第108話 赤く光る鉄の棒

衛兵の宿舎がある方面が赤くぼやけている。どうやら宿舎を焼いたようだ。夜の闇に不吉な彩りでお化粧しましたってところか。


「よし。火の手が上がったな。ワシ等もお楽しみの時間を始めよう。いくぞ」


目の前には町長の屋敷。入り口にいた警備の衛兵は既に始末済み。俺は魔法で屋敷のマップを常に確認して、おかしな動きがないか注意している。


魔物の脅威もそれほどない町。且つ町長は貴族とは思えないほどの真面目な人柄と仕事で住民の支持も厚い立派なお方。俺も一度は命を救われたしね。


そんな立派な人物だからか屋敷の警備は騎士を置かず入り口の衛兵のみ。そしてもうその衛兵の魂はこの世に別れを告げている。町長さん、あんたはもっと人を疑うべきだったんだよ。いや自分の力を信じすぎたのかな?


屋敷にいるのは町長とその妻、二人の子供に使用人三人と奴隷二人。その中に魔法使いはいない。町長も魔法は使えない。ハハハ、笑っちゃうよね。


奴隷のほとんどは衛兵宿舎の方で建物を燃やして衛兵を火葬中。一方大運動会の次のプログラムである町長殺し?に参加するのはじいさんと俺とプラス三人の全部で五人。うち一人は身体強化の魔法使い。


これじゃ圧倒的だよなぁ。賭けをしても成立しないレベルだ。夜の闇のなかで松明に照らされたじいさんの横顔は枯葉のようにカサカサして見える。興奮しているでもなくむしろ青褪めているようだ。


これまでの数十年の記憶でも思い出してるのか?今はその時じゃないなんて考えても、感情はそう簡単に割り切れないもんな。そういうちょっとセンチメンタルな状態なのかな?それならそれでいいんだけど感極まって倒れたりしないでくれよ?低めに見積もってもあんたがこの運動会の進行役なんだからさ。


しかし騎士連中があんなに簡単に片付くとは思わなかった。比較的平和な町だとはいえ脆いものだ。奴隷に反乱を起こされるなんて考えもしなかったのか?ご立派な町長様なんだから当然考慮に入れてると思うんだけど・・・。


まぁ家畜同然の命にそれほど気を払ってなかったんだろうし、反乱が起きてもすぐに鎮圧できるという自信もあったんだろうな。


さて衛兵宿舎焼き討ち競争が第二種目だとして、これから始まるのがある意味メイン種目か。脅威となる敵は半分以上排除できたし、町長を始末したら町に火でもつけまくって、その混乱に乗じて逃亡開始ってところかな?


そこから先はどうするつもりだろう。じいさんが伝手をもつ商人を利用するのか?おっと、ぼやぼやしてたら置いていかれちまうわ。


屋敷の扉を体当たりで破る。お?町長が目を覚ました。窓から外の様子を確認しているようだ。


「じいさん。町長が起きたぜ。妻もだ。急いだ方がいい」


子供を連れて逃げ出すか?魔法もなしに町長にまでなった男だ。自分の能力はよくわかっているだろう。扉を壊して屋敷になだれ込むとじいさんを先頭に廊下を走る。ちゃんと屋敷の内部も調査済みか。走りに迷いがない。町長の部屋は二階の右手奥。


「坊主!」


「町長は子供部屋だ!使用人や奴隷は動いてない!」


じいさんのリクエストに答える。町長は逃げるのに手間取っているようだ。抜き身の剣を持っているが、そこまでじいさんに教えるつもりはない。俺の魔法が普通じゃないってバレちゃうからね。


すぐに子供部屋に到着。奴隷二人がドアを蹴り破ると、ぐずる子供を背中に紐で縛っり、窓からロープを垂らして逃げようとする町長一家を発見した。あぁ、この瞬間!見ろよ、ヤツラの表情を!まったくぞくぞくするぜ。


「町長様!お待ちを!ワシ等と一緒に来てもらいます!」


じいさんが怒鳴るように叫ぶ。他の奴隷は剣を一家に突きつける。一歩遅かったね、町長さん?町長一家は不当な扱いを受けて憤懣やるかたないという表情でこちらを睨んでいるが、抵抗するつもりはないようだ。


部屋の中は俺達が持った松明の明かりだけでほの暗く、実際表情なんてよく見えないが、俺は「気配察知」で町長一家ひとりひとりの表情までよく分かる。ハハハ。全くムカつく顔してやがるぜ。


「なんだ貴様等は!奴隷だな?どこの奴隷だ!俺を誰だと思っている!」


まったくもって笑えるよな?もう少し気の利いたことを言って欲しかったが仕方ないか。町長だってもう自分の運命に何が起こったか理解しているはずだ。あの程度の虚勢を張るので精一杯なんだろうよ。いやホント、十分すぎるほど仕方ないよ、町長さん。俺だっていつもあんな風に踊っていたんだろうからな。あんまり笑っちゃかわいそうだよな。


奴隷の一人が部屋のロウソクとランタンに火を点けた。よりはっきり浮かび上がる俺達奴隷と町長一家の姿。この構図は是非とも絵にして残して欲しいくらい。


「貴様は採取班の者だな?ちゃんと知っているぞ。自分が何をしているのか分かっているのか!さっさとその剣を捨てて小屋へ戻れ!大人しく帰るのなら、あとで話を聞いてやる!」


「町長様。もちろん分かっていますよ。自分が何をしているかなんてあなたに教えてもらわなくても、ワシ等はワシ等なりに考える頭を持っていますから。それともワシ等がここにロウソクの火をつけに来たとでも?とんでもない!もちろん分かっています。あなたを迎えに来たんです。ワシ等と一緒に来てもらいます。嫌だというのならその背中の子供から死んでもらいますよ」


