第155話 3匹

「キーン。この指輪・・・しょぼいな。全身がペンキを浴びたように真っ黒になるだけでよ。これが変身?まぁそう言えない事もないけどなぁ。確かに顔のおうとつもなくなるから誰かは分からなくなりそうだけど、あんまり格好よくないよな?いやお前のことを責めてるんじゃないよ?そう聞こえたんなら俺はお前のために同情するところだ。それはお前自身がダサいって思ってる証拠になる訳だからな。お前の目を見れば分かるよ。ダサいって思ってるんだろ?」


「キーン、今度は何するの?ひみつなの?でもわたしはまた3人一緒なのがうれしいな。だってみんなでお出かけしたら帰りはお土産買うもんね?わたしだってお金はあるんだよ?でも女の子に必要なのはやっぱりプレゼントじゃないかな?心のこもった贈り物で部屋を一杯にしたいの。ううん、この際心はこもってなくてもいい。贈り物が欲しいのね、わたし。お金の問題じゃないの。だってわがままな女は魅力的って言うもんね?」


はぁ。久しぶりの3人行動だからか知らんがやたらとテンションが高いなコイツラ。俺達は今、聖域がある町を目指してのんびりお馬さんをパッカパッカさせている。シュラーは悪態つきながらも楽しそうだし、チャンネリはまた妄想の世界にどっぷりと浸かっている。


コイツラいつからこんな風になったんだ?昔はもっとマトモだった気がするんだけど?俺だって随分変わったから人のことをとやかく言えた義理じゃないけどさ。それにしても不安だ。俺はコイツラと一緒にいていいんだろうか?


これから始める魔族プロデュースの奴隷的強制労働にコイツラを巻き込むのはあまりに身勝手だよな。内容が内容だけにまだふたりには詳細を伝えてないんだ。でも聖域に殴りこみに行くことは伝えたんだよ?それでもコイツラは普通についてきてくれる。


他人の気持ちなんて分からないけど・・・一体これはなんなんだ?正直今回はコイツラ二人を巻き込みたくなかったよ。けど・・・なんでコイツラはこんな楽しそうなんだ?


もしコイツラがクソみたいな厄介事を、それこそ高確率で命を落とすようなデスピクニックに俺を誘ってきたら・・・俺もこんな楽しそうに出来るのかな?謎だよ、何もかもが謎なんだ。俺の頭が狂っているのは間違いないとしても・・・納得いかないよ。ハハ、狂った頭でも納得を求めるなんて・・・涙が出そうだわ。


いつの間にかコイツラなしには何も出来ない人間になっちまったな。でも俺は自分自身を信用してない。昔やったみたいに大事な人間をあっさりと見捨てて、逃げるために全力疾走している俺自身の背中が遠くに見えるようだ。アレハマボロシナンカジャナイ。


「キーン、どうした?調子悪いのか?まぁお前はいつも辛気臭い顔してるけどな。でも前に話してただろ?奴隷達が反乱を起こして町を焼いた話。結局そういうことなんだよ。暗い牢獄のなかでも楽しみはいくらでもあるもんだ。探す気さえあればな。もっと全力で楽しめよ!力のない奴隷でさえ町を焼いて大はしゃぎできたんだろ?俺とお前とチャンネリがいりゃ大抵のことは出来るんだよ!なんだその顔は。ガキみたいなこと言ってんじゃねぇってツラだな?だけど事実だ。俺達はそうやって生き抜いてきたんじゃないか。もう忘れたのか?お前なんか一回死んでるんだぜ?何が起こるか分からないけど楽しむんだよ!死ぬまで楽しめりゃ俺達の勝ちだ」


「ねぇねぇキーン。わたしあれからまた強くなったよ。あの時見せた必殺技も完成したんだ。ちょーはどーけんっていうヤツ。だからだいじょうぶだよ。誰にもキーンを殺させたりしない。わたし以外の誰にもね?だってそうでしょ?他の誰かがキーンを殺すなんてそんなの・・・ゆるせないよ。キーンがいなくなったら誰がわたしにプレゼントくれるの?え?シュラーが?でもでもそしたらキーンからのプレゼントは?わたしは死ぬまでずっとプレゼントが欲しいんだよ?シュラーだけじゃ足りないに決まってるよ。だからね、キーンはわたしが・・・わたし、キーンは・・・そんなの・・・ダメだよ、ぜったい、わたしがこの手で・・・あっ!今の聞こえた?」


シュラーはいい、俺を励まそうとしてくれてるのが伝わってくるから。しかしチャンネリ、お前こそは俺の真の敵なのかもしれない。可愛さ余って憎さ百倍ってか?いや全然違うか。”あっ聞こえた?”なんて下手な小芝居挟んでくれちゃってよぉ。お前に殺されるのが俺の運命ってか?今の内にダイイングメッセージ的なものを残しておくべきか。ハンニンハチャンネリ。


