第154話 魔族との対話の続き

目の前の忌々しい魔族の野郎がいつの間にかどこからか出したティーセットでティータイム。砂糖は入れず、とことん香りを楽しみ束の間のリラックスタイム。お茶に罪はない。これを飲んだらまた嫌な現実と向き合おう。嫌だと言っても何も解決しないんだしさ。


「ごちそうさま。それで話の続きは?まだ何かあるんだろ?」


「ええ、はい。あるなんてものじゃありません。むしろここからが本題なくらいでして。なにぶん口から先に生まれてきたような私ですから、ついつい無駄話が長くなってしまうんですよ。そうでなくともキーン様との会話はいつまでも興味が尽きませんからなお更でございます。まるで赤子が母親の乳を本能で吸うが如く、あなた様は私からどんどん言葉を吸い上げてしまうのですから、これではもう私も調子に乗らざるを得ないじゃありませんか?本能ですな、これは!さて、話を続けましょう。私もそのような目で見られるのは本意ではありませんので。先ほどご理解いただいた通り、私はキーン様の左腕を切り落としに参りました。しかしキーン様は首を縦に振ってはくださらない。そこで私に代案がありまして、いや、つまり、こちらが本命だと、ええ、はい、先ほどはうっかり口を滑らしてしまいましたが・・・なに、簡単な話です。キーン様には聖域を破壊していただきたいのです」


は?こいつ何て言った?聖域を破壊しろ?そんなことが・・・クソ!それなら左腕をくれてやった方がまだマシだろ。魔法が無くなったって魔道具は使えるんだ。それだけで十分なアドバンテージが俺には・・・ダメだ。捨てられない。失いたくない。魔法を失うなんてダメだよ。でも、本当に聖域を?そんなことしたら今度はあちらさんと全面戦争になるんじゃないのか?


この町での生活は順調とはいえまだまだ支配なんて格好には程遠い。とてもじゃないが聖域なんてやばい力を背景に持った狂信者共と事を構えられる状態じゃない。一度始めてしまったら一方的に潰されて終わるだけだ。なんだ結局左腕を捨てる選択しかないじゃないか。あとはこの目の前のお喋り魔族を殺すって選択だが・・・それも聖域と同じくらいの泥舟のような気がするな。


しかもさ、聖域を破壊したいってぐらいならこの魔族さんはそこと対立する組織なり集団の一員ってことでしょ?そんなヤツラにもうバッチリ目をつけられてしまってる以上、ここでこいつを殺しても根本的には何も解決しないに違いない。


「なぁ、あんた。ゴールさん?それじゃあ俺には最初から決まってるようなもんじゃないか。聖域の破壊なんて・・・たとえ出来たとしても、そのあとのことを考えたら無理だろ?だったらこの腕をあんたに渡すしかない。あんたと敵対するのも先が見えないしな」


「キーン様の洞察力は千年先をも照らすようですね。しかし今は千年も先に行く必要なんかありませんよ。それでは少し進み過ぎになってしまいます。いやちょっとホントに進み過ぎですな。それは賢い人間に与えられた思考の穴ぼこというヤツですよ。巷ではそれを迂闊な人と評するそうですが、言いたい人には言わせておくことにして、まずはこちらに999年ほど戻って頂きます。つまり1000引く999で1ということでございますね。何事もこの1が肝心ではありませんか?一歩を踏み出すか否か!これがキーン様の見る千年先の正体と言っても過言ではないでしょう。そこで問題はその1になるわけですが、当然ですとも、当たり前の話でございます。争う余地などございません。私が!キーン様?あなた様を全力でサポート致します。当然過ぎて話すのが恥ずかしいくらいですが、これはもう当然ですからね。ええ、はい。当然ですとも。いやまったく!」


「サポートって?」


段々話を聞いてるのが辛くなってきた。もうこの話が終わるのならどんな条件でもいいから”うん”と言ってしまいたくなる程だ。これもこいつの才能か?無駄なお喋りを延々と続けて人をバカにしてさ。疲れたよ。


「乗り気になって頂けましたか?沈黙は金と申しますからキーン様の口数が少しずつ減っていることに関して、私は負けを認めましょう。簡単明瞭なキーン様のご質問はひどく私に響きました。これこそ正しい言葉の使い方というものなのでしょうな?私の負けでございます。ええ、はい。サポート、つまり支援の話でしたね?よくぞ聞いてくださいました。それは・・・こちらをご覧下さい」


