第133話 シュラーのダンス

シュラーの手のひら返しは清々しいほど堂々となされた。


「俺がお前らを捨てて一人だけ幸せになることは今まで積み重ねてきた信頼関係という一点から言っても不可能だということは同意してもらえると思う。例え得難い人材でも心を大きく構えて外に気持ち良く送り出せる器の大きさを持つキーンには言うまでもないことだが、今回の場合はお互いにとっての不幸に違いない。お前らが御馳走を見てよだれを垂らしているのに、俺だけひとりウマウマやるわけにはいかないだろう?同じことだ。それはお前らが逆の立場でもそうだと信じているしな。ならば共に席につこうじゃないか?食事はみんなで仲良くしたいもんな。今回はちょっとボタンをかけ違えただけだろ?そんなことでいちいちイラついて服を破いていたらすぐに着替えがなくなっちまう。ボタンはかけ直せばいいし、パンツは二日に一回はかえたほうがいい。洗濯すれば気持ちがいいし、清潔にするってのは大事だからな。そうじゃないか?俺は何か間違ったことを言ってるか?」


何が言いたいのかよく分からんが、元通り一緒に行動したいという趣旨の発言なのだろう。シュラーにとってチャンネリはそれほどの存在なのか。”憎まれっ子世に憚る”なんて言葉が頭をよぎるがチャンネリはなんだかんだ言って周りに好かれている気がするな。憎まれっ子は俺か。


「お前が言いたいことはたぶん分かったと思う。これからも一緒にやっていこうって話だよな?俺もお前がいてくれると助かるよ。じゃあこれから南に向かうってことでいいな?」


ここでネチネチとシュラーの道化ぶりをイジってもいいことないから、最初から何もなかったことにしよう。シュラーの感情的なしこりに関しても問題ない。どこかでまた爆発するならその時がお別れの時になるだけだ。


「ああ」


シュラーの額に汗が光っている。やりきった顔しやがって、笑顔が眩しいぜ。


「チャンネリ。お前はなんで俺についてくるんだ?」


シュラーを間接的にいじることになってしまうが聞いておきたい。傷口が嫌な感じに広がるまえにという思いもある。


「だってキーンって見てて危なっかしいんだもん。わたしがついてないとすぐに死んじゃうでしょ?別にあれだよ?お金とか、宝石とかそういうのじゃないよ?そう。そういうのじゃない」


実にかわいい女だぜチャンネリ。マネー印の瞬間接着剤の速乾性にはほれぼれするよ。相性さえ良ければ瞬きする間に強固な結合。そういうわかりやすい要求をしてくれれば話は早い。


「いま思い出したが俺いくつか宝石の原石もってるわ。なぜ今急に思い出したのか自分でも驚きだが、なんでだろうな?まぁ話のついでだが見てみるか?たとえばこのダイヤモンド。どんな色にも染まっていない無垢な子供の魂の欠片のようじゃないか?そしてチャンネリ、もしかしたらこれは元々お前の魂の一部だったものかもしれない。俺はそう思うんだが、チャンネリもそうは思わないか?」


チャンネリは俺の手のひらで鈍く光を放っているダイヤの原石を見てごくりとつばを飲んだ。


「うん。なんか胸がズキズキする。これのことかな?もしかして?私も知らなかった私の魂の欠片的な?」


「チャンネリがそう感じたならそれはそうなんだろう。俺もそれがそうじゃないかと思っていたんだ。それがそうなら早くそれに気づくべきだった。それはそうだろう?遅くなって悪かったな。この魂の欠片は元の持ち主に返そう。ほら」


チャンネリがお金や宝石だけを求めているとは思えない。こいつはひとりでも稼げるヤツだ。きっとこいつなりの理由が別にあるんだろう。ただ宝石が欲しいというなら躊躇なく与えるべきだ。正直チャンネリの戦闘力があるのとないのとでは雲泥の差だもんね。


もう時代が変わったのだ。チャンネリ以前の俺なら何の疑問もなかったがチャンネリ以後の今となってはこれはもう・・・おわかりでしょう?