「チャンネリ、フードをしっかり被れよ。移動中でも顔は見られたくないんだ。シュラー、そろそろ落ち着けよ。今回はこれまで以上に厄介な仕事なんだ。言ったろ?あの魔族はしつこいよ。いつかは決着をつけなきゃならん・・・が、それもこれも生きていればこそ。シュラーお前の言う通りだな。暗い希望だろうと原動力になり得るよ。奴隷だった頃を思い出すぜ。気力もないのに憎しみを無理やり作り出してさ。女子供も関係なかったし、まだまるっきり生まれてもいない赤ん坊まで憎んでいたもんだ。これからやることもそれに近いよ。俺達とは直接なんの関係もない連中をさ、こっちの方から無理やり関係させるんだからな。それも命のやり取りって形で」


「キーン。お前が沈んでいる時が一番ヤバイんだ。そういう時は大抵そのあとでふざけた事態が起こるからな。そんでお前の沈み具合から未来を占えるとすれば、それでもまぁ今までと同じさ。散々な目には合っても死にはしないぜ」


「そうだな。だけどそろそろ決めておきたいことがあるんだ。俺達の身の処し方ってやつだよ。派手に暴れて派手に死ぬなら、これはまぁいい方だよな?自分でも納得できるだろうし、傍から見てもちょっと格好いいもんな?だが例えば捕まって拷問されるとしたらどうだ?それも生ぬるいもんじゃなくて、下手したら何年も何十年も続くようなやつだ。自殺も出来ず発狂も許されないで、肉体と精神が耐えられるギリギリの拷問が老人になって、死ぬまで続くんだ。どう思う?」


「やだよ、そんなの」


「俺もごめんだな。決まってるだろそんなの」


「ああ、だからここでちょっくら決めておこうぜ。もしそんなことになった場合のことをよ。俺だったら殺して欲しい。逃がすのが到底無理ならな。お前らはどうする?その時のためにそれぞれ希望を聞いておきたいんだ」


「俺も同じだな。3人共同時に捕まったらどうしようもないけど、そんなことは考えても無駄だしよ。誰かひとりくらい逃げられるだろ」


「わたしもキーンと同じでいいよ」


「分かった。じゃあ決まりだ。色々状況によって変わるだろうが、逃げ延びたヤツが捕まったヤツの始末をつけるってことでいいな?幸い金ならある。俺の店の金はお前らでも自由に引き出せるようにしておいたから、冒険者だろうが暗殺者だろうがなんでも雇ってケリをつけてくれ。悪かったな、こんなしょうもない話して」


「いや、当然のことだ。気にすんなよキーン。それにそんだけ今回は危険だと考えてるんだろ?だったら必要だよ。俺だって何十年も苦しんで、苦しみのなかで死にたくない。そんなのはもう地獄だからな。俺達が死んだら地獄へ行くとしても、それは死んだ後の話で、生きてる間じゃない。避けられるなら避けないとな。みすみす拷問の実験材料にされてたまるかよ」


「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。わたしたちならなんでも出来るんだよ。わたしは知ってるもん。死ななければなんでも出来るし、わたしたちは死なないよ」


だよな、チャンネリ。弱いものは強いものの糧になるだけの存在だけど、俺達だって少しずつ強くなってる。これはチャンスだと考えよう。誰にだって弱い部分はある。柔らかいところを探りだしてブスリとやるしかない。あの魔族野郎を出し抜いてアイツの持ってる力を引っこ抜いてやる。


「しかしゴールとかって魔族は何で俺達の前に姿を見せないんだ?」


「さぁ、知らん。お前らのいない時を狙って来てるんだろうよ」


「陰湿なやつっぽいもんな。おいチャンネリ、なに食べてんだよ!それ俺のおやつじゃねぇか!」


「どれ?」


「どれじゃねぇよ。お前が食ってるヤツだよ!」


「え?いつ?」


「いまだよ!お前が!いま!食ってる!その!饅頭だよ!」


「ごめん。気付かなかった。これシュラーのだったんだ。でも饅頭一個で大声出さないでよ。恥ずかしいよ?あ、スモールゴブリンだ。シュラー殺って来てね」


「てめぇ・・・ちくしょう!」


ターゲットの聖域は俺達が拠点とする町から馬を使って4日といったところ。移動の時間を使って計画の詳細も説明しないとな。今回の仕事に参加するのは俺達だけじゃない。おそらく魔族の野郎共に骨の髄までしゃぶられているだろう、俺のようなバカが各地から集まってくるらしい。


だからと言ってみんなで仲良く協力しようぜ!ってことじゃないんだけどね。ただ働きに応じて報酬は変わる。大活躍をしたからってヤツラと縁を切れるわけじゃないだろうから、俺が求める報酬はヤツラの内側に入る権利だ。


今のところ俺はゴールとしか接点がないからさ。他の魔族とのコネが欲しいんだよ。ヤツラがどういった連中なのか知りたいし、出来れば拠点の場所や人員の規模も掴みたい。そのために少しでもヤツラの内側に入らないとさ。


しかし改めて考えると本当にクソみたいな仕事だな。命がけで達成したところで得られるものはきな臭い情報のみ。最早深みに嵌っていく選択しかないってところが痛すぎるよ。


「シュラー、チャンネリ。まだまだ目的地までは遠いが・・・もう仕事の話をしようか。お前達の意見も聞いて準備したいしな。まずはゴールが話した計画の流れをもう一度確認するぞ?まずは開始の日時は・・・」


4日なんてあっと言う間。やかましくも楽しかった小旅行は終わり、俺達3人は聖域を中心に発展した町に到着した。

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