第101話 冷たい風
「坊主・・・生きてるか?」
「あぁ」
季節が巡って冬が来た。気温がめちゃくちゃ低い。毎年のことらしいが、今年は特に寒さが厳しいんだってさ。おかげで草や虫は姿を一切見せなくて、採取するものが全くない。
じいさんは年の功なのか奴隷なりに信用を積み上げた結果なのかお咎めなしだが、俺は容赦なく鞭打ちされている。
役所のアホ面のおっさんが、日ごろのストレスを解消するためか嬉々として鞭を振るうんだが、これがホントにもう痛い。
体中がミミズ腫れ状態で、所々血も流れている。元々ボロかった奴隷用の服がさらにボロボロになり、血を吸って乾いた黒い痕で気色悪い模様が出来ている。ここひと月ほどは毎日のように罰を受けているから、冗談抜きで死にそうだよ。
体の表面は腫れて熱いが、体の芯は冬の風にさらされて冷え切っている。人間様に対する俺の憎悪は日々与えられる体罰という栄養を蓄えて固形化する勢いだ。
この憎しみを刃に変えて今すぐあの鞭を振るうアホを殺してやりたいが、まだ足りない。この程度の刃では一人殺すのがやっとだろう。
直線的な復讐を果たして満足した俺を待っているのは、正式に奴隷を殺す権利を与えられた次のアホによる拷問からの奴隷殺しだ。
復讐をエネルギーに活動するなら、もっと燃費のいい動機が必要だ。人類全体とか、神に対してとか、死ぬまで持続可能な言い訳が必要なのに、ただ一人のアホの鞭打ちに対する復讐なんて効率が悪すぎる。
「坊主。お前このままだと死ぬぞ」
だろうな。俺もそう思うよじいさん。
「思い残すことがあるなら話だけは聞いてやるぞ」
喋るのもだるい。寝たら死ぬぞパターンに入ったか?こうなったらあのアホだけでも道連れにするか?効率だなんだと言ってる場合じゃないもんな。
「バカ共が。ワシが折角育てた坊主を無駄に死なそうとするんだからな!坊主。死ぬなよ。お前の代わりを育てるのは骨が折れるからな」
分かってるよ。優しいじいさんだな。あんたが色々教えてくれたことは忘れないぜ。あ、俺弱気になってるな。このまま楽になった方が幸せなのか?どうせこのまま生きていても不幸なだけだろうし。
チッ!幸せな生活だの、生活の幸せだのと考え出したら腐ってきた証拠だ。その毒はじきに全身に回って、俺の精神はもう現実に戻って来れなくなるんだろうよ。
憎悪を貯めることと復讐心を養うことは別ってね。例えここで死ぬとしても、最後に復讐だ!なんてくだらないことは止めよう。あまりに陳腐すぎて自分に絶望してしまうからな。
憤りや憎しみの矛先はこの世界全体に向けたほうがまだましだ。その方が少しは自分を慰めながら死ねる気がする。いよいよとなったらそれだな。
「じいさん。俺の人生ってなんだった・・・のかな?」
「知らん。くだらんこと言ってないでこれを食え」
なんだ?じいさんが食べ物をくれるなんて。頭おかしくなったのか?苦い草とザラザラした葉をちびちび食べて水で無理やり流し込む。
こりゃ止血効果のあるやつだったな。じいさん大奮発じゃないか。俺にそれだけの価値があるってか?とてもそうは思えないが・・・。
「じいさん。どうしたんだ?こんなもん」
「ワシの気まぐれだ。意味なんぞ無い。言い残すこともないならもう黙っていろ」
同情か?なんて考えていたら他の奴隷がやってきて毛布を何枚かくれた。バカ共はお前等だよ。余分な毛布なんてないのにな。あ、涙が出た。
苦しいときに助けてくれる友達が真の友達ってか。俺達は友達でも仲間でもないのにな。明日は我が身と思いでもしたか?
