第123話 西へ
あっという間に一年が経ち、15歳を迎えて成人になった。今いるこの国の法では成人の年齢がどうなっているのかは気にしないでおこう。だって成人したんだという気分が地中から這い出してきたセミの幼虫のようにムクムクと湧いてきて俺の枯れてカサカサになった心の木をいま必死になってよじ登っているのだから。
一応の誕生日ってやつのさ、昨日と今日で何が変わったというのでもないけどさ、ガキから一応大人扱いされる年齢になったと言う事実は、少しでも弱みを無くしたい俺からすれば結構大事だったりもするのよね。舐められる要素は消していかないとさ。まさか"もう既に何人も人殺してますよ"的な札を首から提げて歩くわけにはいかないでしょ。
え?成人年齢なんて誰かに聞けばすぐに分かるだろって?そういう水を差すような事言うなよ。まぁさ、もしこの国の成人年齢が18歳からというのなら俺は今から18歳と年齢を詐称すればいいだけのことじゃないか?俺の内なるセミはもう木を登り始めちまったんだぜ?今更思春期の中学生みたいにもじもじしながらジメジメ湿った土を掘り返して一人遊びの続きを続けるなんてことは不可能だよ。それが自然の摂理ってやつだろ?とにかく俺は俺の内なるセミの心に従うよ・・・。
いや、ごめん。面白くないし意味もよく分からない話はもう止めよう。ジザカンとの戦闘訓練は数日前に契約終了。まだまだ力が足りないのは分かっているが、このまま二年、三年と訓練を続けたところでどうせいつまで経っても満足なんかできるもんじゃない。
そうである以上どこかで区切りをつける必要があったわけだが、俺は一年で区切りをつけた。もう、そう決めちゃったのだ。1年だってそれなりの時間だぜ?でもまぁ、そうさ、そうだよ、いつもの見切り発車的いい加減さを発揮したんだよ。それでさんざん痛い目を見てきたけどそれでもじっと我慢なんか出来ないんだよ。
前世から考えれば2度目の成人を迎えようが、中身なんてそう成熟するもんじゃないんだわ。え?お前と一緒にするな?自分なら3年は頑張れる?お前の精神の未熟さはもう病気レベル?うん、それは否定できない。認めるよ。
あとでまたピンチになった時に”あの時もっと修行しておけば、せめてあともう1年だけでもやっておけば”なんて大学受験前の高校生みたいなもしも話をきっと語ることになるんだろうよ。
いいさ。それでいいよ。バッチ来いだよ。後悔とはあとでするもの。苦しい下積み時代を忍耐していつか大輪の花を咲かせるよりは、なんとなく曖昧な花を咲かせていつの間にか汚らしく散るってのが俺には似合ってるんだ。
さて、この1年の訓練では途中からシュラーとその幼馴染のイカレ女が加わった。ヤツラはヤツラで目的があって参加を求めてきたようだが。折角のマンツーマンレッスンに割り込まれた形の俺としては不満もあった。けど結果的にはタダでいい練習相手が見つかってラッキーだったと言えよう。
そして訓練を終えた俺は村長のところへお別れの挨拶に行った。そう、”お別れ”の挨拶だよ。そろそろ旅に出ちゃいます僕。俺の内なるセミが木をよいしょよいしょと上ってる以上、もう羽化までのカウントダウンに猶予はないもんね?この期に及んで木にへばりついたままぼんやりしてるなんてみっともないしさ。だったらすぐに行動するべし。
しかしまぁ、たまたま立ち寄っただけなのに随分長いこと世話になったと、村長の前で感極まったふりからのウソ泣きをかましてみた。そんな俺を村長は醒めた目で見ていたが、村にかなりの貢献をした俺の拙い演技に無言で付き合ってくれたあと、その程度の演技力ではここの子供でも騙されんぞとのありがたいお言葉を頂戴した。
一流の道化を自認してきた俺としてはそこまでひどいものだったか?と反発したかったが、国が違えば好みも変わる、これは文化的差異を考慮しろという助言に違いないと村長の言葉を自動翻訳することによってスムーズに自分を納得させることができた。
村で世話になった人達にも一杯おごりながら挨拶して回って、思い出せる範囲でのお別れの挨拶は終わったので、そのまま荷物をまとめてあっさりと村を出た。
愛馬のキホーテに跨り、ただなんとなく気の向いた方へ歩を進める。なんて気持ちのいい日だろう。ここ久しくなかった開放感に身を震わせる。聖域というセーフティゾーンを飛び出してしまった緊張感がいまは気持ちがいい。振り向いて後ろを見ると浅黒一号、二号がいる。ってえ?・・・なんでいるの?俺の見送りとか?
「シュラー。お前らもどっか行くの?しかもお前の横のヤツなんだよ」
「自分探しの旅にな、出ることにしたんだ。なぁキーン。俺は自分を探せると思うか?俺はさ、自分を探せるかな?」
おい。観光地ではしゃぎ過ぎて欲しくもないのについ買ってしまった木彫りの置物くらい処置に困る質問が来たぞ。っていうか俺の後半の質問は無視?お前の横にいるチャンネリの存在はシャレになんねーぞ?
