第92話 巨大な心臓
スライムダンジョンの攻略を始めて3ヶ月以上は経過したはずだ。その間、北での戦争の種火は大火になる前に水をかけられたらしい。
では激しい戦闘を繰り返していた我々の対スライム戦争はどうなったか?当初の予定とは大幅にズレたが、やっとだ。やっとその激闘に終止符を打つ時が来た。と喜んでいたのだが・・・。
見たまえ。どの一人を選んでもみても、その瞳に映るのは絶望の色。自らの剣を国に捧げ、その信任を矜持に己を高める騎士達が我先にと逃げているではないか。ご多分に漏れず俺もあらん限りの力を振り絞って大地を駆けている最中である。
突如出現したあれは何だ?あれがいわゆる魔王という存在なのか?透明な体に赤と青の筋が入り乱れそれがまるで血管のように見える。
消化前らしい土や石がところどころに浮かんでいるのはまだいいとして、まだ生きている様子の魔物や消化途中の魔物がかなりのグロさを見せている。そのおぞましい姿はまるで一個の巨大な心臓のようだ。
高さだけで20メートルはあるんじゃないだろうか?あれはスライムの王なのか?本当の名前なんて知らないが、マザースライムと言ってもいいかもしれない。
ダンジョン攻略にも終わりが見え、あと横穴を数箇所掃除して終わりだと安堵して矢先の出来事。じゃあ今日も行きますかとダンジョンに入ろうとした時にヤツは現れた。
地震だと思った一瞬後には巨大なスライムがダンジョン入り口をぶち壊しながら弾け出てきたんだ。それはもう悪夢でしかない。
今まで俺達を散々苦しめてきたスライム。実際は俺達がスライムを虐殺してた図式だから、スライム側からしたらひどい言いがかりだろうが、俺達にとっては地獄のスメル攻撃で頭がおかしくなりそうだったんだから自信を持って苦しめられたと主張できる。
まさか死んだスライムが地獄で合体でもしても再び地上に顕現したのか?俺はボスモンスターを召喚するための生贄をあの世に送り続けていた愚か者だってのか?
この状況でも無意味な妄想を展開できる自分に、我が事ながら驚いちゃったりもするが、この悪夢は現実が見せた趣味の悪い幻ではない。リアルガチなやつなのだ。
巨大なドブの塊の出現に、すでに一心同体と言っても過言ではない連携を誇っていた我々は以心伝心とにかく一斉に走り出した。
仲間の何名かはヤツの犠牲になるだろう。だが全滅は免れるはずだ。一人でも生き残っていれば我々の勝ちだ。俺達は一心同体。記憶は引き継がれる。死んだ人間はその意味で復活するのだ。今はとにかく走るだけ!
引き絞られた弓から放たれた矢のように、運を天に託し突っ走る。俺も全速で走って、ふと気がつけば村の近くまできていた。
振り返ってみると巨大スライムの上の部分が見える。林の木より背が高いそれは、おそらく村の方に向かってきている。
今の進路なら村に直撃はなさそうだが、結構ギリギリかもしれない。少し方向が変わればあっさり村は呑み込まれるだろう。こちらに意識が向いていない今のうちになんとか一撃入れてみるか。
何より今日までともに戦ってきた戦友の死を無駄にするわけにはいかない。まぁ死んでるかどうかは知らないが・・・。
俺は呼吸が整うのを少し待ってからまた走り出した。ヤツの動きはそう速くない。だがスライムが獲物を捕獲する瞬間のスピードはかなりのもの。あの巨大な体なら攻撃の射程も相当なものだろう。近づき過ぎないように気をつける。
俺の「自宅」の盾で防ぎきれるだろうか?いや無理だろうな。だが射程なら俺の「自宅」だって捨てたものじゃないんだ。なんとかスライムと地面の接地面が見える場所を探す。
慎重にヤツの動きを見ながら視界が通る場所に移動。よし、ここならいけるぜ!「自宅」発動!
スライムが急停止した。「自宅」に嵌った部分が抜けなくて動けなくなっている。いいぞ。そのまま大人しくしていてくれよ?
なんて俺の願いは、いわばフラグ。初期のガ○プラよりも脆い、哀しい玩具。ヤツは「自宅」に嵌った部分を分離して切り捨てやがった!