どっちにしろ俺は明日以降まともに仕事が出来そうにない。さらに鞭打ちされたらもう死ぬだろう。左肘をさすりながらこれまでのことを思い出す。不思議と懐かしいと感じなくなっていることに気が付く。
孤児院ですらどうでもいい存在になっているんだな。自分が死にそうなのに他人に構っていられるかよ。
ハハ。俺は完全に奴隷という種族というか存在になって死ぬんだな。世の中にどれほどの数の奴隷がいるのか知らないし、国によって環境も違うのだろうが、全ての奴隷に幸あれと願いたい。
奴隷的センチメンタルの底なし沼に沈みながら人生終了か。もう眠い。目がチカチカする。寝よう。次はコボルトに転生かな?なんだっていいや。
「どういう事だ?俺は奴隷を管理しろと言ったはずだが?」
「はい。申し訳ありません!」
「謝って済む問題か?貴様は俺の奴隷を殺しかけたんだぞ?つまり俺の金を盗んで勝手に使おうとしたのも同じだ。違うか?」
「どんでもございません!私は結果を出さない奴隷に罰を与えていただけなのです。どうかお許し下さい!」
「罰を与えれば結果が良くなるという訳か。ならば俺も貴様の意見を尊重しよう。結果を出さない貴様に罰を与えることにする。そうだな、鞭打ち百で許してやる。おい、そいつを連れて行け」
俺を散々鞭打ちしてきたヤツが引きずられていく。
「小僧。貴様はあのじいさんの後釜なんだ。まだ若いし今死なれると困る。特別に魔法を使ってやろう。おい、やれ」
貴族らしき男の命令に、後ろで控えていた女が俺に治癒魔法を使ってくれる。あぁ、癒されるわぁ。寝てる間に死ぬと思ったがまたしても紙一重で助かった。
今度から不死身のキーンって名乗ろうかな?死の淵から蘇っても戦闘力が上がらないところがどこぞの戦闘民族とは違うけど。
傷一つなくとまではいかないが、体が楽になったのが分かる。立って歩くくらいなら出来そうだ。すぐに土下座を開始する。
「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
魔法を使ってくれた女と貴族らしき男に礼を述べる。
「よし、回復したな。では次にいくぞ」
二人は部下を連れてさっさとどこかへ行ってしまった。誰だったんだ?お貴族様だったらあれがこの町の町長とか?俺達を管理する側のお偉いさんなのは間違いないんだろうけど。
まぁいい。お勤めご苦労さんだ。感謝の気持ちなんてこれっぽっちもないけどな。日ごろ目一杯こき使われて、今回は殺されそうになったんだ。当たり前だろ?ウジムシ共が!
まぁいい。俺は復活した。ちゃんと分かっているのか?憎悪の種がしっかり芽吹いて、スクスク大きく育っているのが?
復活したんだぜ?少し放っておけば枯れていたはずの、お前らを吊るす為の木の枝の一振りがよ。ハハハ。毎度の事ながらこの復活した直後というのは気分がいい。
なんでもできると錯覚しそうだ。なんでもやってしまえという興奮もある。そんな感覚は所詮ただの勘違いだし、興奮も一時的なものに過ぎないから、調子に乗ってはしゃぐわけにもいかないけどね。
さて、気持ちを切り替えてじいさんのところにいくとしますか。他の奴隷にも礼を言わなきゃな。その内お礼にちょろまかした採取物を持っていこう。
今日もこれから仕事が待っている。特に何も言われていないから仕事は休めない。あぁ風がビュービューと嫌な音で鳴いているぜ。室内でこの寒さだ。外はまた一段と寒さが厳しいだろう。
ハハハ。燃やせ燃やせ、憎しみと嘲笑で自分の体を燃やしてしまえ。もうあと一歩で死ぬところだったんだ。燃料は満タン、次はもっと耐えられる。燃やせるものは全て燃やせ。
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