第93話 また変なのが来た

セロー様は村で状況を確認後すぐに応援を送ってくれた。巨大スライムの奇襲による犠牲者は2名だそうだ。サラバ散っていった戦友達よ!だが悲しむのは今じゃない。俺達は尊い犠牲を出しつつも交代しながら体を休め、なんとか1日目を乗り切ることができた。


夜の林は危険かとも思われたが、巨大スライムのハンパじゃないドブ臭により魔物達は逃げ惑っており、拍子抜けするほど危険はなかった。たとえ襲われたとしても騎士様がなんとかしてくれただろうとも思う。


俺は短い仮眠をとりつつ巨大スライムのヘイトを稼いだよ。すぐに誘導のための周回コースが出来て、あとはそこをぐるぐる回るだけ。簡単な仕事だ。そう、あの強烈なスライムスメルさえなければ・・・。


現在は俺とサーゴと騎士様四人の六名体制で事に当たっている。王都への救援要請は魔法使いだけではなく騎士にも送られたようだ。


だが俺達はそれまで持ちこたえることが出来るだろうか?救援にやって来る汚染ゼロのピュアボディな人達ならいざ知らず、スラスメルに魂の奥深くまで侵食されている我々に、タイムリミットはそう長くない。


誰もがそこに不安を感じている。一呼吸ごとに猛烈な吐き気と頭痛に襲われるのだ。焼いてもいないのにこの破壊力。焼くときのことは考えたくないものだ。


救援部隊に仕事を引継ぎ我々が安全地帯に下がった後、巨大スラちゃんを焼いてもらう予定になっているので、俺達は焼きの作業はしない。


すまんな、救援の皆さん。今大事なのはここ数ヶ月同じ釜の飯を食った現メンバーなんだ。ピュアボディのあんたらが焼きの作業で全滅しないことを祈るよ。あと少しだ、あと少しだけ耐えれば俺達は生還できるんだ。


しかしスラスメルに汚染されたこのボディは、元のように戻るのだろうか?回復までひと月くらいは覚悟しておいたほうが良さそうだが、その間は町での生活なんて無理だろう。隔離施設にぶち込まれて修行僧のような生活をするのか?


まぁ先のことが不安は不安だがここから解放される喜びと安堵感には換えられない。さてリハビリ生活で何をしようかな。


全身洗って、香油を塗りたくってにおいを中和しつつ、美味しいもの食べて、臭わないベッドでゆっくり寝たいな。うん、お菓子も食べたい。これまでずっと何を食べてもドブの味しかしなかったからね。


戦後の生活に思いを馳せれば、吐き気と頭痛も少し緩和された気がする。仲間の存在に助けられながら一定の時間毎に「自宅」罠でスラちゃんを呼び寄せる。あぁ、眠いな。目がしぱしぱする。


「貴様等か。我がペットをいたぶっているのは」


は?眠気を抑えるために、これからの生活に希望を植える会を脳内開催しようとしていたら、進行方向からお声がかかる。愛と希望の植樹ボランティア団体を設立して募金を募り、その金でウハウハ生活するという妄想の邪魔をするのは誰だ!


見ると声の主は透明っぽいボディをお持ちの種族不明の人。水が人の形をしているように見えるだけだが、これマトモな生命体なの?スライムじゃないよね?


ったくまたかよ!俺の人生この先いいことってなんかあるのかな?って真剣に考えざるを得ないぜ。こうやってわけ分からんヤツがあとからあとからよく湧いて来るんだからさ。


「止まれ。そして答えよ」


吐いてくるセリフからしてやばそうなヤツだ。偉そうな態度は自分のことを偉いと思っている証。その証を持ってるヤツは大抵ホントに偉い。つまりこの謎の人は偉い。クソみたいな理屈だが、無視できない世界のルール。


とりあえず一度止まるしかないか。まだスライムには追いつかれないから、少しなら問題ない。しかしペットっていわれても俺達はお犬様や猫はもちろん亀的なものだっていじめていないよ。


