第156話 嫌な噂

「この壁から向こうが聖域なんだよな?」


「あぁ、らしいな。町の中にこんな壁作りやがって面倒くせぇ」


「わたしのはどーけんなら壊せるよ?たぶん」


目的の町に到着した俺達は宿を取り、何はともあれ聖域を確認することにした。町の中心に東京ドーム一個分的な感じでかなりの敷地を誇る聖なる領域は、10メートルオーバーの高い壁でぐるっと覆われていましたとさ。


「それは逃げる時にでも頼むよチャンネリ。しかしこんな高い壁作っちゃってさ、しかもこれ聖域の外周にそってずっと続いてんだろ?恐ろしいな、何年かけて作ったんだろうな」


「分からんが、どうせ奴隷にでも作らせたんだろ?まぁ魔法の線もなくはないけど、それにしたって年単位の仕事っしょ?この高さの壁を何キロにも渡って作るのに流された血と汗と涙を思うと、神様っていないんだろうなって思えてこないか?だってこれって神様のために作った壁みたいなもんだもんな」


「キーン。お前ってホントひねくれてるよな。あれ見ろよ。参拝だか巡礼だか知らんがもの凄い数だぞ?どいつもみんな大人しい羊みたいな目をして歩いてるけど、今のお前の言葉を聞いたらどうなるんだろうな?羊どころじゃなくなるぜ?」


「その時はもちろん、連中の清い、聖なる心に訴えかけるさ。適当な悩みの一つでも打ち明けてやれば同情と感化の糸が繋がって、”これであなたとわたしはお友達”って連中に違いないだろうからな。その後で俺もあの壁に涙の一滴でも振りかけて見せればいいはずじゃないか?つまり涙じゃなくて、実際に差し出すのはお金だけどな。積んだ金額で涙の重さも量れるってもんだ。神官だか坊さんだかはその金を大事に抱えながら喜んで俺を守ってくれるだろう。流れてもいない俺の涙を幻視して感動に身を震わせながら、それでも俺からもっと金を搾り取れないか苦悩するに違いない。大いなる感動からくる聖なる苦悩ってやつだ。聖職者共にはこういう悩みが是非とも必要だからな。俺は俺で喜捨することによって徳を積むことができてハッピーだしよ。そうなると俺に突っかかって来た信者だかなんだかは鞭打たれることになるかもしれんが、それは言わば愛の鞭ってやつじゃないか?言い換えればそいつは教育なのさ。神様だろうが奴隷だろうがビシバシ叩いて上下関係ってヤツを教えないとな。分かるだろ?これは理想と現実のギャップが起こす摩擦なんだ。その摩擦の熱で一部の、ほんの一部のお偉い坊さんだけが暖を取るんだよ。震えるぜ」


「無茶苦茶言ってるが実際そんなもんだろうな。じゃなきゃこの壁の説明がつかない。涙じゃ腹は膨れないしもちろん壁だって完成しない。やっぱり聖なる金属とか何とか適当に理由つけてマネーの方を信者から徴収するより他ないもんな。よし、じゃあ壁も見たし早速情報収集に走るか?キーン、お前は逃走経路の確認をしてくれ。チャンネリは装備のチェックとギルドあたりで厄介なヤツがいないか見てくれ。俺は適当に奴隷でも買って聖域内部を調べさせることにする。日が落ちたら宿で一緒にメシを食おう。いいか?」


「ああ」


「うん」


今は聖域の結界を越えられないから奴隷を使って内部調査をする。ギルドを使った情報収集は足がつくからパス。逃走経路の確保は当然の保険だ。俺の「転移」が使えない状況なんていくらでも起こり得るから実際のルートを確認しとかないとね。


ひたすら歩いて町の様子を確認していくが・・・こりゃ1日じゃ無理だな。とりあえずいくつかの走りやすいルートを見つけておこう。うん、この町でも家を買うかな。いざという時に逃げ込める場所が欲しい。「共鳴」でシュラーと相談するか。


(シュラー。この町で家を借りるか、買っちまおう。なるべく目立たないところでさ。隠れ家ってやつだ。どうだ?)


(あぁ、そりゃいいな。金は十分ある。とりあえず借りれる場所を当たってみるか。奴隷は5人ほど買ってもう聖域に送り出したから、家探しは俺がやるよ)


(早いな。じゃあそっちは頼んだ。チャンネリはどうだ?順調か?)


(うん。ギルドには大したのいなかったよ。でも町で何人か気になった人いた。わたしたちみたいに変身の魔道具を使ってるみたいだよ)


(そうか。そりゃ俺達みたいな聖域襲撃者だな。一応は敵じゃないから放っておこう)


(わかった。わたしは他のギルドを回りながら必要なもの買って帰るね)


その後、日が暮れるまで町を調べて宿に戻るとふたりは既に部屋でメシを食っていた。俺の分もあるけど・・・それもう冷めてるんじゃない?


