第157話 始まり

町並みは把握した。聖域内部の様子も調べた。隠れ家も用意して装備も整った。襲撃予定日は明日。明日が降神祭。外からも大量の客を受け入れる必要がある聖域は、後ろ暗い背景を持った高貴な人達のために結界を一時解放する。お偉い貴族や他の聖域関係者が結界に拒否されましたじゃ立場がないってよ。


俺達を含め魔族に魂を縛られたような連中はそのワンチャンを狙った一点突破をかける。横の連携なんてゼロ。ただただ御神体の破壊を目指してそれぞれが好き勝手するだけ。大した計画だろ?普通に考えればこの襲撃の成功率は低い。


でも明日は遠方からも大量の客が来て聖域内、とくに御神体がある神殿内は一般人を含め人で溢れるはず。俺達はただその人の流れに乗って御神体の目の前まで行き、最後にちょっと魔法をぶっ放せばいい。これなら神殿内にどれほど騎士や衛兵がいようが関係ない。壊したもん勝ちで、逃げたもん勝ち。


まぁ逃げる時になったら騎士や衛兵なんかが問題になるのは間違いないだろう。砕かれたプライド的なものを少しでも回復するために、または後で必ずしなければならない言い訳に多少の説得力を持たすために御神体を破壊した犯人を死に物狂いで捕まえにくるだろう。


だが待てよ?ここでちょっと場面を止めて考えてみよう。それどころかシナリオを遡って御神体を破壊する前のシーンで一時停止だ。ここで頭に浮かんでくる酷く単純な疑問はひとつ。あの・・・俺達が御神体を破壊する必要ってありますか?他にも襲撃者がいるならそいつ等にやってもらえばいいじゃないか。余程のバカじゃない限りは俺達と同じプランで行動するはずだし。


そりゃただの傍観者として安全な所から高みの見物をしてさ、ついでに町で散々旨い物食べて、なんならついでに女遊びでもしてから家に帰ってさ、そのご褒美だと言って魔族の野郎が良くやったって褒めてくれるとは思ってないよ?でも俺達は最初から魔族野郎のお褒めの言葉なんかより自分達の安全の方が大事だからさ。責められなければいいわけよ。御神体破壊という計画自体は成功しているんだから・・・責められる謂れもないはず・・・だよね?


町なかで「気配察知」しながら1時間も歩き回ればひとりふたりは「変身」者に会える。つまり聖域襲撃計画に加わる人数は俺達以外にも結構いそうだってことだ。3桁はいかないだろうか2桁中盤くらいはいくんじゃないかと思っている。最悪10~20人程度だとしても、やっぱり俺達がやらなくてもいいじゃん式の論理に行き着くんだよなぁ。


「いよいよ明日だな、キーン」


「あぁ」


「で、決めたのか?」


「一応な。とりあえず様子見ってことで。出来れば俺達の手で御神体を破壊して魔族の懐に一歩潜り込みたかったけど例の救い主の件がどうもな。結局そいつについての情報は得られなかっただろ?明日来るらしいって噂ばかりでさ。そんなよく分からんもんに手を出したくない。もちろん正体がハッキリしたら途中参加するかも知れんけどさ」


「そうか。俺もそのぐらいでいいと思う。完全に参加しないってのは不味そうだけど、最初ちょっと様子見するぐらいは普通だもんな。それに町なかを見ろよ。明日の降神祭に向かう人でごった返してるぜ。1週間前とは比較にならないほどだよ。その中には傭兵や冒険者なんかもいるだろうし、当然魔法使いもいるだろ?御神体を破壊したらまず真っ先にそいつらが襲い掛かってくるぜ?どだい無理なんだよ。それこそ自分の命を惜しまない狂信的なヤツでもない限りな」


「うん。御神体と聖域の守人を同時に殺せれば、ほぼ間違いなく転移で逃げれると思ったんだけどなぁ。考えが甘すぎたか」


「そうだな。”ほぼ”なんて言ってる時点でもうダメだよ。よし!じゃあ明日は様子見メインってことで決定だな?」


「あぁ、チャンネリもいいか?」


「うん。でもいいの?ちゃんとやらないと魔族の人が怒るんじゃない?キーンの腕を切るって言ってたんでしょ?」


「まぁせいぜい今から言い訳でも考えておくさ。それにやらないって決めたわけじゃない。チャンスがあったらやるつもりだし」


「うん。わかった。今度はわたしもその魔族に会うからね?」


「あぁ、そうだな。タイミングが合えばな」


今日まで何度も繰り返した話に一定の決定を下した。とはいえ相変わらず保留みたいなもんで、要はこれまでと同じような出たとこ勝負ってこと。踊らされることに慣れちまった俺達にはお似合いのぶっつけ本番成り行き任せってやつだ。


「じゃあ、今日はもう寝るか。これ以上話してると絶対また暗くなってくるからな。おいキーン、お前のこと言ってるんだぜ?ああ、分かってるよ、ああ、酒なんか飲まないって。んじゃ明日な」


