第94話 お話

謎の水っぽい生物に拉致されて高速移動中のキーンです。たまに目を開いて見てもどこを移動しているのか速過ぎてよくわかりません。森らしき場所を移動していると思ったら、数分後には水中を進んでいたりするんですよ。


キーン少年の天命ここに尽く。ってな具合でしょうか?気がつけば誕生日も過ぎて12歳になったのに、誕生日プレゼントは謎生物による拉致ですよ。思い出に残る一日になりそうで嬉しいなぁ。


時間の感覚も曖昧になってきた頃、やっと目的地に到着したらしく水生物は一軒の小さな家の前で停止した。そのままスーっと進み、その家の扉を開けてなかに入っていく。


すぐにリビングらしきところで椅子に座ってお茶を飲んでいる若い女が目に入った。あれはエルフか?黒く美しい髪が腰まで伸びている。


水生物とエルフは何やら話しをしているが水生物の体内に捕らえられたままの俺には全然聞こえない。10分程その様子を眺めていたら、水生物がバシャっと俺を解放してくれた。


「はじめまして。わたしはテトラ。あなたの名前は?」


エルフが薄気味悪く微笑みながら話かけてくる。あなたの名前は?じゃねぇよ!俺の名前も知らずに拉致ったんか!このあわてんぼうが!


「はじめまして。キーンと申します」


もちろん丁寧に返事するよ?最初の印象が大事だもんね?だからいきなり殺すとか言い出さないでよ?


水生物が騎士様方と対等以上の関係を見せていたことを考えれば、この女エルフもそれなりの立場を持っているんだろうさ。慎重に慎重に。


「キーンね。ジタクというのは?」


「仕事上の偽名です」


「わたしに本当の名を教えてよかったのかしら?」


「キーンでもジタクでも変わらないですから」


「そう。ではまずお茶にしましょう。ウタ、お茶の用意をお願い。キーン、あなたはそこに座ってね」


女エルフが水生物にお茶の用意をさせる?ならばこいつらは主従関係にあるってことか?それはやばいな。水生物だけでも騎士に様付けされてたんだぜ?それより上ってどういうんだ?


「色々分からないことが多いでしょう?お茶を飲みながらお話しましょう。最初に言っておくけど、わたしはあなたを咎めるつもりはないわ。話が終わったらそのまま帰ってもらって結構よ」


咎める?人を拉致しておいて俺を?咎めるって・・・あぁ、スラちゃんのことか?まったくよぉ、咎めるも何もあのドブの塊たるスライムに対する罪なんか存在しねぇわ。逆にこっちが賠償請求したいってのにさ。


この体のにおいはもちろん、精神までどっぷり汚染されたんだぜ?俺本来のラブリーでスウィートな体を返して欲しいわ!


「でもちょっとにおうわね。ウタの体のなかでキレイになってるはずなのに」


なんだと?クンクン!確かにあんなに頑固に染み付いていたスライム臭が無くなっている?スライム以上にスライムくさくなっていたはずなのに、なんてヤツだ。ぜひ戦友達も洗濯してあげて欲しい。


「洗って下さったのですね。ありがとうございます。ところでお話とはなんでしょうか?」


「ええ、そうね。あら、お茶の用意ができたわ。まずはいただきましょう」


水生物が優雅な手つきで給仕してくれる。お茶からのぼるいい香りが鼻腔を通って脳に直で囁いてくる。あぁ、これは間違いない。これはいいお茶だ!


今の俺の立場では毒の混入を疑う必要もなかろう。それよりもスライム臭から解放された嗅覚が、いいお茶の香りにガンガン反応している。


この美しい琥珀色の液体を喉に流して味わいたい!微かに右手を震わせながらカップを持つ。ティーカップの持ち手のところまでほんのり温かい。


思わず水生物の方を見てしまう。全身透明で顔なんてない。つまりヤツに表情なんかあるはずもないんだが、若干笑っているように見えた。私の細かい配慮にお気づきですか?的な感じでさ。バカにしやがって。


黄金色に輝くその液体をゆっくり口に滑らせていく。あぁ、そうだ。この香りとほんのり感じる甘みと渋み。それらを一番楽しめる最適な温度管理。水生物よ、お前は正しい!


お茶そのものの品質もさることながら、それをいれる水生物の技量にも感嘆せざるを得ない。飲み込んだ後に鼻から抜ける香り。さらに口のなかには、さっぱりしながらもまだ甘みが残っている。


下品と言われようが構わない。一口ずつ、それでいて一気にお茶を味わい尽くす。あぁいいお茶だ!これこそがいいお茶なんだ!わっしょい!わっしょい!


「ご馳走様でした」


女エルフに心からのお礼を。そして水生物にもだ。スライム戦争の最前線でささくれ立った俺の心を見事に癒してくれた。春はあけぼの・・・と脈絡もなく言葉が浮かんでしまったよ。郷愁にも似た感情が湧いてきたんだ。


「気に入ったようね。よかったわ」


女エルフは笑っている。こちらをバカにしたようなものではなく、あらあら仕方のない子ね、という感じだ。


「すみません。とても美味しかったものでつい」


「話の後でまたいれるわ。先に話をしましょう。まずはあなた達が攻撃した巨大なスライムの件ね。あれはわたしのペットなの。ウタに話は聞いたけれどわたしもそんなに大きくなっていたなんて知らなかったわ。びっくりね。わたしの実験に使ったものだから普通のスライムと違うのは確かだけど、そんなになるなんてね」


うん?実験?不穏なワードが飛び出したぞ?


「実験のあと、ちょっと扱いに困ってあそこで放し飼いにしていたわたしも悪かったわね。だからあのスライムについてわたしから言うことは何もないわ」


何か嫌な流れだな。スライム狩りを問題にしないのなら俺はなぜ拉致されたんだ?


「聞きたいのはあたなの魔法についてよ」


ズバリ!そんなことだろうと思ってはいたけどさ・・・うんざりだ。体のにおい除去とお茶の分のお礼はするけどなぁお嬢さん。そういうのはうんざりなんだよ!はっきり言って割に合わないよ。


「随分嫌そうな顔をするのね。フフフ。あなたのその左腕。どうしたのかしら?それも魔法絡みなんでしょう?諦めなさい。あなたの魔法は普通ではないわ。その魔法を使う度に面倒事が起こると思っておいた方がいいわね。フフフ」


悪魔のような宣言だなオイ。実際その言葉は正しいと感じている自分がいるしな。しかし俺の魔法の何を知ってるんだ?こういう訳知り顔のヤツが一番ムカつくぜ。出来れば今すぐこの女をスラスメルに汚染されたままの「自宅」に落としてしまいたい。


「僕の魔法が普通じゃないとはどういうことでしょうか?」


ってかこれホントに帰らせてくれるのかな?こういうヤツラって大体二重三重の罠でこっちの行動を縛ってくるんだよなぁ。果たしてアンタは約束を守ってくれるのかな?覆水盆に返らず。吐いた唾をまた飲むなよ?それとお願いだから僕を殺さないでね?

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