俺の「自宅」がドブまみれになったという事実に心が折れかける。ヤツが切り捨てた「自宅」内のスライムはもう死んでいるのか?死んでるなら外に捨てて、同じ手順でなんとかヤツを始末できそうだが・・・。
わずか十数秒だが俺の稼いだ時間で騎士様が虎口を脱したようだ。こちらに走ってくる。おぉセロー様か。かなりお疲れのようだ。
「ジタク!助かったぞ!身体強化も限界であった!あれをなんとかできるのか?」
「分かりません。ヤツの一部を捕らえましたが、まだ生きているかもしれません。今からそこに出して確認します。注意してください」
切り取ったヤツの体を空中から吐き出す。ベチャっと落ちてからぐるぐると動きだした。本体を探しているのか?
「ダメです。生きているようです。やはり焼かないとダメみたいです」
「では打つ手なしか!クソ。下手をすれば村が襲われてしまうぞ!」
セロー様は怒りを爆発させている。確かに打つ手が思いつかない。切り取ったスライムは移動をはじめ本体の方にズリズリと進んでいく。
あれをもう一度「自宅」に沈めたところで意味は薄いな。どうする?とりあえず削れるだけ削ってみるしかないか?だが、下手に削って捨てても数が増えて厄介になるだけか?
「ジタクちゃん!」
ロンダだ。横にサーゴもいる。無事だったか。
「ジタク。無事だったか。セロー様もご無事で!」
「ああ。サーゴ殿も。しかしあれは・・・どうすればいいのだ。何か案はないか?」
「ジタクちゃんの魔法は?・・・そう、本体に・・・それではダメそうね」
「セロー様は村の人達の避難させてください。他の騎士様方もそれぞれ村へ向かっているようです」
「そうだな。私としたことが冷静さを失っていたようだ。それでサーゴ殿はどうする?アレに向かうのか?」
「私達家族でヤツの気を出来る限り引いてみます。村とは逆方向に誘導できないか試してみますよ」
「分かった。村で態勢を立て直し次第援護に向かう。それまで頼む!」
巨大スライムは相変わらずゆっくり村方面に向かっている。俺達三人は回りこんでヤツの注意を引こうと試みる。
サーゴは持っていた松明をロンダにも渡してヤツの攻撃に備えている。そんなもの役に立つか怪しいものだが気分的にはとても頼もしい。
俺は「自宅」を使い、ヤツの一部を切り取って捨てるという作業を繰り返した。下手に数が増えるよりはマシだと、敢えて本体の近くに捨てた。
二十回も繰り返すと、とうとうヤツは俺達を認識したようだ。進行方向がこちらに変わる。よし!成功だ。足の速さならこちらが上。逃げるだけならなんとかなる。
時間稼ぎの役割は十分に果たせるだろう。
騎士様の応援もすぐにくるはず。この辺りを駅伝方式でぐるぐる逃げて、火系の魔法使いでも来るのを待てばいけるんじゃないか?
走りながら横を見ると、サーゴとロンダも希望が見えたのか笑顔を見せている。ふぅ。これからしばらくはあいつのお守りをしなきゃいけないがなんとかなりそうだな、と俺も二人に笑ってみせる。
ただ、あれを焼いたらどんな汚染が発生するのかと想像すると恐ろしい。現状でも強烈な悪臭を放っているんだぜ?うっ!吐きそうだ!サーゴは走りながら吐いている。見慣れた光景だが見ていて気持ちいいものではない。
だがサーゴを責めるのは筋違いだ。これは致し方ない。ドンマイです、とサーゴに親指を立てて微笑む。その瞬間!さながら天啓のように頭に降ってきた考えに衝撃を受ける。
「あれを焼いたら俺達は死んでしまう」
俺の呟きにサーゴとロンダの笑顔が固まる。二人もその事実に気づいたようだ。数学の公式を使うように、細かい理屈なんて分からなくても答えは導き出せる。1足す1が2であるように、今日が終われば明日になるように、それは当然のことなのだと自信を持って言える。根拠なんてこの際必要ない。
「においに殺されるぞ。間違いない」
アイコンタクト。ロンダは頷くとセロー様のもとに走っていった。
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