第124話 砂漠のエサ
「この町で最後か。ここから西はドワーフの王国なんだよな?」
「あぁ。明確な国境なんてないが砂漠地帯はドワーフの国だ」
「ホントに地下に町を作ってるのか?」
「ああ。地上にはほとんど何もないんだ」
俺プラスふたりは砂漠を眺めながら雑談中。お金はあるので仕事もせずに町から町へ適当に移動してきた結果、カラッカラに渇いた砂の海にぶちあたった。
この砂漠地帯を越えるにせよ、迂回するにせよ装備を見直さなきゃいけないし、食糧とか水とかも欲しい。最寄の町で必要なものを買い、ギルドを覗いて面白そうな仕事がないか探したりもした。もちろん情報も買ったよ。
砂漠はドワーフの国。彼等は排他的で、人間が普通に訪ねても相手してくれないらしい。一部の貴族や商人のみが受け入れられているのみ。それも商売に関した最低限の接触ができるだけのドライな関係。
人族側から食料や嗜好品を、ドワーフ側からは武器や防具やその他便利道具類をという具合に交易が行われているようだ。それで独立を保っていられるんだからすごいよな。ドワーフには相当な力があるようだ。
「俺が行ったらその地下の町にいれてくれるかな?」
「キーンはドワーフの国に行きたいの?」
「うん。なんか面白そうだからな。ドワーフの作るものにも興味あるし。ドワーフ以外寄せ付けないっていうのもいいよね。もしそんなところに自由に出入りできるようになれたら色々便利そうだし」
「便利な場所っていうなら俺達の聖域だってかなりなもんだったろ?お前はそこから旅に出たんだから、何か他に理由があるんだろ?」
「ない」
「え?」
「俺にはご立派な目的はない。複雑な事情を背景にしたやらねばならないこと的なものもない。お前等が何かそんなものを期待しているならさっさと家に帰ってママの手料理を食べ、パパの肩でも揉み揉みしながらお小遣いをせびりでもしたほうがいい。俺についてきてもお前等の得になりそうなことはないと思うぜ」
「キーン。急にどうしたの?なんでそんなこと言うの?私から離れたいなんて思ってないよね?もしかして病気?もう治らないし、苦しんでる姿を見せたくないとかそういう?」
「シュラー。俺はこの町で準備を整えたらこのまま西へ行く。お前等はどうする?お前等だって何か理由があって村を出たんだろ?」
「チャンネリはどうか知らないけど、俺は暇つぶしで外に出たんだ。まぁ経験を積むためとか、金になりそうなものを見つけるためとか、色々理由は後付けできるけどな。それでお前についていけば何かあるかもと思ったんだ。でも今のところは何もないとお前は言う。とんだ期待外れのクズを掴まされちまったことになるな?どうしてくれんだよキーン。俺の気持ちを考えたことあんのか?」
「キーン。私のこと嫌いになったの?あり得ないことだと分かっていても聞きたくなることってあるよね?聞けないと私眠れないかも。私が眠れなくなってもいいの?だめだよね?だって私寝るの大好きなんだから」
砂漠に沈む夕日の何て美しいことか。キホーテを撫でながら、この光景を素直に味わいたい。勝手についてきて言いたい放題の男と何がしたいのか分からない女。こんな不純物が混じらなければ俺はもっとピュアな気持ちで感傷に浸れるはずだった。掴まされたのは俺の方じゃないか?
キホーテを連れて宿をとると、夕食は食べずに靴だけ脱いでベッドに潜った。夜中にドアを何度も叩かれて名前を連呼されたが無視。その間にあのふたりを撒くアイデアを練ることにした。
ヤツラは演技している自分と素の自分の境界を見失った"狭間に棲む者"だ。俺も若干そんな傾向を持っていたがヤツラほどではない。シュラーはあんなヤツじゃなかったのにどういうことだ?チャンネリとかいう悪魔の眷属に精神汚染されたのか?さもありなん。あれは虚無から生まれた感情を持たない人間の形をした何かだ。
ここまでの短い旅の間にもう完全に理解した。おそらく俺はまだチャンネリのほんの一部に触れただけだろう。だがそれで十分。これ以上何を知る必要がある?これまでの付き合いで完全かつ最終的な合意を得るに至ったのだ。何と?俺の精神の安定とだ。どんな合意に?それはつまりアンタッチャブル。触れたらアカン。
しかし俺は既にその底なし沼に一歩を刻んでしまっているのだろう。それでもジタバタせざるを得ないのが人間というものだ。ここから俺はチャンネリという獅子身中の虫との恐るべき闘いに身を投じる覚悟を持たねばならないが・・・もはや語るまい。
宿の食堂で朝食を食べているとシュラーが俺の向かいの席に座った。ようと声をかけたが無視される。
「キーン。分かっただろ?」
シュラーの言葉は唐突に放たれた。分かっただろ?ってなにが?
