第103話 安定の奴隷暮らし

じいさんとの金稼ぎを始めて一年ほど経った。俺はもう13歳。成人まであと二年。まぁ奴隷に成人もクソもないけどね。


じいさんのいう面倒な事はまだ起こっていない。相変わらず詳細を話してはくれないが、散々質問を投げてなんとなくじいさんの計画の輪郭が見えた。


やはり脱走の方向で考えているようだ。普通に考えればそれしかない。相当な距離を逃げれば、なんとかまともな生活に近いものができるのだから。


じいさんの計画はそれとして、最近俺は平坦な日々を淡々と歩んでいる。奴隷としてこき使われることにもすっかり慣れた。いわゆる奴隷根性と呼ばれるものに染まったと言うよりは、単純に適応したというところだ。


じいさんがくれる分け前とやらにはあまり手をつけていない。たまにどうしようもなく痛めつけられた時とか、病気だかなんだかで体がしんどい時に使っただけだ。それでも金は大して貯まっていない。じいさんの手数料とやらで半分以上ピンハネされているからね。


まぁ、商人の伝手なんて普通の奴隷では望むべくもないから不満はない。一人での採取もすっかり慣れたし、これからまた暖かくなる。稼ぎ時ってわけだ。


「自宅」があればいざという時の為に武器でも買って保管しておきたいんだがね。でも魔法のない生活というのは思ったほど悪くない。やはり魔法は毒だし諸刃の刃だと思う。


あんなものがなければ厄介ごとに巻き込まれる確率はぐんと下がる。「自宅」を失っていなければ、以前死にかけた時に使っていたことだろう。


そこでまた新たな厄介ごとのページを開いたに違いない。そう考えてみれば、魔法がなければないでどうにでもなるものである。もちろん結果論だけど。


ただこの世は弱肉強食。食うか食われるか、そしてそれを許すか許さないか。諦めるなり割り切るなりどこかで妥協点は必要だが、奴隷の身の俺としてはこのままの生活で死ぬまで虐げられたくはない。


一時は諦めかけたりもしたが、どうしても強い力が必要だと感じる。厄介ごとに巻き込まれようと撥ね返せるだけのパワーが欲しい。となるとやはり魔法という答えに辿り着く。


先ほどの話と矛盾しているが、手っ取り早く力を得るにはやはりこれだ。奴隷落ちした大きな原因である魔法という力。意味不明な程の力を手軽に発現でき、それだからこそ使う者の精神を簡単に蝕んでしまいかねない理不尽な力。


それでも俺は魔法が欲しい。さしたる努力も必要とせずに奇跡のような力を見せるあの力を渇望している。毒だろうが諸刃の刃だろうが欲しいものは欲しい。


平民の頃ならいざ知らず、奴隷となったからには魔法なしでは逃げるのも容易ではない。このままここのクソ共に扱き使われて一生を終える?冗談じゃない。たとえより不幸になったとしても奴隷のままでいるよりはましだ。


力。魔法。採取班になってからずっと機会を探している。町には多少なりとも冒険者がいるし、そのなかには魔法を使えるものもいた。旅人の姿もある。当然魔法を使えるヤツだっているはずだ。


俺はそういう魔法を使えるヤツが今にも死にそうな場面を求めている。この過酷な世界ならそんな都合のいい場面にも遭遇し得るってもんだ。


ここ一年でたった一度だけチャンスがあった。流れの冒険者パーティーが魔物の巣に飲み込まれ、一人残った女も毒で意識が朦朧としていた。なんとか女を引きずって魔物の巣から離れることに成功。


こういう場面を想定して毒消しも持っていたが、貴重な毒消しなので簡単には使えない。なんとか女の意識をこちらに向けさせ話を聞いたが、女が持っていたのは治癒魔法。


治癒魔法を貰う交渉をするかかなり悩んだが結局鉈で女の息の根を止めた。放っておけば毒で死ぬはずだったが念のためだ。分かっていると思うが、見返りもなしに助けるなんて選択肢は最初からない。


荷物にならない類の金目のものは全て頂戴した。そのあと魔物の巣の方に女を移動させ、魔物の餌として証拠も消した。


思い返すとあれはホントに惜しかったな。身体強化だったら間違いなく交渉を続けていたのに。ちなみにその時はじめて自分の手で直接人を殺したわけだが、多少の嫌悪感が湧いただけであとはなんともなかった。


前世のルール的なものが固定観念のように頭にへばりついて、人を手にかけることを忌避していたが、そんなルールはこの世界では通用しない。通用しないと分かってはいても俺は自分のなかのルールが正しいような気がしてそれをなんとなく守っていたんだが・・・なんてアホな考えだったんだろうと後悔しているよ。


文明がひらけるにつれ貴族や奴隷なんてものもなくなっていって、どんな理由があろうと他人を虐げることは罷りならんとなるかもしれないが、今現在そんなルールは存在しない。


存在しないルールを俺一人が勝手に正しいと信じて守っても仕方ない。志高い人間はこの世界でもいるだろうし、そういう集団や国だってあるのかもしれないがそれがどうした。俺の今の境遇と何の関係がある?


俺が高い志で世界を導いていくのだ!なんて最高に狂ったピエロにはなりたくないし、仮にそんな聖人になれるとしても拒否したい。


とにかくやっとくだらないゴミを捨てることができたよ。まぁ完全に捨てれたわけじゃないけどね。殺した相手は人族ではなかったけど、奴隷じゃなければ人間様だ。罪悪感なんて起きるわけがない。区分としてはヤツラは魔物と同じようなものだと思ってるからね。


人間だ奴隷だと言っているが、その個人に罪はないだろうって?そりゃそうだ。その通り。それも分かっているが関係ない。俺自身がそうであったように、ルールをちゃんと理解していないヤツは踏みにじられるんだ、一方的に。それすなわち弱肉強食。


罪なく奴隷に落とされて理不尽に殺されそうになるかわりに、誰もがお互いの権利を十分に認める世界で日々を過ごせていたら俺だってこんな風にならなかったかもな。


モリカのママさんよ。あんたが言ってた繋がりってのが分かったぜ。もちろん俺なりの仕方でな。つまりそれは完全に思い込みの産物ってやつなんだな。


愛だの家族だのから、憎しみや後悔なんてものの繋がりにしたって同じようなことだ。今までモヤモヤしていたものに一定の答えが出た気がする。


繋がりはそこら中にある。俺も何かしら数多くの繋がりがあるんだろう。そしてただそれだけ。何がどうなるものでもない。俺はそんなものゴミだと思っているんだから。俺にとってはそこが終着点。もうそれ以上先はない。


話がかなりズレたが、魔法を得るチャンスがあったのは今のところその一度だけ。そのチャンスをパスしてまで、やはり欲しいのは攻撃魔法だ。


というわけで採取をしている間は、魔法使いがいないかも一緒に探している。それらしきヤツを発見したら、それとなく様子を窺って、そいつがピンチになるのを待つ。


じいさんが何か始める前に魔法の力を手に入れたいが、時間的にはちょっと厳しいと予想している。攻撃魔法を使うような魔法使いが死にかける状況なんてなかなかないもんな。


あーあ。今日もそろそろお仕事の時間。腹減ったなぁ。じいさんにちょっと食い物を仕入れてもらおうかな?

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