いたぶるっていうからにはつまりあの巨大スライムのことを指しているんだろうけど、あれがペット?ドブだぜ?あれ。正気なのか?お偉いさんの考えることはいつだって我々下々のものには理解できないな。


騎士様が水を人型にとどめたような姿の相手に向かってこたえる。


「ペットとはまさかあの巨大なスライムのことを仰っておいででしょうか?」


騎士様が敬語を使っている?なんだ?有名な偉い人なのか?ミネラルウォーターの元締め的な?水は大事だからな。分かるよ。


「然り。我がペットである。助けを呼ぶ声が聞こえたので来たらこの始末だ」


「失礼ですが、水精様でいらっしゃいますか?浅学で申し訳ありませんが・・・」


「然り」


なんていった?スイセイ?水の・・・生命体の略か?よく分からん。まさか流れ星ってわけではないよね。


「なんと・・・」


騎士様は絶句している。やっぱりやばいヤツなのか?それともただ偉いヤツ?ワンチャン、ミネラルウォーターって線もあるのか?・・・まぁないか。俺達の戦いは最悪の決着を見る形で終了、なんて展開じゃないよね?。


「貴様等をここで責めようとはいうのではない。ここにペットを置いた我にも責はある。だが、そこの貴様。背の低い貴様だ。そうだ。貴様は別だ。騎士よ、話があれば国のルートを使い届けよ。ペットの始末は我がいま行う」


謎の水生物は言い終わると同時に俺の正面に急接近。人間の形が崩れて球体になったと思ったら、俺の全身を包むように覆いかぶさってきた。あっさり捕食されたと思ったら、水生物の体のなかに取り込まれてしまった。


騎士様達やサーゴが何か叫んでいるようだが、よく聞こえない。呼吸はできるようだが、俺このまま消化されたりしないよね?


水生物は続けて巨大スライムにウォーターボールらしき魔法を数発発射。当たったそれは薄い水の膜になって巨大なスライムを包んだ。


「水の結界だ。もうそれは動けん。しばらくここに置いておくことにする。外から触れると結界に取り込まれる。気をつけよ」


そういうと水生物は水鉄砲よろしく飛ぶように移動を開始。もちろん俺を取り込んだままだよ?あまりのスピードに視界がぐちゃぐちゃになって気持ち悪い。


すぐに目を閉じて状況を整理するため深呼吸から始める。スーハー、スーハー。4ヶ月近くドブさらいをした成果がこれか。よくもまぁ次から次へと楽しいアトラクションを用意してくれるものだ。


この世は本当に不思議なことで溢れているよ。そう思わないか?え?思わない?じゃあ我々の勇敢な戦友を2名もぶち殺した巨大なドブをペットと呼ぶ謎の水生物に拉致される経験・・・皆にもあるってことかな?


これが不思議体験じゃないと言うなら一体なんだというんだ?ただ俺の運が悪かっただけなのか?俺の運が?ラックが?無かったってか?俺のラックがさぁ!


すいませーん。今日の僕のラッキーカラーってなんでしたっけ?こうして追い込まれてみれば、胡散臭い開運グッズに大金を出す人の気持ちも分かるというものだ。


人生何がきっかけで今まで知ろうとも思わなかった他人の謎思考に考えが至るか分からないな。相手の立場になって考えて見ろとはよく言ったものだ。


分かっていたつもりなのに、改めて思い知らされる。思い知ったと心に刻んだはずなのに、同じことをまた繰り返す。


俺も大事なことを何度も見逃して今日まで生きてきたに違いない。前世がどうとか、中身がおっさんだとかなんて関係ないんだ。これからも大事なことに気付かずに通りすぎてしまうかもしれない。


だが次があるのなら決して見逃すものか!今日の反省。ラッキーカラーは毎日確認すべし。これだ!


開運グッズ。これこそがこの不思議世界で頼れる唯一の心の支えかもしれない。俺の瞳がドブのように濁っているって?そんなことは知っているさ。それより開運グッズがどこに売ってるか知らないか?みんなからのお便り待ってるぜ。

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