第122話 もしもしこちらチャンネリです

褐色の肌に滴った汗を手の甲で拭いながら女は足元のゴミをつま先でもてあそぶ。目線は定まらず口は半開き。この女の表情から感情を読むのは難しい。


「水を・・・くれ。チャンネリ・・・チャンネリ?」


呼ばれた女はあたりをきょろきょろと見回して声の主を探す。


「え?え?なんか声が聞こえたよ。もしかして・・・このゴミから?え?え?」


「そういうのいいんだよ。早く水筒をよこせよ」


「え?私の名前を?マジマジ?これは・・・村長案件だよ。喋るゴミが私の名前を呼んだ!」


チャンネリはすたすたと歩き去っていった。喋るゴミ呼ばわりされた男、シュラーは力の入らない足をプルプルさせながら少し離れた場所に置いてある水筒を拾いにいく。


「きついわー。そして思ってた以上に体がなまってる」


キーンに感化されてかただの負けず嫌いか、シュラーは最近さぼっていた戦闘訓練を行っていた。訓練の相手は先ほどの女、その名はチャンネリ。シュラーの幼馴染である。


彼女は幼い頃から戦闘方面にその才能を開花させ、その流れで魔法も身体強化を選んでいる。対するシュラーは完全に後方要員。魔法も「共鳴」という電話のように相手と通話できるというもので、多少レアな魔法ではあるが戦闘には向いていない。そんな二人が戦えば結果は言わずもがな。ゴミと呼ばれても言い返すことさえできない。


しかし最低限の自衛ができればいいと考えているシュラーは幼馴染にボコボコにされることぐらいでは動じない。相手の土俵で戦っているのだから当然。むしろいい訓練ができたと喜んでいるくらいだ。


「しかもあいつ、あのタイミングでかよ」


ただシュラーがきついと嘆くのは自分の土俵でも己の技が通じないということ。頑張って磨いてきた対人コミュニケーション能力や、情報収集からの弱みへ一刺しコンボがチャンネリには通じないのだ。


自分の持っている武器がいつものように輝いて見えない。まるで無価値なガラクタみたいだとシュラーは一旦自嘲モードに入り、またすぐに気持ちを切り替える。


「あいつの演技は白々しい。あからさま過ぎて突っ込む気にもなれない。あいつはそれを意識的にやってるんだ。わざとそんな見え見えの言動を重ねてよ、でも結局如何ともしがたい。そんな雰囲気があいつにはある。チッ、まったく」


水をごくごくと飲みながらシュラーはいつものように諦める。チャンネリは気分屋だ。いきなり訳のわからないことを口走る。急に話が通じなくなり、なんだ?と思っているといつの間にか憎たらしい演技を開始している。


チャンネリがああなってしまったらまともに相手をしようとしても無駄なのだ。そのことはもう嫌というほどの経験の積み重ねから骨身にしみて分かっている。


しかし得意分野での駆け引きが全く通用しないのは問題だ。まともに会話が成り立たない相手との言葉での勝負。これに勝たなければならないのがシュラーの仕事なのだから。


「煮ても焼いても食えやしないんだから、そりゃ誰だって嫌だわ」


幼いころからチャンネリの演技だか本気だか分からない謎設定の言動に付き合わされてきたシュラーはいつの頃からか自分もそれと似たようなことを始めていた。相手の話は聞かず、自分の信じたいことだけを信じ、それを言い張る。やってみると実に楽しく、また時と場合を選べば実に有用なことが分かった。


「あぁ。マジでだるいわー。キーンでもからかいに行こうかな」


チャンネリは一筋縄ではいかないが、ある意味シュラーの絶好の修行相手だ。チャンネリ攻略はすぐに解決できるような問題ではない。シュラーは何度か屈伸運動をして足の状態を確かめるとキーンの姿を探しに村に戻った。










目の前の少年は左腕の肘から先がない。にも関わらず俺の剣を捌いて見せる。本気で攻撃すれば抵抗などするヒマも与えずに殺すことができる。それは間違いない。しかし数年後のこいつが相手だったら?


ジザカンは唸る。もしかしたらと考えてしまう自分がいる。まるで未来が見えているかのように動く隻腕の少年。今はまだ無駄な動きが多く、こちらの先を読んだような動きはむしろ隙を生んでしまっている。だがこいつが成長してもう少しパワーをつけ、剣の技術を磨いていったら?


一対一の近接戦闘で身体強化の使い手が後れを取ることなんてそうはない。相手が同じく身体強化の使い手でない限りは。中級レベルの剣士が身体強化を使えば剣の達人にも高い確率で勝てるだろう。それ程に魔法の力は圧倒的だ。


「キーン!腕を下げるな!呼吸を悟らせるな!意識をコントロールしろ!」


この隻腕の少年は隻腕ゆえに剣の達人にはなれないだろうと思う。であれば俺がこいつに負ける要素はほとんどないはずだ。よほど条件があちらに傾いていない限りは俺の余裕勝ち。これが鉄板コース。


「そこで受けるな!力で押し切られるぞ!オイ!受けようとするな!お前の生き残る道は回避、回避、また回避だ!」


しかし俺の心にモヤがかかる。ありえないはずの光景が一瞬頭をよぎる。なんでそこでそう動く?いやなんでそんな風に動ける?足元の石ころ、地面のでこぼこ、土と砂の境目、そして死角からの攻撃でさえ見事に反応してくる。


こいつには何が見えているんだ?本当に未来が見えているのか?気配察知とはそういう魔法じゃないはずだ。一度たりとも俺から目線を外していないのに、僅かな足場の変化を利用して俺の動きを崩そうとしてくる。ほんの少しの日差し、悟らせていないはずの呼吸の隙間、風に乗って舞い上がった乾いた砂。


「キーン。お前には何が見えてるんだ?」


「そりゃ・・・褒め言葉として受け取っておくぜジザカン。だが俺がそれを話すと思うか?そうだろ?思わないよな?な?だが教えてやろう!俺には全てが見えている!何もかも!一切合財!全部だ!ハッハッハッ!」


さすがシュラーと仲良くしているだけのことはある。ちょいちょいムカつく言動をしてくる。全てが見えているか。普通ならつまらん冗談だと殴るところだが、こいつの場合はそうとも言い切れない。言い切れないだけの結果を見せられている。身体強化を使った俺の動きまで見えているのは間違いない。


こいつが剣の達人になる日はこない。そして俺の剣の腕は中級以上で身体強化の制御も同じ。何度も繰り返しこの条件で答え合わせをした。今のところ答えは変わらない。俺の余裕勝ち。だが日に日に答えに自信が持てなくなってきている。


魔法は奥が深い。魔法を使った戦闘も底が知れない。気配察知か。しっかりと認識を改めねばならんな。そして村の皆にも伝える必要がある。あの少年の並外れた魔法とムカつく言動の数々を。そしてもし隻腕の少年が我らの敵に回ることになったら・・・。

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