第134話 じゃあこうしよう

「いやいやいや。そうじゃない。キーン。聖域だよ聖域。まぁそれは理想だけどな。現実的には一度どこかに根拠地を構えてさ。仲間と金を集めて力をつける。情報も集めてまだ埋もれている聖域も探す。上手くいけば俺の故郷のようにほぼ独立した勢力を作れるんだぜ?やりがいあるし楽しそうだと思わないか?そうやって安全を確保しながら皆でハッピーに暮らすんだ。悪くないだろう?」


うん。確かに悪くない。昔の俺なら碌に考えずにすぐにその話に飛びついていただろう。しかしシュラーは故郷に戻ればもう整った環境があるのになんでわざわざ苦労してそんなことがしたいんだろうか?若いから?自分の力で成し遂げるんだという野望?


「でもお前、何年かしたら自分の一族のところに戻るんだろ?」


「なんの芽も出なきゃな。上手くいけばそのまま独立するさ。キーン、お前はその身に沁みてわかっているだろ?どこの国も平民より下は守ってもらえない。安心して暮らすには力がいるんだよ。この間のゴブリン達は騎士を全滅させたって話だった。そんなもんさ。町一つに対抗するくらいの力なら努力次第で作れると思う。お前のその首輪は飾りじゃないんだろ?奴隷に燃やされた町。それも現実だ。計画さえしっかりしてれば出来るんだよ。ダメか?俺がバカに見えるか?遠慮はいらない。真面目な話だからな」


イメージは出来るがいまいちピンとこないな。埋もれている聖域?町一つに対抗する力?それが安全に暮らすための手段だってのか?まぁシュラーの青いエネルギーが求めるベクトルがそんな夢を自身に見せているんだろうことは分かる。


「お前が言いたいことは何となく分かったよ。ダメかどうかなんて俺には分からんし、お前をバカだとも思わん。しかし随分大掛かりなんだな。どっか治安のいい、魔物の脅威もあまりないところに家を買ってのんびり生活するっていうのじゃダメなのか?金はあるんだし、足りなかったら少し頑張ればすぐ稼げるだろ?力をつけるってのは俺も大歓迎だけどそれって簡単じゃないし、目立つと面倒なことにならないか?個人ならともかく、お前が言ってるのは集団なんだろ?」


孤児院時代はそれなりに平和だった。力を持つのも一長一短がある。もちろん俺は柔和な家畜のような生活はしたくないし、憎悪と契約したからには簡単に剣を捨てることなんてできはしない。


「ああ。ある程度まとまった数の集団だな。お前の、どこかいい場所を見つけてのんびり生活っていうのも魅力的ではあるが。だがそんな都合のいい場所があるのか?あったとしてそれを見つけるまでに何年かかる?その間に殺されてるんじゃないのか?あるいはすぐに見つかるかも知れない。けどどうなるかは分からないんだったら俺は自分の力で家を建てて居場所を作りたい。数が欲しいのもな、お前ほどではないだろうが俺も国だとか貴族だとかを全く信頼していないんだよ。くだらない横槍でつつかれないようにするには数はやっぱり必要だ」


ふむ。一理あるな。しかし聖域なんてものの方が数十倍見つけるのに苦労するだろうな。今それを言ったらシュラーはむきになりそうだから言わないけどさ。それに俺はいつまでもこの3人でいれるとは思っていない。なんとなく別れたり、ケンカしたり、誰かに殺されたりで、末永く3人仲良く暮らしましたなんてハッピーエンドはないだろう。


「なるほどね。俺は山でキノコでもとりながら暮らしていければいいと思っていたんだが・・・。そう言われてみるとお前の考えも悪くなさそうだ。どうしてもキノコをとらなきゃいけないというわけでもないしな。それともキノコはやっぱりとるべきか?どうしても?いやごめん。で、お前の言う"埋もれている聖域"って何の話だ?そんなものが本当にあるのか?」


ほじくり返すのはやめようと思ったが聖域関係は無関心ではいられない。面倒だなと思いつつも聞きたくなっちゃうよ。


「あるだろうなってレベルだよ。俺の故郷もそうだけど、世間とは一線を引いて暮らしているところもあるだろうし、人がまだ入っていない場所もあるだろうと踏んでいる。人の営みが絶えた聖域とかな。ありそうじゃないか?」


