第87話 日々是修行
「ジタクちゃん。もうすぐ村に到着するわよ」
「ホント?ママ!村で何か温かいもの食べれるかな?」
「ジタクちゃんがいい子にしてたらきっと食べられるわ。ママも楽しみだわ」
「うんママ!僕いい子にしてる!」
ここにまた一つ、新しい地獄の蓋が開いた。開いた蓋は容易に閉じない。母親気取りのロンダとかいう修羅が常に蓋を全開にし、この地獄を楽しんでいるからだ。俺はこのグロい会話を生涯二度と思い出したくない。
「ジタク!パパの肩揉んでくれ、右腕をもっと鍛えるんだ」
「分かったよパパ!僕頑張るよ」
「おう。気持ちいいな。もっと強くてもいいぞ」
「パパ!これが限界だよ。僕もう腕が疲れてきちゃった」
父親気取りのサーゴというこの男もこのクソみたいな家庭演劇に骨の髄までどっぷり浸かって気持ちよさ気にあえいでいる地獄の住人だ。
俺の演技力があらゆる子役の頂点に立つ日もそう遠くはないだろう。この世界で体験したことが全て夢で目が覚めたら元の世界、なんてことになったらすぐに劇団に履歴書を送ろう。こんな地獄から生還した役者はいないはずだ。
応募の動機欄にはこう書こう。異世界で様々な劇団に所属し道化として活躍。その後子役として演技の幅を広げ日常の生活から常に役に成りきることに成功、周囲もこれを疑わない水準の演技力を得ることができた為、と。
どうも。前世に帰れたらトップスターが約束された男、キーンです。現在は偽名であるジタクと名乗ってます。意味のない仮定の話で心を慰めるぐらい大目に見てください。もうそれぐらいしか楽しいことがないんですよ。
さて、暗部に異動になると思ったら訳のわからないうちに魔物狩り任務を拝命しました。いかんせん俺の信用はゼロどころかマイナス値なので、まともな任務は与えられないとの判断らしいです。
さすがはおヒゲの宰相さんだ。人間のことがよくわかっている。俺の魔法を最大限利用しようとして戦地なんかに送ってみろ、ダブルスパイになって帰ってきちゃうぞ?または道化魂に火がついて戦線を拡大してしまうかもしれない。もちろん第一候補は「逃げる」だけどね。
という訳で俺達は小さな村に到着しようとしている。どうやらこの周辺で魔物狩りをするようだが、詳しい話はまだ教えてくれない。
ロンダとサーゴからは家族として振舞う練習をしろと言われて、ここに来るまで冒頭のような会話をひたすら繰り返していた。
冒険者の夫婦とその息子が国からの依頼で魔物狩りに参戦という設定らしい。正直そんな設定がなぜ必要なのかわからん。普通に正規の手続きでその辺の冒険者を派遣したってことでいいんじゃないか?
そんなことを聞いても二人は何も答えてくれない。ジタクちゃんたら色々知りたい年頃なのね、なんてニヤニヤされるだけだ。そこで不満顔をして見せても二人が喜ぶだけなので俺は大人しく景色を眺める。
村の入り口が近づいてきた。サーゴが門番に片手を上げると向こうも手を上げる。
「ご苦労さん。俺はサーゴ。冒険者だ。例の場所の応援に来たんだが、話は聞いてるか?」
「こんにちは。サーゴさんですね。聞いてますよ。馬車はこちらでお預かりします。ここをまっすぐ行くと村長の家がありますから、まずはそちらに」
「わかった。よろしく頼む」
馬車を預けて三人で村長の家に向かう。
「ジタク。パパとママが仕事のお話してる間、お前はどうするんだっけ?」
「パパ!僕は黙って話を聞いてる。余計なことは言わないし表情にも出さないよ」
「さすがはジタクちゃんね。ママの自慢の息子だわ」
ママじゃねぇよ、このアマ。いい加減苦しくなってきた。もう一度確認だ。
「パパママ。僕はホントにこんな良い子ちゃんの必要あるの?」
「ハッハッハッ!必要か・・・必要はないな。ないはずだ。必要があるとかないとか、そんなに重要なことではないだろう?」
「あなた?何を言ってるの?必要よ。だってこんなに楽しいんだもの。楽しいことは必要だわ。そうじゃない?」
そうかそうかと笑うサーゴ。なるほど、ただそれだけの理由か。
「父さん、母さん。僕はもう、今、この瞬間大人になったよ。ちゃん付けもかんべんして欲しいな」
「おお!ジタク。いつの間にそんなに大きくなったんだ?パパ驚いちゃったぞ?」
「ママもよ。あんなに可愛かった子が・・・反抗期かしら?でもダメよ。ママは許しません。まだまだ私のかわいいジタクちゃんでいてもらうわ」
村長の家に到着したことでこの問題は先送りになったが、まぁいけそうだな。なし崩し的に口調は変えてしまおう。
家の人に案内を乞いすぐに村長との話し合いが始まった。お互い簡単に挨拶をしてサーゴが本題を切り出す。
「どうですか?何か変化はありましたか?」
「いや、今のところそういう報告はないです」
「それはよかった。騎士様はここには?」
「はい。交代で休まれています」
「セロー様はあちらですか?」
「はい。今日あなた達が来ることはお伝えしてあります」
「ありがたい。では我々も挨拶に伺います。それと宿を用意してもらってると聞きましたが」
「ええ。用意してあります。後で案内しますよ」
「重ね重ねありがたい。では先にあちらに行ってきます。戻ってきたら案内をお願いします」
「わかりました。お気をつけて」
なんだかよく分からない話を聞いて外に出る。二人の様子を窺っていると二人がにっこり笑いながら説明してくれた。
「ジタクちゃん。あなたにはこれからダンジョンアタックしてもらうつもりだからね?頑張るのよ」
「そうだぞジタク。父さん母さんと一緒にダンジョンの入り口を監視中の騎士様に挨拶に行こう。ダンジョンだぞ?わくわくするだろう?」
あぁ、体調がまた一段と悪くなりそうだ。俺の呪いは筋金入りらしい。自縄自縛。身から出た錆。某遊園地の人型ネズミの着ぐるみのように、そこからチラとでも抜け出すことあたわず。
わくわくするかって?そのダンジョンとやらが前述のネズミが支配する夢と希望のテーマパークか何かならわくわくするかもな。ねぇ父さん。もしかしてそのパターン?夢と希望のやつ?それなら俺は喜んでそのネズミの靴を舐めるぜ?
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