第125話 うねる砂
この砂漠では大型の魔物が威勢よく砂の下を泳いでいたりするので結構頻繁に地形が変わります。向こうに見えていた山がいきなり消えたり、足元から急に砂が噴き出してきて山になったりと大忙しです。
この地形の変化は砂漠生活が長い熟練者でもなかなか読めないそうです。そして有効な対策はなし。空を移動するのがベストなのですが、それを実現させるには半端ないお金がかかります。
魔法か飛べる魔物の調教。はい、現実的ではありませんね?商人はもちろんのこと貴族でさえもなかなか空の旅の実現はハードルが高いようです。
向こうの山だの足元に山だのと言いましたが、山があれば谷もありますよね?とすれば当然川も。もちろん砂の川です。流れの速さも相当なものです。砂の雨も降りますし、蟻地獄のようなものもありました。このように地形はさまざまな要因で複雑怪奇に変化していきます。
それでも我々は進まなければならない。なんのためにかは言うまでもありません。生きるためです。生きるためには進まなければならない。他の人達はどうやって進んでいるのか知る由もありませんが、たとえば僕、キーンの場合はどうでしょうか?
足元の砂が地盤沈下のように沈んであっという間に穴に真っ逆さまと思っていたらすぐにその穴に大量に砂が流れこんできましたね。そうです。砂漠に飲み込まれた恰好になります。いや喰われたとでも表現したいところです。一緒にシュラー隊員も飲み込まれたようですが、それはまた別のお話。いや冗談、同じ話です。
「チャンネリ、助かったよ」
俺達は砂に喰われたがチャンネリは身体強化を使ってさっさと現場を離脱したので無事だった。そのあとすぐに俺を助けてくれたんだが、どうやって位置が分かったんだろう?
「シュラーがなんかうるさいけどどうする?」
シュラーの魔法が絶え間なく頭に響いてくる。大まかに言うと助けてくれ!という意味にはなるのだが愚痴とも罵詈雑言とも取れる単語も聞こえてきていた。
「どうするって言ってもなぁ。俺は砂掘りにはあんま役に立たないよ?」
「なら行こうよ」
「どこへ?」
「ドワーフのところへ」
「え?シュラーは?」
「・・・」
「え?シュラーは?」
「砂掘りたいの?私は嫌だな。もう疲れちゃったし」
「俺だって嫌だよ。でもシュラー埋まってるし」
「私はもう無理。どうしたって無理。キーンのわがままにはもう付き合えないし」
「俺?」
だめだ。不毛だ。チャンネリは俺を助けてくれた。ならシュラーは俺の仕事か。
「わかった。チャンネリはそこで休んでてよ。」
シュラーは俺とチャンネリの会話を「共鳴」の魔法ごしで固唾をのんで見守っていたようだ。ちょっと前までうるさかったのに今は完全に黙っている。静かになったのはいいけど、まさか死んだか?
と思ったところで何か俺の体調を気遣う言葉をチョイチョイ挟んでくる。そうだ、シュラー。それでいいんだ。立場が人をつくる。俺は砂の上で、お前は砂のなか。ここではそれが全てだ。いいんだ。いいんだよ。そう、それでいいんだ。
シュラーのラクダは多分ダメだな。俺のラクダは俺よりもずっと下の方までいってしまったので既に諦めている。さよならキホーテ。短い付き合いになっちまったな。ここまでありがとよ。
荷物も半分近く失った。ちなみにお金は全部無事。これを失うわけにはいかないからラクダにのっけていなかったのだ。砂漠で金が何の役に立つか!と叱られそうだが、それはそれ。黄金は人を魅了する。お金で腹が膨れるか!なんて怒鳴らないでくれよ。みんなだって好きだろう?おかねがさ。
ひーひー言いながら砂を掘る。掘ったそばから砂が流れ込んでくる。これは・・・ダメだな。完全に俺の能力を超えた労働だ。
「チャンネリ。どうやって砂掘ったの?」
「・・・」
日除けにテントを張って完全に寝ている。これは・・・ダメだ。シュラーごめんね、ちょっと無理っぽいとご連絡。なんかギャーギャー言ってきたが無視。無理なものは無理だ。役立たずな俺を許してくれ。結構頑張ったのに全然掘れてる感じしないもんよ。俺だって別にいじわるでやらないんじゃないんだぜ?