「キーン、おやすみ。明日はきっと上手くいくよ」

















そして降神祭当日の朝がやってきた。俺達は装備を整え聖域へ向かい、結界の解除とともに神殿へ。人の出が半端ない。余所見していたらふたりとはぐれてしまうだろう。ゆっくりと少しずつ人の流れに乗って進み・・・御神体が視界に入る位置まで来た。


ここから先は人を掻き分けて進まなければならない。御神体の傍では聖域関係者による儀式のようなものがあると聞いている。俺達3人はうっすらと「身体強化」を使いながら目立ちすぎないように御神体に近づいた。


御神体から50メートルといったところに着いたところで俺は「気配察知」で周囲の状況を再確認。「変身」している人間はざっと30人はいた。「気配察知」の範囲外にもまだまだいることだろう。


肝心の御神体もきっちり確認する。話に聞いていた通り、木の葉からポタポタと絶え間なく水滴が落ちている。いや無数の葉から落ちた雫は結局ザーザーと表現してもいい勢いで水路に流れ込んでいっている。御神体の根元に目を転じると多数の神官や騎士、衛兵が真面目くさった顔つきで控えている。


そのなかに一際目立つ装束、やたら襞がついた貫頭衣のようなものを着た10代と思われる女の子がいた。こいつが聖域の守人で間違いないだろう。つい最近代替わりがあったという情報とも一致している。


(あれが守人か?あれなら一緒に殺れそうじゃないか?御神体ごと波動拳で巻き込んじまえばいいだろ?)


(うん。もう少し近づけば相手が防御しても間に合わないとおもうよ?)


(了解。時間は・・・もういつ始まってもおかしくない。だがまだ誰も動かないな。やはりややこしくしてるのはあの男か)


(キーン。見つけたのか?例の救世主を?)


(それっぽいのはいる。多分あいつで間違いないと思う。今は御神体の根元に座って目を閉じて、ありゃ瞑想でもしてるみたいだ。20代の人族っぽい男。真っ黒な髪に白い肌、華奢な体で身長は180ってところだな。どこにでもいる普通の兄ちゃんに見えるが・・・全身に刺青が入ってる・・・俺の左腕のやつと似ている気がする。いやちょっと違うか?とにかく嫌な感じだ。あれが・・・連中の人体実験の結果物ってなら・・・)


(キーン!見ろ!)


爆発!ファイヤーボール!放たれたそれは御神体に届く前に見えない壁に遮られて弾け、炎の舌を四方八方に撒き散らした。一気に状況は混乱。悲鳴と怒声と何やら聞き取れない叫び声が広間に響いた。


ファイヤーボールが始まりの合図であったかのように、そこからは様々な魔法が御神体に向けて放たれていった。数十の鉄の槍が飛び見えない壁に突き刺さり止った。緑色の液体のようなものが弧を描いて見えない壁に浴びせられ大量の煙と強烈にツンとくる臭いを周囲に撒き散らした。火が、水が、土が、風が、打ち出されては弾かれ、聳え立っては崩された。


俺達は逃げようとする人々の流れに逆らい「身体強化」で力ずくでその場に留まって魔法が飛び交う様子をじっと見ていた。これほど大規模な魔法の攻防は今まで見たことがなかったが不思議と心は落ち着いていた。


(キーン!キーン!おい!)


(キーン!ねぇ、どうしたの!キーン!)


シュラーとチャンネリの呼びかけは聞こえていたが、すぐに忘れた。2分もしない間に状況がまた変わった。見えない壁を襲撃者側の魔法が突破したのだ。聖域関係者側は神殿に集まった無関係の人々を巻き込まないためにこの2分ずっと防御に回っていたが、とうとうその防御が崩れた。


御神体に当たるコースで魔法が放たれた。ゴツゴツした岩の塊の魔法。ロックボール。ものすごい勢いで回転する岩は神の木の幹を削り取って深刻なダメージを与え、聖域関係者を絶望の底に叩き込むだろうと誰もが思ったはずだ。


・・・が、いま俺の目に映っているのは無傷の御神体の姿。ロックボールは・・・弾かれた。何に?分からない。「気配察知」で見ていたのになぜ弾かれたのか分からなかった。先ほどまでの見えない壁は気配があったのに・・・。


だが誰が弾いたのかは分かった。そしてこれも良く説明できない。なぜ俺は彼が弾いたと分かったんだろう?しかし、その場にいる者は確信していたと思う。やったのは、そしていまもやっているのは彼。救世主と噂されている男。御神体の根元で相変わらず座ったまま目を閉じ、うっすらと微笑を浮かべているように見えるこの世の救い主なのかもしれない男なのだと。


自分でも理解できない納得を周囲の全員と共有しているような不思議な感覚のなかで、俺はやっと息を吐いて、また大きく吸った。隣にはシュラーとチャンネリがいてこっちを見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る