第120話 生への執着

だらだら生活も長続きせず、だんだんと居心地が悪くなってきた。この狭い村の中で無職丸出しのよそ者が昼間から茶をしばいてぼけーっとしていれば目立たないわけがない。


シュラーとの話は大して進んでいない。俺に具体的な将来の計画なんてないからだ。こっちがアドバイス欲しいくらいだったのに、ヤツにも何のプランもないという事が分かっただけで終わった。


お金はそこそこある。しかしお金の力を有効に使う頭がない。子飼いの冒険者になる者を雇って護衛にする?体作りから剣の相手までしてくれる人を雇って教えを乞う?いや護衛の方はないな。


優先するのは自身の能力アップか。戦闘能力が低いのは問題だ。いくら頑張って鍛えたところでひとりの人間の力なんてたかが知れているが、ある程度の努力でのぼれる階段はのぼっておきたい。


防具も特注で作ってもらおう。浅黒何号かを戦闘訓練の教師に雇うか。備えあればなんとやら。余裕があるうちにやっとかないとさ。さっそく村長と話をつけて訓練開始だ。


ここの連中は大抵何かしらの魔法を使えるが、指名するのはもちろん身体強化の持ち主から。これを攻略するか、高確率で逃げをうてるようになるまでは修行したい。ちょっと高望みが過ぎるかな?


「ジザカン。頼む。俺に身体強化野郎を屠る力をくれ。肉体性能に物を言わせ、ゴブリンから直接進化したかのように暴れ回るアイツらは絶滅して然るべきじゃないか?」


「それを俺に言うか?ま、仕事だからやるさ。身体強化は確かに使い勝手はいいが弱点も多い。お前だって魔法使いなんだ。うまく立ち回れば攻略できないことはないはずだ」


「ほんとか?俺のは戦闘向きの魔法じゃないの知ってるだろ?」


「気配察知だろ?確かに戦闘向きではないが、結構役に立つだろ?戦闘中に相手を見失うことがないってだけでも優秀だといえる。それに奇襲も防げる。相手の動きに反応できるできないはまた別の話で、その辺のところはこれから俺が鍛えてやるよ」


「ああ。期待してるよ。それで俺さ、考えたんだけどさ。身体強化野郎を一人殺すごとに首輪に星のマークを刻むとかどうかな?なんかちょっと格好良くない?」


「キーン。何でそんなに身体強化の魔法を敵視しているのか知らないけど、お前がその星を手にいれるには何年もかかるぞ。はっきり言うと、俺がお前を星にしたいくらいだ」


「そうなるか。じゃあ止めるわ。はしゃぎ過ぎるのもみっともないもんな。しかし何年も?一撃を防ぐだけならそんなにかからないよな?」


「何とも言えないな。まずはお前の力を見せてもらうとするか。こいよキーン。短剣はそのまま使っていいからな」


基礎体力はそれなりにあったのですぐに剣の修行を開始。何日かして防具も出来てきた。軽さを重視した革装備と左腕の先端部分は金属で包んで弱点をカバーすることにした。


盾までつけると重い上に、左腕の都合上カバーできる範囲が狭いという欠点がはっきりと分かったので却下。装備を更新後もジザカンには毎日のようにボコボコにされている。酷い怪我を負ったときはマネーの力で治癒魔法をかけてもらってハードなトレーニングに身を浸す。


ご飯を吐くほど食べてはいるが、身長はほとんど伸びていない。ガリガリから細マッチョ的な肉体改造は順調にいっていると思う。いい感じだよ。筋肉がついたところを手でなぞりながら自己満足にも浸る。


「キーン。お前は動き出しが早すぎる。目がいいのは認めるがそれでは相手に動きを読まれるぞ」


「気配察知」を使った先読みは十分有効だった。ジザカンにも最初は通用した。だが数回でそのアドバンテージは失われてしまった。相手にじっと構えられて受けにまわられるだけでこちらは手がなくなる。崩しやフェイントなんてものを試しているが、やらない方がマシな結果になるのがほとんどだ。


俺の拙い攻めなんてジザカンにとってはご馳走なんだろう。あっさり動きを読まれてカウンターを返されてしまう。やはり訓練を始めたのは正解だったな。今までの俺がいかに弱かったが分かる。よく死なずにこれたもんだよ。


最近の俺は自由な時間のほとんどを訓練に費やしている。仕事はしてないから金は減る一方だが、だらだら生活を脱したことによって微妙な居心地の悪さが解消したのは行幸だ。他人の目を気にするキーン君ではないが、居心地が良いに越したことはないもんね。


それにしてもこの聖域の連中はたくましい。今まで誰も信用せずに一人で頑張ってきたつもりの俺だが、そんなこだわりというか、意地というか、歪んだ自立の精神が砂上の楼閣よろしく、ぽつんと点景に退き憐れを誘うぐらいバカバカしいものに感じられてしまう。


もちろんここの環境がかなり特殊だというのは分かっている。今だって俺がひとりなことに変わりはない。でももしここの連中が自分の仲間だったら?仲間がダメでもビジネスパートナーとしてこの先も持ちつ持たれつの関係を維持できたら?


魔法の有無なんて関係なく人間一人の力はあまりにもちっぽけだ。そう思ったからこそ俺は集の力に取り込まれないように個に生きたわけだが・・・。その結果は魔法を奪われ奴隷落ち。


後悔はしていない。文官学校で張り切って順調に脳にクソ知識を刻み、あの国で仕事を見つけ、おいおいは魔法も絡めて金を稼ぎながらのんびり生きるなんてルートもないではないが、何度も命の危険を乗り越えながらも生き抜いてきた自分に不満はない。我ながらよくやったさ。


だがそろそろ仲間的なものが欲しいのも確か。金の力と自分の力。それに他の誰かの力を加えた三点支持で死への傾斜に抵抗したい。ここはひとつ奴隷でも買っちゃうか?まぁ奴隷を買って首輪をつけたところで、いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃないから本気でそんなことは考えないけどね。


やはり一番いいのは浅黒君一族とこの先も仲良くして、人材を都合してもらうことだ。シュラーなんかを見ればその下地はあると見てよい。若いのに優秀だ。


修行に目途がついたらちょっと話をしてみるか。もしかしたら諸国漫遊記的なリアルアドベンチャーに良心的な価格で保険をかけられるかもしれない。


自分探しの旅とかいうひどく内向きで、他人にとっては心底どうでもいい個人的なお遊びに出発するなら建前が重要になってくるか。誰しもが当然そうだと考えはするものの実質この世からは隔絶されていると言っていいほどのきれいごとを旗として掲げながら行う行進。うっとりするだろ?


シュラーが頭いいことは認めるが、いかんせんヤツはまだ若い。弱肉強食ルールが支配するこの舞台の上では確かにあいつの方が先輩で、部分部分では光る演技を見せるかもしれないが、まだまだ渋さは出せないだろう。


奴隷にまで落ちた俺の暗くじめじめとした苦い経験と、ヤツのぬるま湯でくつろぐ優秀なお坊ちゃん気質をまぜまぜして、この救いようのない世界を生き抜いていければ、ちょっとは生まれ変わった意味を理解した気になって死ぬことができるかもしれない。シュラー一緒にガンバロウゼ!


こんな感じの建前でシュラーはうんと言ってくれるかな?100パー無理だろう。もっと分かりやすくて盛り上がるものを何パターンか考えておくことにしよう。若いヤツなんて適当におだててから、分かる、それすごい分かるよとか言っとけばどうにでもなるっしょ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る