なんだ完全に絵に描いた餅じゃんすか。ちょっと期待したんだけど、そんな甘い話はないんすね。そりゃそうだよなぁ。しかしシュラーがやる気になってるならそれはそれでいいか。


「シュラー。そっち方面で何か噂とか確率高そうな場所とか探せないか?既知の聖域とか隠れ里的なものじゃなくて、人がいないようなさ。普通に考えれば人が近づけないような厳しい場所とかそういう感じの場所になるかも知れないが情報を集めて欲しい。拠点の話は悪いがちょっと待ってくれ。もしお前の目にかなう人材がいたら誘ってくれて構わないけどまず聖域を探してみたい。どう?」


「分かった。俺の考えたものとはちょっと違うが目標があるならやる気も出てくるぜ。俺が言い出してなんだが聖域探しは確かに難しいとは思う。けどその間に別のいい場所が見つかるかもしれないしな。パーティーメンバーは俺の判断で増やしていいんだな?」


「ああ、お前の判断に任せるよ。もちろん事前に話は通してくれよ?チャンネリは?なんかある?」


「人増えてうるさくなるのはイヤだよ」


こいつはホントにあの一族の生まれなのか?結構自分の殻に閉じこもっちゃうんだよなぁ。俺もそうだけどさ。


「チャンネリ!俺達の根拠地を作ろうぜ!最初はちょっとうるさくなるかもしれないけどすぐに慣れるさ。お前だってずっと旅しながらふらふらするつもりじゃないだろ?足場を固めてからまた旅に出たっていいんだしさ!俺達の故郷みたいな聖域が見つかれば最高じゃないか!」


シュラーが俺達の根拠地と言った瞬間、そこに俺は含まれていなように感じたが、青臭い感情の稲妻を浴びて照れた感じを演出しつつ少しだけシュラーに微笑む。ヤル気スイッチをわざわざオフにする必要はないし。


「キーンがいいならいいけど、わたし我慢しないからね?」


シュラーは大丈夫、大丈夫と必死でチャンネリに熱い想いを語っている。続きはまた明日といってエールを飲み干し、俺はひとり席を立って就寝タイム。シュラーには目線で頑張れとウィンクしておいた。


次の日からヤル気満々な浅黒男が動き出した。周辺国のものから始まって町や村の情報を集め、仲間になってくれそうな優秀な人間がいないかも探す。


冒険者を中心に奴隷まで含めて幅広くよさげな人材に目を走らせている。俺達には拠点がないので大人数は集められないが冒険者パーティーの一員として数名だけでもスカウトするつもりのようだ。


町から町へゆっくり移動しながらシュラー君は目をキラキラさせて活動している。

人はパンのみにて生きるにあらず。命の燃焼速度が速いこの世では特にそういうことなんだな。


俺とチャンネリは戦闘訓練と狩りをしながらそんなシュラーの様子を見ているだけ。特に手伝いもいらないみたいだし、こちらから積極的に動くつもりもないので当分はこれでいいかな。


シュラーが動きを活発化させてから今のところまだ仲間は増えていない。優秀な人材はそうそう見つからないし、そういうヤツは既に自分の場所を持っていたりする。ルーキーか引退間際のベテランあたりが狙い目なようだがスカウトは難航しているようだ。


1つの町に大体一週間ほど滞在して町並みに慣れた頃に次の町へ移動。南はまた砂漠地帯になるようなので西へ進路を変えた。また山ばかりの景色になったが砂漠に比べたら月とスッポン。採取や狩りも平地とは違う楽しさがある。


大きな町なんてないから人がたくさんいることもなく、見慣れぬ魔物の危険は常にあるが、下手に町で暮らすよりこっちの方がよほど平和なんじゃないかと思う。


山の集落で世話になっていた時はなんでこんな危ないところで暮らしているんだろう?なんて思ったものだが、多少の不便はあるもののそれとは比較にならないメリットがあるんだと今なら分かる。