「キーン。キーン?お前・・・それなんなの?宝石をプレゼントって・・・婚約的な・・・そういうこと?そういうことなの?」


え?婚約?何いってんだこのバカは。浅黒い顔がやけに煤けて見えるぞ。くだらない妄想を止めないと人生に悲観して死にそうだなこいつ。しかも早速俺に対する憎悪を燃え上がらせているようだ。あたたかいなぁ。


「シュラー。なにをどうしたらそんなことになる。俺が勘違いして所有していたものを本当の持ち主に返しただけだ。ただそれだけで他に意味なんかない。そうだよな、チャンネリ?」


「うん。キーンの言う通りだよ。ぜんぶキーンの言う通り。そう」


2回言わなくていいのに。あーあ、なんかシュラーを無駄に傷つけてしまったか?まぁいいか。どうせ俺とチャンネリの関係はシュラーが懸念するようなものではないし。


「シュラー、分かったか?勘違いするなよ。俺はお前の邪魔をする気はない。いい加減その目はやめろ。ムカつくよ。お前が仲良くしたいって話をしてから何分も経ってないのにさ」


「ああ、わかったよ。契約更新料みたいなもんだろ?だったら俺も貰えるんだろ?」


ほう、悪くない。分かりやすい区切りをつけて話しを終わらせようってことだな?俺とこいつらの間には魔道具譲渡による5年の雇用契約的なものがあるから更新料どころかむしろこちらがもっと何かしら要求したいところではあるがお小遣い程度ならいいだろう。


「ほらよ。銀貨三枚だ。はしゃいですぐに使い切るなよ?」


「おい!チャンネリにはダイヤの原石で俺にはこれだけか?扱いがひどいだろ」


「シュラー。不満があるなら魔道具を置いて気持ちよくお別れしよう。最後の思い出くらいはお前の笑った顔を記憶しておきたいものな。それとも何か?魔道具に対する俺の価値観がお前とはかけ離れているんかな?」


うぐぐと唸るシュラー。


「でも実際チャンネリとの扱いが違いすぎる。俺はそういうデリケートゾーンの話をしてるんだよ!かゆいところに手を届かせてこそ気持ちよく付き合っていけるんだろうが!」


「お前はさっき一度パーティーを離脱したよな?俺はそう認識してるよ。一旦抜けてすぐ戻ったとな。なんだったら俺の方から魔道具契約の違約金を請求したいところだなんだよ。5年だったはずだろ?そうじゃないか?」


フンフンと鼻息が荒くなっているぞ?頭のいいバカを演じてるうちに本当にバカになってしまったか?あるいは嫉妬で頭に霧がかかったか。


「わかったよ!黙ってハイハイ言ってればいいんだろお前は!」


いやぁ。こんなやさぐれたヤツと一緒に旅するのはやだよ。もちろんシュラーがさっぱりした性格だってことは分かってるんだけどね。売り言葉に買い言葉。ちょっと進みすぎたな。これ以上は楽しくもない。


「・・・」


こういう時は黙るに限るな。大人ぶって折れてやるつもりはない。そんな我慢をするくらいならとっくにこいつとは縁を切ってる。シュラーも分かってるからこれ以上は何も言ってこないだろう。ノリの悪いヤツだくらいは思ってるかもしれないが。ちょっとした青春劇の一幕に時間を割かれてしまったが、仕切りなおして南へ出発となった。


「ゴキャア!シュキャー!」


森の方からおぞましい叫び声が聞こえてくる。ゴブリンの大将張り切ってるな。早めに逃げておいて安心安全。バリバリ気合が入ってる魔法使いゴブリンを相手にするなんてどうかしてるもんね。


シャチョサン、ソレダメヨ、アレアブナイヨーなんて片言の日本語を巧みに操る抜け目ない外国人の声が聞こえてくるようだ。なぜだろう?これが天の声ってやつか?


しかしあのゴブリンの鳴き声。皆殺しだ!血の宴だ!なんて叫んだのでは?と俺的脳内翻訳機が告げてくる。案外そう外れてないかもしれないぞ?


今日のおやつは人間の肉まんじゅうだ!帰ったら血をあびるほど飲んでやるぞ!じゃあお前らの活躍を祈って乾杯!なんて叫んではいないだろうな。あの叫び声とじゃ文字数が違いすぎるし違うよね?


でももしかしたらあのゴキャアのゴの部分だけで「今日のおやつ」という一つの単語かもしれない。さすがゴブリンさんだぜ!言語レベルがパネェな。


冗談はさておき、戦場からナイスタイミングで身をかわした俺達は順調に徒歩の旅にスライド。隣町なんて危ないからいくつか先の町を目指すことにする。ウナ達は今頃死闘を演じているのかな?もう二度と会うこともないだろうが、嫌いじゃなかったぜ。


そのうちどこかで今日の戦いの結果も耳に入ってくるかもしれない。もし騎士が全滅なんてことになったら、その噂は一気に広まるだろうからな。そしたら町長は処刑台直行だな。いやその前にゴブリンに食われてるかな。


ハッハッ!魔物も奴隷も関係ない。弱いヤツはそこら中に存在する欲望に食われて消化され、生きている者の栄養になる。逃げようが生き残れていればいいのだ。


ずっと未来には平和な世界になっているとしても俺には全く、これっぽっちも関係ないもんね。そんないつとも知れない未来の平和に少しでも志を繋げるために自分を犠牲にして頑張る?ハハハハ。マンガじゃねーんだからさぁ。


