第121話 目の前のことでいっぱいいっぱい

右?じゃない!ハッ!


「キーン!」


うぉ!上上下下左右左右ABか!裏技ばりの連続攻撃。


「ジザカン!」


「お目目をぱっちり開けてよく見ろよ?次は少し早くいくぞ」


「はぁはぁ。ちょっと待て、いま・・・はぁ、まだ、息が・・・ッ!」


集中力が続かない!脳にダイレクトに刻まれていく「気配察知」で得たイメージを元に剣を振る。っていうか振らされている。


「ハイ死んだ」


俺の胸に剣先を突きつけてジザカンは笑う。格好いいじゃねぇかクソ野郎。その得意そうなツラに唾吐いていいですか?


「はぁはぁはぁ」


魔法なしのジザカンでも勝てないのに身体強化を上乗せされたら為す術なしだ。隻腕の俺は圧倒的にパワーが足りないし、攻撃はおろか防御も中途半端になってしまう。俺の勝ち筋はどこにも1ミリもない!


「ふぅ。キーン、お前には驚かされる。お前が見てる景色を見てみたいよ。また強くなってるな」


「はぁ。まともに防御も出来ていないのにか?俺は今お前の遠まわしな嫌味を聞くために金を払ってるんじゃないぜ」


「嫌味じゃないだろ。間違いなく強くなってる。俺に手も足もでないことにがっくりきてるようだが、剣の道を舐めてるのか?落ち込む暇があったら考えろ。お互いがベストの状態で正面から向かい合うなんて状況はそうそうないんだ。お前はお前の長所を押し通すことを考えろ。俺との一対一だろうが探せ」


「無茶苦茶だな。まぁ俺が望んだことだからさ、いいんだけどさ。じゃあ次は身体強化を使ってくれ」


ジザカンとの訓練は一応順調だ。ヤツからの評価ではもう剣の道初級は卒業したということだ。それもかなりのハイスピードで。


戦闘を生業としないような普通の人間相手ならまず負けないというお墨付きを貰うことができた。もちろん一対一ならって話ね。でも圧倒的多数を占める剣を握らない人間共に対して一段上の位置に立てたことになる。


状況次第でそんな段差はバリアフリー環境になるだろうが、くだらない痴話喧嘩に巻き込まれて死亡なんてことにはならないで済むってだけで気が楽になる。ハッタリをかます時の下地にもなるしね。


「ハイ死んだ」


さっきのリプレイ。春のドキドキ奴隷大運動会で見た身体強化とはレベルが違う。あの時見た奴隷の動きは直線的で単純だったが、ジザカンは曲線的で緩急自在。同じ魔法でも使い手次第で天と地だな。


一撃だけでも防げればなんて思っていたが訓練するごとに彼我の差を見せ付けられている。なんとかジザカンの剣線の軌道に剣を滑り込ますことができたとしても、結局パワーで弾き飛ばされてしまう。


まともにぶつかっては万に一つも勝てないだろうなぁ。「気配察知」の利点を活用しての早逃げ、あるいは奇襲、と先手先手を取るのが俺の基本戦術だが、後手を握らされた時の訓練はそれでも避けて通れない。


一撃でいいから防げるようになりたい。それが出来たからといって次の瞬間にはあの世行きだろうが、その瞬間でこの世とのお別れの一言をつぶやけるかもしれないだろ?


それに目標があったほうがやる気がでるしね。一撃防ぐことができればさらにもっとできるかもという希望が持てる。ただ目の前にいるウザイおっさんが"ハイ死んだ"とか言いながらさり気ない風を装って俺の首筋にそっと剣を添わせるのが腹立つよ。ドヤ顔してたりニヤけてるわけじゃないがムカつく要素がいっぱいなんだこれが。


「全く歯が立たないな。とっかかりさえ掴めない」


「キーン。身体強化については説明したろ?一番の弱点は持久力の低さだ。この魔法はひどく魔力を食う。だが今やっている訓練ではその弱点を突くのは難しい。あと弱点と言えば接近戦に過剰な自信を持ってるヤツが多いってところだが・・・おぼえているか?」


「カウンターに弱い。だろ?だがあんな動きをされてはな」


「お前は本当に目がいい。まぁ気配察知を使ってるからなんだろうが俺の剣筋をちゃんと捕らえている。今はまだ剣と体がついてきていないが、もっと動きの精度を上げればカウンターだって狙えるだろうよ。身体強化は制御が難しいからな。俺の動きだって実は結構酷いもんなんだ。それに迎撃技は何も剣だけで行う必要はない。むしろ剣以外でカウンターを狙った方がいいだろうな」


剣以外でねぇ。周囲の環境も利用しながら相手の選択を限定できればできるかもしれないな。距離さえ取れればそりゃ、投石だのなんだのって使えるだろうけどさ、問題はその距離なんだよね。「気配察知」で一度に認識できる情報量も少しずつ増えてるからそこはこれからの課題か。今はマンツーマンレッスンだが、その内複数相手のレッスンも受けたいな。


「よ!キーン。ホントに特訓してるんだな。やっと己のひ弱さを自覚したか。遅すだがまぁ褒めてやろう。誰だって自分の弱さを認めたくないからな」


「そう言うお前こそ認められない内のひとりなんだろシュラー?手ぶらで何しにきた。キンキンに冷えたドリンクのひとつでももってこいよ。気が利かないヤツだな。だから女にモテないんだよ」


「ジザカンさん。こいつどうですか?少しは使えそうですか?」


「あぁ、想像以上だ。さすが死線を何度も越えてる男は違うな。ハハハ、嫌そうな顔するなよシュラー。多分お前といい勝負だぞ?」


「え?ホントですか?こいつと俺が?泣けてくるなそれは」


「後方要員だからってさぼるなよ?死ぬ直前に後悔しても祈る時間は増えちゃくれないぞ?」


「分かってますよ。最近はそこの元奴隷のせいで忙しかったんです。俺もちょっと戦闘方面を考えないとなぁ」


ジザカン目線では俺とシュラーはいい勝負らしい。ここの連中は幼い頃から訓練しているから、俺にとってこの評価はいい意味なんだろうな。シュラーを見れば、本当に落ち込んでいるようだ。


「シュラーにはあいつがいるだろ?いつでも訓練できるんだから真面目にやれよ」


「そうですね。キーンに遅れをとるなんて許せませんからね。上から目線で調子に乗られたくない!心底そう思いますよ」


ジザカンとシュラーはあれこれと訓練話に華を咲かせ始めた。おいシュラー、俺がジザカンから高い金払って買った時間だぞ?この時間泥棒!


「ジザカン、早く頼む。さっさと俺を強くしてくれ」


「了解だ。シュラーお前はもう帰れ。キーン、ほらまた型を崩すな。自己流は捨てろと言ったはずだ」


いかんな。いつぞや習った型を適当に使っていたら変な癖がついてしまったようだ。ご馳走があればにおいに誘われてくるハイエナ共には事欠かないこの世界。僅かな油断が命取りになる。「気配察知」でジザカンの動きをトレースして、俺に染み付いた隙をバシバシ殺そう。片腕のハンデを跳び越えよ!

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