聖域のアテが外れたら次の候補は山にしよう。そりゃ過酷な環境になればなるほど人の脅威は減るけど砂漠とかはさすがに無理だ。その点山なら多少の経験もあるしちょうどいいかもしれない。適当なタイミングでシュラーとチャンネリにも伝えておこう。ついでにキノコの恐ろしさも教えてあげないとな。


あいつら山は初めてのはずだ。森とはまた一味違うぜ?転んで山肌を滑り落ちて再起不能なんて本気であり得るからね?っていうか聖域なんてもうどうでもいいんじゃないか?むしろ山で暮らしていくのがベストかもしれない。どうしてもキノコをとる必要さえあるような気がしてきたぞ?


シュラーに言ったらキレられるかな?でもあいつが言ってた当初のプランに近いものになるんじゃないかな?人探しは難しくなるかもだけど、山を下りれば探せないことはないわけだし。空き家の聖域を夢想するよりはだいぶ現実的だ。


それにしても誰だ?聖域を探そうなんて言い出したのは?実に怪しからん。今だって情報の切れ端すら得られていないんだぞ?シュラーの巧みな誘導にハメ殺されたな。ヤツに著しく思考を限定させられた疑義あり。


聖域なんて高望みしなくても、安全地帯を確保できればいいのであって、たとえば結界みたいなものをうまいこと都合すればイケイケドンドン展開になり得るはずだ。もちろん魔法的結界なんてなかなか用意できるものではないだろうが無人の聖域探しより・・・ねぇ?


ところでシュラーのプランを保留にして聖域とか言い出したのって俺だったっけ?違うよね?もしかしたらシュラーが共鳴の魔法を使って俺の無意識下の知覚に対してダイレクトにえげつない刷り込みを行ったかもしれない。


つまりサブリミナル的な?じゃなければあんなお花畑流の考えに俺がイエスというはずがない。ノウミソヲヒョウハクシテマッシロニシタイ。なんてね。責任の擦り付けは短期的にも長期的にもいいことないからやめましょう。


「シュラー、チャンネリ。山はどうかな?考えてみたら聖域なんてちょっとあり得ないよな。俺も反省したよ。だから山だ。どこかの集落に拠点を構えるか、集落の近くを新たに拠点化するか・・・。最初にシュラーが言ってた案に近くなるわけだけどどうかな?」


「キーン。お前にもやっと俺の背中が薄ぼんやりと見えたってことになるのかな?まだまだ蜃気楼のようにおぼろげなものだろうけどその見えたものを忘れるなよ?うん。いいね。えらいよキーン。よくぞ方向修正を決断した。単純なお前のことだ、山を見て思いついただけなんだろう?悪くない。いいよ。うん。いいね」


うざいキャラをゴリ押ししてくる理由はなんだ?いいねと伝えたいならいいねと言えば良いだけなのにさ。


「山賊になるの?わたしはイヤだよ。なんか汚いイメージだもん」


山賊?山に拠点を作って酒をかっくらってワイワイやってれば・・・山賊だと思われてもしかたないかもな。


この辺を誰が治めているのか知らないがいきなり新規の村的なものを作るのは無理があるか。まずはこの山で暮らす人達から情報収集だな。


いや、なんかそういうこと考え出すと改めて面倒になってくるな。自由気ままな旅烏生活にもすっかり慣れちゃったからなぁ。


まぁいいか。いざとなったら逃げてこれる場所を作っておくと考えれば必要な仕事なんだろう。いい感じの村を見つけたら、隅にでも家を建てさせてもらってそれで終了でもいいじゃないか。お金はあるんだしどうにかなるだろ。


シュラーが文句を言い出したらその家をヤツに管理してもらうなりなんなりして俺はひとりでまた旅に出ちゃえばいいや。うん。それがいい。


「チャンネリ。山賊にはならないよ。とりあえずいくつか集落を回ってそこのお偉いさんと話をしてみよう」


シュラーは俄然ヤル気になっている。彼のほとばしる若い情熱は獣のように単純で純粋に見える。だからこそ俺はシュラーへの嫌悪感の芽がむくむくと伸びるのをはっきりと自覚することができたのだろう。

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