俺は俺の生きてる範囲だけが平和だったら後はどうでもいいっす。自分勝手過ぎる?いやいや、多くの人間が俺と似たようなことを考えているだろう。だから自分の平和の砦に悪意とともに踏み込んでくるものを排除しようと争って、そしてそれはいつまでも続いて・・・。


ふぅ。俺の頭では複雑な世界情勢だの、人間同士の暗く陰湿な性質からくる争いだのはもちろん、ピンからキリまである理想だの思想だのなんて理解のしようがないな。シュラーとチャンネリだけでももてあまし気味の小人なんだからさ。


そういえばギルドの外で俺を監視してたっぽいヤツはなんだったのかな?町を出た今となってはどうでもいいか。すっかり忘れてたわけだし、あれから何もないし。ただの俺の勘違いだったかな?


いつも以上に魔物を警戒しながら二日かけて隣町に到着。ギルドでゴブリン叩き作戦の情報を売ってからぐっすり一泊。朝からすぐに移動を開始してまた二日かけて次の町へ。


二つ目の町ではさすがに早馬に追い越されていてギルドで小銭稼ぎは出来なかったが、逆に小銭を払ってゴブリン叩き作戦の続報を手に入れた。


洞窟に出張った騎士はほぼ全滅したらしい。洞窟内は単純な一本道だったが簡単な罠らしき跡が多数あり、それに気を取られているうちにゴブリンがウジャウジャと前後から殺到してきてすり潰されたようだ。


そう。洞窟の出入口は二箇所あったのだ。さすがの騎士様も数で勝る相手に挟撃までされてはどうしようもなかった。なんとか血路を開き二名のみが洞窟の外へ脱出。命からがら町へ戻り町長へ報告。


今のところ町への直接的な被害はないようだが、大半の騎士を失ってしまっているのだから攻められたらどうなるかわかったもんじゃないな。逃げてよかったぜ。出入り口の数を見誤ってたなんてひどすぎる。あのまま付き合ってたら酷いことになったに違いない。


話しを聞きながらシュラーは横で渋い顔をしていた。俺と目が合うとプイとどこかへ行ってしまった。困ったちゃんだな。こんなもんに正解なんてないんだ。逃げなくてもすぐにどうこうなる訳ではなかっただろうし、逃げたことによってゴブリン以上に厄介なことに巻き込まれるかもしれない。


シュラーは”逃げてばっかりで何になる”というような事を言っていたが、俺は逆に聞きたいよ。お前は一体何になりたいんだと。


シュラーの人生の可能性まで否定するつもりはないが、俺は自分の可能性とやらにそれほど期待していない。「自宅」が今もあったらあるいはもの凄い偉人とか英雄的なものになれたかもしれないが、ないものはないから可能性もそれに準ずる。


シュラーよ。若者らしく夢を見るのはいいが、その夢を買うための代価を俺から引き出せるなんて思ってもらっては困るよ。そういうことならやりたいことは俺抜きでやってよね?


でも成功したら俺のことを思い出して欲しいという欲もある。そういう意味では優秀なやつを敵に回したくない。シュラーのフォローをどうするか少しだけ考えてみるか。必要経費と割り切ろう。領収書ください。


ひとりぶらぶらしてから宿に戻って、ふたりの帰りを待ってから夕飯に誘う。適当に料理と酒を注文してパクつきながら最近のことを振り返ってみる。


「シュラー。お前の言ったことを考えてみたよ。正直俺は現状で結構満足してるんだ。けどお前は不満が大分溜まっているんだろ?それも俺に対してさ。このままじゃ俺達は近いうちに分裂ってことになりそうだ。だから聞いておいた方がいいと思ってな。シュラー、お前は何かやりたいことがあるのか?目標とか目的とかそんなものでもいいんだけど。今までは俺の勝手で行動してきたが、お前がいいアイデアを持ってるならそれに乗っかってもいいと思ってるんだ。どうだ?」


「キーン。よく聞いてくれた。俺という男の輝き。今こそお前も知るべきだな。眩し過ぎて直視できなかったんだろ?あいや暫く!みなまで言うな。ここはお前の成長を素直に喜ぼう。お前の兄代わりとしては嬉しく思うぞ」


また面倒くさいテンションだなこいつ。急に兄代わりとか言い出したぞ?少しは機嫌が良くなったようだからこのまま気持ちよく泳いでもらおう。エールのおかわりを先に注文させてね。とりあえず俺達の未来に乾杯だ!

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