第158話 成らず

(キーン!オイ!マジで勘弁してくれ!オイ!逃げるならさっさと逃げるぞ!もう騎士が接近戦で対抗を始めてる!もうここはヤバイんだよ!)


(シュラー、シュラー!わたしがキーンを担いでいくよ!道分かる?)


(よし!チャンネリ!頼む!派手な魔法は絶対使うな!一般人のふりして逃げるぞ!)


(うん!)


チャンネリに無理やり担がれて御神体から少し遠ざかってしまった。神殿内にごった返していた人は既に半分以下くらいになっていて少し退くのには何の障害もなかったし。


チャンネリの肩越しに御神体を見ると、シュラーが言っていたように騎士や衛兵が魔法を放つ襲撃者に向かって剣を振るっていた。それでも襲撃側は魔法は次々に放ち、そのことごとくが救世主によって防がれていた。騎士や衛兵や神官に向けられた魔法は弾かれていない。救世主自身と御神体に向けられたもののみが無効化されている。


(チャンネリ。おろしてくれ。俺はまだここにいる)


(キーン!いい加減にしろ!いま引かないと取り返しがつかない!)


(「転移」で逃げるさ。でもあの澄まし顔の救い主がどういうヤツか分からないからお前らは先に逃げてくれ。今なら「転移」なしでも大丈夫なんだろ?俺はあとからいくよ)


(お前・・・このクソガキ!見ただろ、ありゃ今すぐどうにかなるもんじゃない!俺達は情報を持ち帰ればいい!)


(お前らはそうしてくれ。ここには俺ひとりでいいんだ)


(キーン!なんでそんなこと言うの?一緒に帰ろうよ!)


自分でも何を考えてるのか整理がつかない。わざわざ死地に残ってまでしたい何かがあるわけでもない。イッショニカエル?何を言ってるんだこいつは。脳がジンジンする。俺は「身体強化」を使ってチャンネリの腕から逃れると、すぐに走った。


襲撃者の最後尾あたりまで戻り、その場で「転移」を発動。足元に出来た黒い渦に向かって影野郎から奪った魔道具「ウィンドハンマー」で風の鈍器をぶち込む。転移先は御神体の幹からほぼゼロ距離の位置。


他の襲撃者の魔法は御神体よりかなり手前の位置ではね返されていたのでゼロ距離ならいけるかもと思ったが、俺の「ウィンドハンマー」もあっさり弾かれた。「転移」の出口は弾かれなかったがどうしてだろう?


(キーン、俺は脱出する!チャンネリは残るってよ!頼むぞ!)


シュラーからの「共鳴」が届いた。チャンネリが残る?邪魔くさいな。


(ちょーはどーけん!)


チャンネリが一瞬で俺の前に躍り出て必殺技を出した。盤上をひっくり返す力技だ。衝撃波が御神体に向かった。しかしこれもダメ。衝撃波は轟音とともに消滅してしまった。


波動拳を使った時の衝撃波は魔法ではないはずなのに・・・いや魔法のうちに入るのかな?とにかくあれも弾かれるのか。「治癒」を使ってチャンネリを回復。その間も救世主を観察していたがまったく動きがなかった。これはアイツがやってることじゃないのか?いや、そんなはずはない。紛れも無くあの男がやっているはずだ。


騎士が次々と襲撃者を殺していった。襲撃者側も応戦するが聖域は武器の持ち込み禁止。対する騎士はフル装備。接近戦では分が悪い。さらに騎士が傷ついても守人の少女が治癒で回復させていた。このままでは5分とかからず襲撃側が全滅するように見えた。


「あの男は殺すな!奴隷の首輪をしたヤツだ!」


ゴボウのようにひょろっとした神官が俺を指差して叫んでいた。「転移」に気がついたのかな?あの一瞬で?目敏いな。「転移」のことを知っている神官ねぇ。どういうヤツだ?まぁいいか。あんなゴミはどうでもいい。


(キーン、どうする?わたしのも効かなかったよ?変だよあの人)


(ああ、そうだな。俺もダメだった。後はあの救世主様に直接刃をつき立てるってプランがあるけど・・・ここからじゃなぁ。どうせ騎士に阻まれる。「転移」で飛べば出来るかもしれないけど、それでもあの救世主様を殺れるとは思えないんだよなぁ)


(じゃあ逃げる?)


(いや、もうちょっと頑張ってみるよ。チャンネリは俺の護衛を頼む)


(わかった!)


周りは完全な修羅場だが俺は不思議と落ち着いていた。まずは「転移」で救世主を飛ばせるかの実験。ヤツの足元に黒い渦を展開して・・・渦が弾かれた。失敗。ならばと俺はチャンネリを連れて転移。救世主の真横に降り立ち。チャンネリ仕込の全力波動拳!・・・だが全く意味がなかった。俺の波動拳は弾かれるどころか衝撃を吸収されたかのように消え失せて何の結果も生まなかった。


まったく歯が立たない。勝負にならないというやつだ。救世主は一切動かない。こちらを攻撃してくることはないが、こちらの攻撃も一切通じない。触れることさえできないんだ。これで目的を達成するのは絶望的だとハッキリした。御神体の破壊は不可能。


(キーン!はやく!)


チャンネリが騎士をひとり吹き飛ばし、続けて向かってくる騎士二人に対して構えをとった。守人の少女もこちらに気が付いた。守人は厄介だ。経験不足か何か知らないが、今のところただのヒーラー。でも実際は並みの魔法使いじゃないはず。


俺もチャンネリに加勢したいところだがもうちょっとだけやることが残っている。救世主の肩にゆっくりと手を伸ばし毒針を・・・弾かれた。毒針は弾かれたがそのまま救世主に触れてみた。今度は触れることが出来た。そのまま救世主に対して「治癒」の魔法を使う。治癒は弾かれることなく、救世主の体に通った。


(チャンネリ!逃げるぞ!)


チャンネリは牽制の波動拳を放って騎士から距離を取り、俺の横に戻った。俺はさらに別方向から向かってくる騎士に波動拳。余裕を持って「転移」を使った。そこで守人の少女は何かの魔法を使ったようだが、直後目を見開いて棒立ちになった。


俺に封印魔法でも使おうとしたのかな?それが失敗した程度で棒立ち?つまらんヤツ。足元に転移の黒い渦が広がり、俺とチャンネリを呑み込んでいく。最後にもう一度救世主に目を向けた。救い主は口元に微笑を浮かべ黒い澄んだ瞳で俺達を見ていた。

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