第102話 夜明けはまだ

冬が終わろうとしている。吹き付ける風の冷たさが身を切るほどではなくなってきて凍死の不安が若干和らいだ。もう少し暖かくなって季節が回れば新たな自信がつきそうでもある。この栄養状態と労働環境で冬を乗り越えたという自信が。


そうそう、俺をいじめていた奴隷管理の人間が変わった後も労働環境は大して変わってないよ。採取の結果がよくないと相変わらず鞭打ちが待っているし、結果を出してもヤツラの気分次第でやはり鞭打たれる日々。


この管理人共も前任者がどうなったのか知らないはずはないのに、結局誰も奴隷に対する扱いなんて真剣に考えちゃいないんだろう。死にそうになるほど打たれないだけましにはなったから良しとしておこう。


「待ちに待った季節が近いぞ。そろそろ暖かくなってお宝が少しずつ出てくる。坊主、わかってるな?」


「わかってるよ。じいさんは命の恩人だからな。そうじゃなくても俺がやることは同じだけどさ」


死にかけたときに受けた恩があることは間違いない。さらに町長が魔法使いを連れてきたのもじいさんの力がものを言った。奴隷とは言え確実に利益を出すじいさんは替えがきかない存在で、その弟子とも言える俺も簡単に死なせるには惜しいと判断されたのだ。


数十年に渡って積んだじいさんの信用を借りて、俺は生かされたといっても過言ではない。多少理不尽なことでも俺はじいさんの言うことだったら従うしかない。もちろん限界はあるけどね。


「坊主。その話はもういい。行動で返してくれ」


「ああ。とくかく稼げばいいんだろ?」


「そうだ。今日からは町の外に出たら二手に別れて採取だ。昨日話した通り行動範囲を間違えるなよ。何か起きたときに言い訳ができなくなるからな」


「間違えるかよ。じいさんこそ魔物の餌になるなよ」


「フン!それはワシのセリフだな。今お前に死なれたら大損だからな。調子に乗るなよ?よし行くぞ。」


空きっ腹に水をためてから出発する。怪しまれないように採取用のカゴはいつも通り一つ。町の外に出てから岩場に隠しておいたカゴを取り出して背負う。


「日が落ちる前にここに集合だ。気張れよ坊主」


じいさんと別行動は先に言った通り金を稼ぐためだ。一人での行動は危険だが、この辺りの魔物の習性はもう分かっている。


二手にわかれて採取を行い、怪しまれない量だけをちょろまかして商人に売る。ちゃんと教えてはくれないが、じいさんには信用できる商人の知り合いがいるらしい。もう二十年以上の付き合いだという事だ。


その商人に採取したものを売って金に変える。手元に金を置いておけるわけもないから商人に預けたままだという。


じいさんそれ完全にカモにされてるんじゃないのか?と聞いたが、問題ないと言ったきり話を切られてしまった。まぁ俺としてはじいさんの望むままにしてやるだけだ。延々と奉仕する気持ちがあるわけないが、俺にも悪い話じゃなさそうだしな。


しかしじいさんは何のために金を稼いでいるんだ?どうせまともなことじゃないだろう。しつこく聞いたところで答えてくれないだろうし。


案外俺と似たようなことを考えているのかな?でも前には死ぬまで現状維持でいい的なことを言っていたよな?あれは本心ではなかったということか。まぁ何か考えていたとしても、俺みたいなガキにそう簡単に本音を話すわけもなしか。


