第100話 おとなしく待つ

採取の仕事はとりあえず順調だ。かなりの数の草や根や葉を憶えて、虫の居所もある程度パターンが分かってきた。


魔物には何度か襲われかけたが、じいさんのナイスアドバイスにより危機と言うほどのことはなかった。あれらを仕留めれば食材にもなるし都合がいいのだが、しょぼい鉈だけではどうにもならない。


小型の魔物でも1メートルくらいの大きさがある。それが地中から噛み付いてきたり、毒を飛ばしてきたりする。しかも奇襲をするだけしたらさっさと地中に引っ込んでしまう。


自分の強みだけアピールし続ける魔物ども。チャレンジャーはそうじゃなきゃな。まぁ、そんなだから魔物を仕留めるのはさすがに厳しい。魔物討伐班はあんなものを相手にしてるのかと思うと同情するよ。


奴隷は肉の壁として使われると聞いていたが、魔物を釣るための餌にされているんじゃなかろうか。奴隷の肉を使ってお貴族様はハンティングか?いいね。そういうクソッタレエピソードは望むところだ。


さて話がずれてしまったが、俺はじいさんの知識を吸収しつつ採取の腕をレベルアップさせている。他にもこの国のことや周辺地域のこと。そのほかにも気になったことなどを尋ねては足りない情報も埋めている。


掃除班の連中はバカではなかったがあまりそういった知識がなかったから、じいさんとコンビになったのはラッキーだ。


「じいさん。奴隷生活を何十年もしていて逃げようとは思わなかったの?」


お互いを警戒していた時期は過ぎ、ある程度の信頼関係は築けていると思うよ。そうなると話すことはやはりお互いの身の上話だよね。


俺はもう魔法も使えないうえに片腕もないガキなので、今更隠さなきゃならない情報はない。だから遠慮なく不幸自慢したが、じいさんもなかなかどうして不幸だった。


親の借金が原因で成人と同時に奴隷落ちしたらしい。それから三十年近く奴隷暮らしをしてきたとのことだ。親の借金の原因はじいさんも知らないようだが、親のせいでじいさんは奴隷になった。


しかも、じいさんじいさんと呼んでいたが実はまだ五十前だと判明したのだ。過酷な生活を経て実年齢よりはるかに老けて見える。


「ワシは生きるのに必死だった。何も知らないガキだったからひたすら他の奴隷に習って働いたよ。使えない奴隷と判断されたら、いつどんな理由で殺されるかも分からないからな。それで気が付いたらこんな歳になっていた。逃げようなんて考えても無駄だ。ワシらはもう死ぬまで奴隷なんだ。逃げきったところでヤツラがワシ等を人間として見ると思うか?」


「思わない」


「あぁ。ワシは逃げた奴隷を何人も見てきた。ほどんどは連れ戻されてすぐ殺されたよ。ヤツラは見せしめのためにワシ等奴隷にも処刑を見せるんだ。捕まっていないヤツもいるだろうがな、とてもまともな生活をしているとは思えん。それでも奴隷でいるよりはいいのかも知れんがな。ワシはそんな賭けをしようとは思わなかった」


「でもこの奴隷の焼印が通用しないところまで逃げられれば、普通の人間として生活できるんじゃないの?」


「さてな。ワシはそこまでは知らん。だがこの生活を続けているとな。世界が変わるだろ?人間ってヤツが自分とは別の生き物だと思わないか?ワシはもうあんな生き物には戻れない。たまに心根のやさしい人間もいるがな、それでもワシには同じ生き物だとは思えない。そうなってしまえばな、もう坊主の言う普通の人間としての生活なんてものは存在しないも同じだ」


「それでも自分だけの生活っていうか、自由な生活ができるのは魅力的だと思うけど?じいさんくらいの採取の腕があればあんまり人間と関わらなくても生きていけそうだし」


「そうだな。お前の言う通りかもしれない。ワシも若いころはそういう考えをしていたかもしれないな。今となってはもう思い出すこともせん。そんなことに力を使いたくない。あとは死ぬまでこのまま生活できればいい」


もっと気合入れて頑張ろうぜ!なんてとても言えないな。俺ももうすっかり奴隷にジョブチェンジが完了した身だ。人間様とは一線を画した別の生き物に変身済み。


奴隷落ちしてまだ半年ちょっとだが、じいさんの気持ちはよく分かる。あんなヤツラとまた肩を並べて歩きたいとは思わない。目を合わせただけで唾を吐きたくなる。


どこかへ逃げて自由になったとして、ヤツラと楽しくお喋りできるか?無理だろうな。貴族も平民も奴隷もそれぞれがお互いを同じ人間だとは思っていないんだ。しかもこの溝は相当に深い。


職業の貴賎や貧富、種族の違いからくる差別なんかとはまた種類が違う。全く別の生物として認識している。それもごく自然にね。俺も平民の頃は奴隷なんて気にしたことなかった。人は上しか見ないもんなんだ。


「じいさんにそう言われると希望も何もなくなるなぁ。なんか楽しくなるような話してよ。奴隷生活の慰めになるようなこととかなんか無かったの?」


「あった気もするがもう忘れた。その程度のことだ」


「恋愛とか結婚とかそういうのなかったの?一応許可が貰えれば結婚もできるんでしょ?」


「ワシには出来なかった。恋だ愛だというものがよくわからんかった。親に売られてからはどうしてもな」


「なるほどね。俺も似たようなもんかもなぁ」


「坊主は12だったか?まだまだ先は長いなぁ。奴隷を続けるにせよ逃げるにせよ、よく考えてから行動することだ。おっと、あそこだ。クラタの巣だな。行くぞ」


俺がよく考えてから行動するような人間だったら、今頃こんな所にはいなかったよ。逃げる・・・か。俺の得意技のはずだったが、奴隷にまで落ちると厳しいよな。


まだまだこのまま環境に流されていくとしよう。何かをするにしても力が足りない。死なないように頑張って、いつか来るチャンスをものにするんだ。チャンスはきっとある。この世界には理不尽な力が漂っているんだから。

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