、え?はい、はい、え?はい、まぁ、はい、え?それでって・・・はい。林のなかでボケッとしてしまいまして。はい、魔物が、あれは確か犬型の、なんでしたか、ちょっとど忘れしてしまって。とにかく魔物が襲ってきまして、ええ、それで、えーと、はい、走って逃げたんですが・・・すぐに追いつかれて、飛び掛ってきたんです。いや、間違いありません。え?はい、そしたら視界の黒いのが急にこちらに迫ってきて、気がついたら川に。はい、そうです、いつも行水に使っていた川でして。あれ?魔物は?それともあれもこれも全部夢だった?と首を捻りましたが、まずは顔でも洗って頭を・・・え?はい、はい、そうです。黒いものは消えていました。だからもしかしたら今のこの状態も夢じゃないかな?なんて考え・・・え?はい、そうです。夢じゃなくて現実でした。はい。その黒いものというのが魔法だったと、はい、いまはもうもちろん、はい、ただ神官様!私にはどうもなにがなにやら・・・だってそらから光る円盤型の舟だなんて・・・そんなこと聞いたこともありませんでしたし・・・うちの村はとても小さくて、でも村長にきいたんです。何しろ私は学がないもんでして。村長は”貧しいからなんだぞ!”って。あとで気がついたんですけど、私が禁止されているあの例のキノコを食べたんじゃないかと疑われていたみたいです。神官様も知っていると思いますが、あのキノコは見た目は悪いわ不味いわでそりゃ普通だったら誰も見向きもしないですし、それでなくたって何ですか・・・えーっと、幻覚?とかっていうのを見るようになっちまうって言われて、よく分かりませんが、食べちゃダメだって、食べても死にはしないけど絶対食べるなよときつく言われていたんですが・・・え?」


神官の笑みは消えていない。非常に手ごわい。しかし騎士はいつ爆発してもおかしくない鬼の形相ってやつで睨んでくる。ハハハ、こりゃ気持ちいいなぁ。そんなに睨んでもダメだよ騎士のおっさん。逆に気持ちいいくらいだ。


俺から情報を引き出したいんだろ?だったらまだ殺せないよな?早く拷問したくてたまらないんだろ?でもまだダメだと思うよ?ククククッ!あの顔、見てると、やべー、笑っちゃうよ。チャンネリ、シュラーも激痛を堪えながらこの状況を楽しんでいるようだ。さてと、もうひとふんばりひねりだすとしますか。

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