「何のことだ?」
「おいおい。ここまできてとぼけるのは男らしくないぞ。チッ!まぁいい。俺はもうこのことに関してはお前は分かっているものとして話をすることにする」
「アレのことか?」
「念のため言っておくぞ?お前はもう間に合わない。もう手遅れなんだ。気付いた時にはもう時は過ぎているんだ。俺と一緒だよ。諦めるんだな」
「俺はどこで間違えたんだ?何で俺なんだ?そもそもシュラー、お前がいるじゃないか。その上なんで俺まで?」
「キーン。俺にはそれが分かると?分かっていたら今頃俺はこんな所にいないだろ?ダメだ。もう遅いんだ。俺は村を出るときに村長から餞別を貰ったんだ。びっくるするくらいの額だったぜ。手切れ金なんだろうよ。つまりはそういうことなんだ。俺はもう簡単には帰れない。悲しいかって?もちろんだ。俺だってまだまだガキみたいなもんだよ。だがアレはそんなことを考慮しちゃくれない」
「シュラー。お前は俺の味方なのか?」
「そう思いたいならそれでいい。俺はとっくの昔に・・・心の内で・・・お前に謝っていたよ」
「そうか」
「ドワーフの国か。行くんだろ?楽しみだな」
「あぁそうだな」
あぁチャンネリ。アイツがそれほどの存在だとは・・・まんまとやられたな。シュラーも確信犯だったのかも。まぁいいさ。恐ろしく面倒なヤツではあるけど頼りにもなるんだから。シュラーとも一歩距離を縮められてよかったとしよう。
昼間の内に砂漠用の装備を買い整え、ギルドで新たに情報を仕入れた。キホーテは連れて行きたいが砂漠の環境に耐えられるとは思えないので売る。そのお金でラクダを買って同じくキホーテと命名。名残惜しいがサラバ友よ!町の近場の砂漠地帯で環境に慣れるための訓練を3日ほどしていざ出発。
「いくぞ、キホーテ」
砂漠の道なき道を進む。最初はちょっとテンションが上がったが、すぐにだるくなってきた。汗がものすごくうっとうしい。水をガブ飲みしたいが汗になるだけだし、もったいないから我慢。
「シュラー、キーン、見て見て。ラクダのよだれ。すごくねばねばして臭いよ。ちょっと拭くものない?」
汗もそうだがこいつも相当うっとうしい。シュラーとの話し合いではいつの間にか丸め込まれた気がする。冷静になって考えると擦り付けられた感がすごい。いいんだ。いいんだよ。無視だ。目を瞑って何か考え事をしてるふりをしよう。うん?
「チャンネリ。でかい魔物がくるぞ。砂クジラだ」
「どこ!ヤバイよ。逃げないと」
「もう真下だ!散れ!走れ走れ!」
砂の山がはじけてでかい口が俺達を飲み込もうとしてくる!この感じなら俺は大丈夫、ふたりの位置も捕らえている。砂に巻き込まれているが食われてはいない。
(逃げるぞ!早く立て!)
シュラーの魔法で頭のなかに声が反響する。チャンネリの心配は無用、一旦バラけて西で合流、か。クジラの位置を警戒しながら西へ逃げる。ヤツは食べた砂を背中から外へ出しているのか。あの体は剣ではまともに切れないと聞いていたがなるほどだな。体毛のようなものがびっしりと体を覆っている。
スピードはかなりのものだが小回りが利かないから奇襲さえ防げれば逃げるのはそんなに難しくなかった。もともと俺達を狙っていたわけではなかったのかもな。シュラーの指示を聞きながらふたりと合流する。
「やばかったな。俺の魔法ももう少し有効範囲が広ければよかったんだが」
「いやすまん。さっきのは俺のせいだ。もっと砂の動きに注意が必要だった」
「いいよ。あのタイミングでもキーンが気付かなかったら食べられてたよ。私もぼけっとしてたのは悪かったし、シュラーだけのせいじゃないよ」
チャンネリも普通にしてればなかなか話せるヤツなんだよな。しかし砂漠はやはり厳しいな。逃げただけで体力が一気に持っていかれた。キホーテが無事でよかった。自力での移動はすぐに死ぬぞこれ。
「最初のオアシスまではまだまだかかるよな?」
「ラクダで二日かかる。最低でも一回は夜をまたぐな」
「砂のなかは魔物でいっぱいだぞ。こちらを狙ってるのかそうでないのかもよくわからん。町付近とは大違いだ。地形の変化も想像以上。夜は厳しくなるな」
「そんなに魔物多いのか?ならお前の気配察知が命綱か。地形に関しては運だから仕方ない。が、こりゃちょっと砂漠を舐めていたか」
一旦引き返すかと聞かれたが答えはノー。引き返したところで装備は対して変わらないし、人を雇ったりするつもりもないからだ。冒険野郎は同じ道を2度踏まない。あちーあちーと3人で愚痴りながら出発。まだ一日も経っていないのに砂漠はもうお腹いっぱいです。
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