魔族野郎の手のひらには一個の指輪。粒の小さい宝石らしきものものが輝いてはいるもののパッと見はそれ程価値のあるような物には見えない。どこにでもある、ありふれた安物の指輪といった風情だ。


「こちらの指輪は魔道具でございます。それも大変に貴重なものなんですよ。かの偉大な隠者、ゴルネロ・バーカが残した7つの遺物のひとつ・・・の模造品でございます。しかし模造品とは言えその力はまさに人知を超えたものです。なんとこの指輪は装着したものの姿を変えることが出来るという、驚天動地の力を持っておりますので。そしてこれは・・・キーン様、あなた様にこそふさわしい。いかがですか?この変身の指輪があれば・・・ねぇ?」


「聖域を破壊した犯人がどこの誰だか分からなくなるって?本当に?その偉大な隠者だかなんだかという人のことは全然聞いたこともないけど、世の中には色んな便利なものがまだまだあるんだろうってことは分かるよ。だからこそ聞きたいんだけど、その指輪を使って変身なんてしたところで、結局分かるヤツには分かるってことになりそうじゃないか?変身を見抜くイヤリングとかさ、あってもおかしくないんじゃないか?しかもターゲットは聖域だ。それぐらいの魔道具を持っていてもおかしくないって思えてくるし、どうせそこには神様気取りの守人がいるんだろ?やっぱりそんな指輪とやらが十分な保険になるとはとても思えないな」


「キーン様。それ以上は・・・お止しになっては?0か1ですよ?0か1。今がまさにそのラインの上なのです。0から1へのね。今のお話は私共に対する、そう、決別のようなものと判断すればよろしいのですか?つまりそちらの方に一歩踏み出すと?私共から離れて?聡明なキーン様におかれましてはもう未来がすっかり見えているのでしょうが・・・残念です。私は一度帰ってこのことを報告しなければなりませんので、ここで失礼させていただきますね」


「あんた、何を言ってるんだ。俺はあんた達と敵対する気はない。左腕を持っていけと言ってるんだよ。腕はもう諦めたよ。もともとの約束なんて・・・クソみたいなもんだ。それで話が済んだと思ってた俺がどうかしてた。さぁ、切り落とすならさっさとやってくれ。それでアンタとは永遠にさよならだ」


「私とキーン様の仲ではありませんか。さよならなどと言ってもすぐにまた仲直りできますとも。そういう意味で私はいま非常に嬉しいんですよ。私達の距離がまた少し縮まったということですからね。ケンカしたら仲直り。ええ、はい。実に結構で。左腕の話などはお止め下さい。これは私からの忠告ですよ?ええ、はい。今度は友達としての忠告ですな。たとえあなた様がその左腕を捨てたとしても、それどころか右腕までつけて持っていけと仰っても・・・さよならなんてことにはなりそうにありませんよ?ええ、はい。また私は伺いますとも。どうしてキーン様を放っておくなんて事が出来るでしょうか?まさか!出来ませんとも!私はきっとすぐにさびしくなって直ぐにキーン様に会いに来るでしょう!これはもう間違いありません」


なんなんだコイツは!最初は腕を切り落としに来たとか言っていたのにもうそんなことどうでもいいと言わんばかりじゃないか!タチが悪いよ。完全に絡まれた。後は俺から搾れるだけ搾り取ってやれという心積もりなんだろうな。


これはもう俺の完全敗北だよ。やはり世の中、弱肉強食。力のある者は下から無限に搾りとるんだ。俺がちょっとぐらい力をつけたってそんなものは微々たるもの。それでもなお上を目指そうとするなら、このクソみたいなお喋りシナリオ作家の言う通り動いて、どこか途中で裏をかくなんて宙返りを決めなきゃいけないわけか。


お喋り魔族のゴール君はそれから少なくとも1時間半は喋り続けてやっと帰ったよ。え?話し合いは結局どうなったかって?そんなの決まってるさ。ほら、俺の指に嵌ってる指輪が見えるだろ?これで変身して悪の組織に立ち向かうヒーローよろしくの活躍をするんだよ。


もちろん俺はヒーローじゃないし、むしろその逆に近い野郎だ。お約束に従えば俺は噛ませ犬って役柄を与えられた操り人形みたいなもの。それで活躍?笑っちゃうよね?それでもしなきゃ死ぬんだろうし、出来ても・・・どうせ奴隷みたいなもんさ。いやもう精神的には奴隷だよ。ホント楽しすぎて頭にくるぜ。

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