「ふざけるな!奴隷ごときに遅れをとる俺ではない!」


「そうですか。それでは勝手にどうぞ・・・」


じいさんは片手で合図を出す。ひゅうと風が鳴ったと思ったら町長の腹に奴隷の拳が刺さっている。町長は胃液を吐きながらその場に倒れた。


「あなた!あなた!」


町長婦人は倒れた夫に覆いかぶさるように抱きつき哀願するように町長の体をゆすっている。頼れる旦那があっさりと気を失って倒れたわけだが憐れだとも思えないね。むしろヒステリックに叫ぶ声が耳障りでしょうがない。


「殺してはいませんよ奥さん。さぁ立って。行きましょう」


婦人を無理やり立たせて歩かせる。気を失った町長は奴隷の一人が担いでいく。子供は5、6歳くらいか?自分で歩ける年齢だがもちろん別の奴隷が担ぐ。


意外だな。ここで殺すんじゃないのか。衛兵や冒険者あたりを抑えるための人質にでもするのか?いやでもこんな状態で人質なんて通用するのか?だとすると何か別に目的があるんだろう。


「もたもたしないでください。痛い目を見てもらいますよ?」


じいさんにせっつかれた町長婦人は早足になって屋敷を出る。子供二人は何が起こっているのか理解しているようで大人しくしている。


町を歩いていると衛兵宿舎の火事の影響だろう、道に人がちらほら出いていた。こちらに気付く人間もいたが、夜の闇が必要な情報を野次馬に与えない。


「坊主。どうだ?」


「あぁ、集団で動く気配はない。こちらに向かってくるものもなしだ」


「あやしい気配を感じたらすぐにしらせろ」


分かってるっつーの。俺だって死にたくないんだからさ。五分もかからず奴隷長屋に到着。既に衛兵宿舎襲撃組は戻ってきているようだ。運動会参加組ではない奴隷の多くも起きだして外に出ているようだ。


そこに俺達が帰ってきた。町長一家を連れてだ。町長の姿を見て目をぎらつかせている者や笑っている者、指差して話合っている者もいれば苦虫を噛んだような表情の者もいる。


町長一家を運動会参加組で囲むとじいさんは被害の確認をはじめた。衛兵襲撃組は五人ほどやられたらしい。傷を負っているものも数人いる。


「最初に殺せるだけ殺した後は魔法で宿舎を焼いたが、そのあと何人かやられちまった。すぐに始末して急いでここに戻ってきたが、戻る途中でも衛兵がいてな。あのクソったれどもが!」


魔法持ちの奴隷のひとりがそういって町長の顔に唾を吐く。


「そうか。大変だったな。だが死んだヤツも納得して参加したんだ。ワシ等はやるべきことをやるぞ。時間がない」


じいさんに肩を叩かれて魔法持ちの奴隷は気持ちを切り替えたようだ。すぐにあぁそうだなと言って火の魔法を発動させる。あれは・・・ファイヤーボール。


別の奴隷が鉄の棒を持ってファイヤーボールに近づいていく。あれは・・・焼印か?へー、なるほど。そういうことするのか。こりゃもちろん・・・楽しそうだな。


ファイヤーボールに焼印を突っ込んで熱している。鉄棒の先がどんどん赤くなっていき、すぐに真っ赤に輝き始めた。


「町長様!起きてください!早く早く!」


じいさんは町長に水をかけて目を覚まさせる。婦人や子供達はもうこれから起こることが分かったのだろう、腰が抜けて座りこみ怯えて鼻水と涙を流しながら赤く光る鉄の棒をじっと見つめている。


「ここは・・・貴様は・・・貴様・・・なんだ、一体それはなんだ!」


「町長様!これですか?これですか!よくぞ聞いてくれました。これはですね。そう。これですよ!これ!この左肩のところ!あなたも良くご存知のこの左肩のしるしですよ!こいつをね・・・どうするんでしょう?さぁ見ていてください!そうすれば分かりますよ!分かりたくなかったらそれでも構いませんがね!でも知らん振りは感心しませんな!ささ、町長様!どうぞ前で!ご覧下さい!あなたの愛する妻と子にとても素敵なしるしが刻まれるところを!」


じいさんは気でも狂ったんじゃないかと思うほどおかしな大声を張り上げながら焼印を指差して町長に笑いかける。他の奴隷達も狂おしい興奮で沸き上がり何やら意味不明なことを叫んでいる。


奴隷が町長婦人と子供二人をそれぞれ押さえつける。焼印を持った二人の奴隷は心の底から幸せですというような笑顔を見せながらそれぞれ子供に近づくと、左の肩に服の上から焼印を押し付けた。


婦人は泣き叫びながら奴隷に掴まれた腕を振りほどこうと半狂乱になってもがき、町長様は屈辱と怒りに歯を剥いて、喉から血を吐く勢いで子供の名前らしきものを連呼している。


そんな二人の様子は俺達奴隷にとっては最高のご馳走。貴族の子供の柔らかく白い肌がたてる焼けた肉の臭いに、周囲の奴隷はヨダレを垂らさんばかりだ。


子供二人は地面に倒れてぐったりとしている。二人の奴隷はいまだ赤い光を鈍く発している鉄の棒を頭上に振り上げ、振り回した。それが合図となり、新しい奴隷の誕生を祝福する奴隷達の歓声が爆発した。


大運動会のこれが第三種目かな?奴隷の手による奴隷落ち。まだ終わったわけではないが俺は確信したね。人の心を激しく感動させるこの種目は間違いなく後世に語り継がれるだろうってさ。ハハハハハハ!

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