お?虫ちゃん発見!久しぶりの邂逅。触るの気持ち悪いが俺のおこづかいになっておくれ。はい、チャリーン。


食用の草も心なしか増えてきた。木の葉は相変わらずダメ。実ももちろんなし。木自体が少ないからそっち系はまだまだ望み薄だ。


各種草と虫を中心に採取を続ける。魔物の動きも少しずつ活発化しているようだが、動きの痕は目立っては見えない。それでも危険は危険なので注意深く観察。


あらかじめ決めた範囲でひたすら採取をして、陽が落ちる前にじいさんとの集合場所に戻る。するとじいさんはもうすでに岩に腰掛けて待っていた。


「戻ってきたな。どうだ?」


「うん。いつも通りだよ。大した量はない。ほら」


「上出来だ。ワシとてそれほど変わらん。だがこれで二人一緒の時より1.5倍は多く集まった。多い分は売る。いいか?坊主」


「あぁ、そう何度も聞くなよ。いくらで売れたか教えてくれればそれでいい。しばらくは分け前よこせなんて駄々こねないよ」


「よし。売値は教える。それとこの前お前にくれてやった草の値段も教えてやる。その代金を返すまではタダ働き。それ以降はワシの手数料を引いて坊主にも分け前をやろう」


「じいさん。俺が金なんかもらってどうするっていうんだ?物が買えたとして、それをどこに保管する。食い物が手に入ればいいがな、そんな取引をしているところなんて俺は見たこと無いぜ?」


「焦るな。お前に損はないんだ。たまに食い物を買うことぐらいならできる」


「別に焦ってない。ちょっと腹が立っただけだ。じいさん、何をしようとしてるのかは知らないが、面倒くさい事になるのか?だとしたら俺を巻き込んでくれるなよと言いたいな」


「坊主。お前は必要以上に頭が良いな。子供が生意気なのは仕方ないが、その出来のいい頭をもっと別なことにも使うんだ。ふん・・・面倒くさい事か。そうだな・・・なるな。お前はまだ奴隷になったばかりだ。1年も経っていないんだろ?話すことは出来ないがその時がきたら忠告くらいしてやる。それで我慢しろ」


その時?お金を貯めて木の苗でも買ってこの荒野に植林するとか、おやつを買ってピクニックに行こうとかって話じゃないよね。


集団脱走でもする気か?まさか町長にケンカ売る気とか?あとは何がある?みんなで集団自決ってことはないよな?そんなのはご免だぜ。


金を貯めてるなら武器でも買っているのか?そんな動きしていたらすぐバレそうなものだし、たとえ武器があっても魔法使いはおろか騎士にも勝てやしない。


やはり脱走の線が本命か。金があれば馬を買うとかして足を用意できるし、逃げた後の生活もどうにかなるかもしれない。


面倒なことになりそうなのか。まぁ仕方ないな。やめてくれと言っても聞いてくれるはずもないから俺は俺で機会を窺おう。上手く波に乗れるといいなぁ。


「わかったよじいさん。けど忘れないでくれよ。奴隷に落ちたとはいえ、俺は惨たらしく死にたくない。じいさんと同じように俺にだって考える頭はあるんだからな。俺がバカな考えを起こさないようにちゃんと忠告を頼むぜ?」


「ああ。わかってる。お前にワシの邪魔をされては困るからな。それと恩を忘れるなとは言わんが余計なマネはするなよ?思わせぶりな態度で駆け引きしようなんてこともやめておけ。お前の頭は一つだが、ワシ等の頭は一つじゃないぞ?これが最初の忠告だ」


「じいさん、俺は自分が生意気なガキに過ぎないってことを自覚してる。じいさんの邪魔はしないさ。命を救った対価を命で払えっていうんじゃないんだろう?だったら俺は大人しくしてるさ。忠告は忘れない」


さて・・・じいさん主催の祭りが開催予定と頭に刻んでおこう。考えてるとしたらどうせそっち系だろ?パーティーに乗り遅れないように憎悪を磨いておかなければ。ピッカピカに磨き上げて鋭く突き刺そうじゃないか。


ダンスタイムが始まれば躊躇ってる時間なんてない。はじめて聞いた曲だからって誰も大目に見ちゃくれないんだ。リズムに乗れるか、乗れないか。大事なのはその一点。せっかく磨いたお気に入りの憎悪を、せっかくだったらノリノリで振り回したいもんね。


しかし、今はまだ何も分かっていない。だから予想が検討違いでもいいさ。俺はいつだって場当たり対応で生きてきたんだ。そう簡単にはくたばらないぜ?とにかく思いつく限り準備をしよう。まずはじいさんにこの国の地理をもっと詳しく聞いておこうかな。

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