日が傾いてきて少し肌寒くなってきたなと思ったら、どんどん空気が冷えてきた。すぐにシュラーが凍え死ぬと訴えてきた。うん、それは俺もそう思います。
「チャンネリ!チャンネリ!起きろ!シュラーが死ぬぞ!」
「マジで?」
「聞こえるだろ?息はできるようだがこのままじゃ凍死する」
「そういえばすごく寒い。穴は?」
「俺じゃ砂掘れなかったよ。お前どうやったんだ?」
「魔法使ったよ。はどーけん」
「え?はどー?何それ、そんなのあるの?あぁ、波動?波の?身体強化で?必殺技みたいな?」
「そうそう。私が作ったヤツ。すごい疲れるから滅多に使わないヤツ」
「マジか。天才だなチャンネリ。どんな技かは知らないけどネーミングもナイスだ」
「でしょ?急に思い浮かんだけど、私・・・思ったんだ。これだ!って」
「だろうな。それは天啓ってやつかもしれない。神の啓示だ。つまりお前のその技は神に認められし技ってことだな」
「そうなのかな?でね、キーン・・・」
ん?シュラーのなんとも憐みを誘う声が聞こえてた気がする。チャンネリもちょっと気まずそう。波動拳という心躍るネタに思いっきり引っ張られたな。こっちの引きが強すぎだからね。ちょっとシュラーを放置する格好になったのは俺のせいじゃない。
「チャンネリ。もう一度その波動拳を使ってくれないか?シュラーの位置なら分かるし、何より俺はその技を見てみたいんだ」
「言われなくてもやるよ。シュラーは私の幼馴染だからね」
おい、お前さっきまで寝てたよね?シュラーは捨ててふたりで出発しよう的な話までしてたと記憶してるが・・・俺の勘違いか?チャンネリも疲れが溜まってただけかな?
「キーン。見て見て!これが!私の!スゴイ!」
必殺技の準備に、何か"気"を集中するように目を閉じた棒立ちチャンネリちゃんの足元の砂がポップコーンみたいにはじけはじめた!かっこいいっす!
「はどーけん!」
叫びながら地面に普通にパンチ。え?なんかビームみたいの出るんじゃないの?青とか赤とかのエネルギーの塊みたいなさ?しかしチャンネリの突き出した拳のところから砂がどんどんはじけていって・・・砂に渦巻きが!チャンネリを中心に砂が思いっきり舞い上がって・・・大穴が空いたよ!
すごい!なんて感動してる場合じゃない。シュラーは無事なのかこれ!死んだ?いやチャンネリに殺された?おいおいシャレになんねーぞ!まさかあの女・・・シュラーを確実に殺るために波動拳なんてものを放ったのか?・・・なんちゃってシュラーが無事なのは魔法で見えてます。
早くヤツを回収しないとまたすぐに砂が流れこんでくるな。一メートル程砂をかいてシュラーの腕を発見、チャンネリに引っ張りだして貰う。
「よし登るぞ」
砂の急斜面を必死こいて登って穴から脱出。あーしんどい。まじだりー。いきなり日が落ちて暗いし寒いしでさー。
「た、たすかっ、かった。あ、あ、ありが、チャン、ネ、ネリ」
シュラーは寒さとその他色々な何かで死にそうにも関わらずチャンネリを称えている。その必死さが痛々しくて思わず目を背けてしまったよ。防寒着を引っ張りだして着込み、火を起こし、ごはんも食べないと。
さすがシュラー君は手荷物を全確保。ラクダに積んであった物も少しだが持っていた。しかし大事なラクダちゃんはチャンネリの乗る一頭のみとなった。そこそこピンチだな。
ここから引き返すのはもう無理だ。次のオアシスまで行った方が近いはず。方角なんかはシュラーに任せているけど合ってるんだよね?これで迷子になったら数日で・・・いや1日で死ぬな。水の量確認してないけど、最悪はもう一回砂掘りコースで水を探さないと。移動はラクダが足りない以上、夜の方がいいのか?
日中のあの灼熱のなかで歩きたくないよ。水魔法使いが切実に欲しい。一応町で探したんだけどね、いなかったよ。ホントはいたのかもしれないけど、ギルドでは見つからなかった。予想通りって感じ。
きついな。肉体的にも精神的にもヘビーだぜ。町付近の砂漠ではこれほどの地形変化はなかったのに。オアシスまで辿りついたら、金の力でゴリ押しできるかな?水が同じ重さの金塊と交換とか言われたどうしよう?そういうふざけた野郎は皆殺しだな。いや分かってるよ。ここでは水が金より輝いてるんだ。
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