「キーン。遅かったな。先に食ってるぜ」


「キーンのも一緒に頼んでおいたよ。シチューとパン」


「ああ、俺はいいよ。後で食堂で食べる。先に今日の成果を聞かせてくれ」


冷めたシチューなんて魅力ゼロ。俺が美食家だったらテーブルをひっくり返して怒りの程を見せ付ける場面だが、食には大して興味ないからここは大人の対応をしよう。


「じゃあ俺からだな。奴隷に聖域を調べさせて中のことも結構分かった。一応簡単に見取り図も描いたから見てくれ。ここ。一番重要な御神体は中央の神殿の・・・ここだ。神殿の入口はこことここの2箇所だけ。それぞれ警備に騎士が6人も張り付いてる。これだけでも突破は容易じゃないだろう。それで神殿の内部に入ると水掘が不規則に張り巡らされていてちょっとした迷路みたくなっているらしいぜ。水堀は幅5メートルくらいで、橋は架かっているが人一人が通れるだけの小さい橋だ。もちろんそこにも騎士がいる。そんでダラダラと進んだり戻ったり曲がったり何度も橋を渡ったりして、くたびれた頃やっと御神体がある広間に到着ってわけだ」


「はぁ、バカデカイ神殿だな。今の話だけでもやる気が失せる。ちょっとした要塞みたいなもんじゃないか。結界があるってのになんでそんな騎士がいるんだ?」


「結界って言ってもそんな完璧なもんじゃないんだろうよ。俺達みたいなのは弾かれるとしても、ちょっとした悪人ぐらいなら通れるのかもしれない。そいつが魔法使いで、御神体を見た途端何かの衝動で魔法をぶっ放すなんてこともあるかもしれないからな。まぁとにかくかなりの戦力が神殿内部にはいる」


「わかった。続けてくれ」


「あぁ。広間の中央には御神体がある。ここには神官がうじゃうじゃいるみたいだな。お祈りしたり説教したりってな。もちろん騎士と衛兵も多い。それで御神体だが・・・デカイ木だとよ。高さ20メートルはあるっぽい。枝も太くて一年中緑の葉が茂っていて、そこから水滴が雨のように落ちるんだとさ」


「水滴が?」


「あぁ、相当な水量みたいだ。神殿内部の水掘はその御神体からの水を流しているらしいからな。この町はそんなありがたい水源を元に発展したようだぜ。キーンも町の様子を見ただろ?いたるところに水路があったはずだ。あれはそういうことだ。水を無限に生むなんて、ハンパじゃない利益になるし、それもただの水じゃなくて言ってみれば聖水だ。騎士や衛兵がわんさかいるのも頷けるよ。あれに何かあったら途端にこの町は干上がっちまうんだからな」


「20メートル・・・大木か。実際見てみないと分からんが水に濡れているなら火は厳しいか。チャンネリの波動拳でいけるかな?」


「普通の木なら倒せるとおもうよ。でも御神体だもんね。すごく硬かったらダメかもしれないし」


「だよな。シュラー、明日はその辺の情報を調べてくれ。御神体の硬さと・・・成長速度あたりか。俺が知ってる聖域も御神体が木だったが、定期的に枝を切ったりして手入れしてたみたいだからな。ここでも似たようなことをやってるかもしれない」


「わかった。それと家は候補を見つけておいた。明日時間を作って3人で見に行こう。とりあえず俺からは以上だ」


「了解」「うん」


「じゃあ、次はチャンネリかな」


「うん。わたしのは昼間共鳴で伝えた通り。でもひとつだけ変な話を聞いたよ。わたしたちの計画実行の日にね、外からいっぱい人がくるでしょ?」


「あぁ、何しろ降神祭とかってデカイ祭りだからな。遠くの町からも人がくるらしいぜ」


「うん。それでね。聖域関係者?みたいな人達も来るんだって。え?うん、そうだよ。たぶん巡礼者とかそういうのじゃないかな。うん。それはまぁ普通だよね?でもね、その中に救い主がいるんだって」


「え?なんだって?スクイヌシ?なんのことだそりゃ」


「だからー。救世主だよ。世界を救う人のことじゃないの?」


「は?救い主?救世主?チッ!ふざけた・・・あぁ!クソ!腹立つわ。なんだよ救い主って!シュラー、おまえ何か知らないか?」


「いや、俺も知らない。でも巡礼関係者なんだろ?救い主ねぇ。前にぶっ殺した影野郎みたいなヤツじゃないのか?お前が「転移」をパクったさ」


「ああ、あの改造人間みたいな連中な。ありゃ裏の人間って感じだったが、今度は表側の改造人間って話か?それにしても救世主とはな。景気がいいじゃねぇか。チャンネリありがとう。明日はそのご大層な聖人の噂を出来るだけ集めてくれないか?ホントにそんなのがいるなら・・・ハッ!どうすりゃいいんだかわかんねぇな」


「キーン。まずはもう少し情報を集めてからだ。なげやりになるな。相手からしたらお前だって相当嫌な存在だぞ?複数の魔法に鱗に魔道具。お互い様だよ。そして俺達が先手を取る。そうすれば救い主だろうが救世主だろうが関係ないさ。弱肉強食。そうだろ?」


「あぁ、そうだな。シュラー、お前が冷静で助かるよ。俺はもうどうやって死ぬかを考え始めるところだった。「転移」が効けばどうにでもなるし、ダメも・・・」


夜遅くまで3人で話し合いをして襲撃実行日までの予定を立て直した。降神祭まであと1週間ある。金はあるし時間もあるんだ。ここが死地だというならなりふり構わず無茶苦茶にしてやる。救世主?ダメだよアンタ。そんなのが本当にいるなら今のこの世はもっとマトモなはずじゃないか?これから救うって?あぁそれは勝手にやってくれよ。だが今まで俺が舐めてきた辛酸を無かったことには出来ないぜ?神様、御神体、守人、救世主。いくらアンタラが正しかろうが、俺は俺が育てた憎しみの分は取り返させてもらうよ?正しいかどうかなんて・・・そんなものすぐに考えられなくしてやるさ。

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