第104話 時間切れ

夜、長屋で休んでいるとじいさんから呼び出しがあった。一日の疲れと空腹。鞭を受けた体からのぼる熱。やり場の無い怒りと垢のように溜まる憎しみ。それらを一旦グッと飲み込み気分を切り替えじいさんのところへ。


「じいさんどうした?こんな時間に」


「なに、ちょっと坊主に会わせたいヤツがいるんだ。手間はとらせん」


会わせたいヤツねぇ。今までじいさんの知り合いなんて会ったことないんだがな。基本的に表だって奴隷同士仲良くすることはない。そんなことしてるとすぐに罰を受けるからだ。


ちょっと集まっておしゃべりでも楽しもうぜ、なんてやっていたら反逆のための集会でも開いていたのか?と鞭打たれることは目に見えている。


一対一でもなるべく短い会話で切り上げるように気を付けなければならない。俺たち奴隷にとってグレーゾーンなんて存在しない。疑わしきは罰せよの精神で引っ叩かれるのみだ。


それでもやはり裏ではそれなりに仲良くやっている。こんなもの全て禁止できるものではないからな。夜ちょっとした会話をしたりするぐらいは大して難しくない。じいさんに連れられて一軒の奴隷長屋に入る。


「どうだ?」


じいさんの問いに一人のおっさんが厳しい顔をしながら小さく首を横に振る。藁の寝床の上には今すぐに息を引き取るんじゃないかと思われる、若めの男が横たわって呻いていた。


首から肩にかけての肉がかなり削られているし、傷口が変色してどす黒くなっている。医学知識なんてゼロだけど、こりゃ助からんな。


「坊主。時間があまりないから単刀直入に話す。お前魔法が欲しくはないか?」


魔法?奴隷が?俺をからかっているのか?そんなワケないよな。やはりこのじいさん・・・。


「魔法?何となく想像つくけど、どういうことだ?なんで俺に?」


「見ればわかるだろ?こいつはもう死ぬ。だからこいつの魔法だけでも救いたい」


「答えになってないぜじいさん。しかもこれは俺にとってずいぶん危ない場面じゃないか?話が違うぜ」


「悪いな、時間がなかった。今はのんびりと経緯を話している時間はない。とにかく聞いてくれ。こいつの魔法はワシらにどうしても必要というものではないが捨てるには惜しくてな。だが譲ろうにも適当なヤツがいない。だからお前に声をかけた。お前ならまぁ大丈夫だろうとな」


「そうか。じゃあもう一度聞くがなぜ俺に?怒るなよ?時間がないのは分かったけど、それはそっちの都合だ。俺はあんたらのお仲間に入れてもらった憶えはないし、明らかに危ない橋を何の予備知識もなしに渡るほどバカじゃないぜ」


「お前に渡すのが都合がいいんだよ。仲間ではないが、敵でもない。もしかしたら仲間になるかもしれないし、ダメでも敵になる勝率は低い。坊主はそんなヤツだからな」


ふーん。まぁ間違ってないな。じいさんには今も世話になってるしよほどのことがない限り敵対しようとは思わない。しかし奴隷が魔法か。いよいよ姿が見えてきたか。じいさんかなりのやり手だわ。


「見ろ、時間がない。今すぐ決めろ。魔法は気配察知だ」


気配察知・・・聞いたことあるな。たしか昔会った冒険者が使っていたヤツだよな。便利な魔法だったという記憶はある。だが、俺が欲しい魔法じゃない。これなら治癒魔法の方が遥かにましだ。


「じいさん。悪いが俺はパスだ。俺に必要なのは攻撃魔法なんでな」


「そうか。やはり狙っていたか。だがお前に余裕はないぞ?」


どういうことだ?余裕?金の話か?いや違うな。まさか・・・。


「じいさんあんた。何かはじまるのか?」


「坊主。お前はホントに賢いな」


チッ!ここで時間切れか。じいさん、忠告ありがとよ。まさかホントに教えてくれるとはな。それともデマか?クソ!確認のしようがない。


こうなると俺が選ぶべき道は一つしかない。所詮こんなもんか。身体強化の夢なんて見ちまった俺が身の程知らずだったか。「気配察知」でも逃げるのにはもってこいだと考えよう。むしろ奴隷の身分で魔法を手に入れられるんだ。普通に考えれば破格の話だ。


「魔法の対価はどうなる?」


「坊主の預けてある金全部とワシ等に敵対しないことが最低ライン。こまかい話は後だ。時間がない」


「わかった」


じいさんが呻いて横たわっている男の耳に何か喋っている。男の目に暗い喜びの灯がともる。


「坊主。こいつの手をとれ」


魔法をコピーする儀式の始まりだ。方法は簡単。二人で手を取り合って、魔法を渡す人間が相手に魔法を与えると宣言すればいいだけ。


声に出さず頭の中でそう思うだけでも成立するらしい。あとは受け取る方が受け入れると宣言すれば魔法のコピーが始まる。


渡す方も受け取る方も、嫌々だったり強制的にさせることはできない。なぜかはよくわからないがそういうルールになっている。それさえクリアできていれば儀式の開始自体は簡単だ。


だが、この儀式。魔法を渡す側にはものすごい負担がかかる。一般的には魔力の充実している時期を選んで行ったとしても生涯に1、2度ほどしかできないと言われているのだ。


瀕死の男から光が手を伝って流れ込んでくる。魔法のコピーが始まった。こいつこんな状態で儀式終了まで持つのか?


「なんだ?頭が痛くなってきた。じいさんどういうことだ?」


俺だって自分の魔法を奪われた男だ。似たような経験があるから分かるが、受け取る側には負担なんてないはずだ。


瀕死の男が俺の手を潰さんばかりの力で握ってくる。顔は土気色を通りすぎて赤黒っぽくなり、目は真っ赤だ。ものすごい執念を感じる。何がそんなにこの男を駆り立てるのかはわからないが、言いたいことは分かるぜ。もう少し頑張ってくれよ。あんたの魔法は俺が使ってやる。


「目がズキズキする。もし俺が倒れたらさっさと・・・運んでくれよ?」


「言われるまでもない。心配するな。見張りも立ててある」


俺も男も苦しみを耐えながら数分。とうとう光が収まり魔法のコピーが完了した。男は呻きながら何かを訴えていたようだが、何を言っているのか聞き取れなかった。俺はかろうじて意識を保っていたが、頭痛はいっこうに収まらない。男はすぐに静かになって、そのまま息を引き取った。


「じいさん・・・こいつは何を言っていたんだ?」


「名前さ。死んだこいつの名前。リドラーモント。死ねば奴隷から解放されるからな。名前を名乗って別れの挨拶をしたんだ」


なるほどね。そんな習わしみたいなものがあったのか。知らなかった。人生から解放されて・・・名前を伝えて・・・終わりか。あんた・・・リドラーモント。


「そうか。じゃあじいさん。俺は戻るぜ。横にならないとホントにやばい」


「ああ、話の続きはまた次の機会だ」


脳みそが直射日光に晒されて焼けてるみたいだ。脳を取り出して冷水につけたらどんなに気持ちいいだろうか。


早く寝よう。ってかこの状態で寝られるのか?クソ。栄養足りてないのに、痛みで体力を奪われたくないぜ。根っこがジュクジュクと痛む。魔法に侵食でもされてるみたいに感じる。ふらふらしながら自分の長屋に戻って倒れた。

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