スカした顔してずいぶん楽しそうだな。自分探しの旅だって?お前はそんな人間じゃないだろ。ここで真面目に返事をすると相手の思うつぼだ。
「さあな。知らん」
無視しても絡んでくるだろうから淡白に返事しておく。
「私も自分探しの旅に出るよ。途中でシュラーが死ぬのを見届けながら、それでも私は自分を探すよ。ね?」
ね?じゃねぇーよ!シュラーが死ぬのを見届けるってなんの話だよ。その話俺に関係ないよね?なんで俺に話しかけてくんの?ひとりで勝手にシュラーの死体でも本当の自分的な何かでも探してくれよ!
「おう。がんばれ」
チャンネリはじっとこちらを見ている。おい、怖いよ。こっち見んなよ。期待していた答えが得られなくて不満なのか?残念でした。お前達にこれ以上の餌は与えんよ。かまってちゃんには無視が一番。
「キーン、なんか冷たいぞ。なんだよその態度は。俺が勇気を振り絞って話したのに・・・おまえ・・・まさか、その袋・・・俺へのプレゼントを用意して・・・え?ちょっと待って、そういうのやめてよ。不意打ちだぞ!」
なんだこいつ?こういうノリするやつだったか?チャンネリがいるせいか、いつもより飛ばしてくるな。
「キーン。こんなゴミは捨てて早くいこ?」
いこ?とか言ってウィンクしたけど全然かわいくないからなお前?言ったら殺されそうだから言わないけど全然似合ってねーからな、チャンネリ?しかも何さりげなくついてこようとしてんだこいつ?俺とお前の間にそんな一緒に旅に出るほどの繋がりないよね?
「キーン!おま・・・まさか・・・チャンネリと?そういうことなのか?」
ニヤニヤしながら肩に手をかけるな!イラつくわーこいつら。そんな白々しい芝居じゃ客はついてこないぞ?
「二人ともじゃあな。俺もう行くわ」
キホーテを促して西を目指すことにする。パッカパッカと心地よいリズムで進んでいるわけだが、やはり同じようなリズムが後方から2つ聞こえてくる。
魔物の巣をトラップにしてあいつら撒けないかな?ダメか。ここら辺はあいつらの庭みたいなもののはずだもんな。ふたりの存在はなるべく気にしないことにして我が道を往くとしよう。とりあえず適当な町に行きたいな。
ちなみに首輪はいまだにつけたまま。もうすっかり体に馴染んでいる。体重は増えたと思うが身長は大して伸びてもいないので、首輪で首が絞まるということもない。このまま町に入ろうと思えばいちいち面倒なことになるだろうが、さてどうするか。お宝発掘期間は浅黒一族がいたからどうにでもなっていたが・・・。
後ろのふたりに頼ることはしたくない。面倒回避よりも首輪を選んだのは俺だ。自分でなんとかしなけりゃならん。小さい村でも見つけたらためしに寄ってみるか。
そんなこと考えながら数時間、数日と歩みを進めてみると立ち寄る町ごとに面倒な問答を繰り返しはしたものの、大きな問題にはならなかった。俺にはお金という黄金の力があるからね。
すっとぼけた顔で相変わらずついてくる二人組みのお陰で面倒が避けられたということはないはずだ。旅に出てからもう4つの町を通過したわけだがヤツラは一向に帰ろうとはしない。。
食堂では同じテーブルに座り、宿も同じところ。当たり前のように俺の注文した料理をつまんでるけど、それ俺のだからね?ふたりの目的はいまだによく分からない。行き先がたまたま俺と同じなんてことはないはずだし。
「おいシュラー。自分探しはどんな感じだ?」
「なんの話だそれ?俺の他に別の俺が?どこかに・・・いるのか?」
「お前そうやってタメるの好きだよな?チャンネリの影響か?」
「バカ!寝た子を起こすようなマネをするなよ。その名は呪われし者の名だぞ!」
「キーン。シュラーの死体が見つかっても私を疑わないよね?ね?」
「あぁ。もちろん見なかったことにするよ。俺の命も危ないし」
「おいおい。穏やかじゃねぇな。ふたり共そんなに俺が嫌いなのかよ?」
「・・・」
「そうか。お前等の気持ちは分かったよ。だが俺は諦めないぜ?キーン、チャンネリよく聞けよ?お前等はクズだ。人が持っていて当然のあたたかい心を自分から捨てた一種の化け物だ。俺はそんなお前等をお前等自身から救ってやるためにここにいる。わかるだろ?俺は嫌われてもいい。だが俺の気持ちは裏切らないでくれ!」
横にいるチャンネリと目が合った。その瞳は底なしに暗い。俺は首を振ってみせるだけで精一杯だった。次に日に会ったシュラーは見るも無残に全身を腫らしていたが、俺はそれを見なかったことにした。
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