第86話 流されるまま

夜いきなり目が覚めて汗だくの自分にびっくりするなんてことありますよね?嫌な夢でも見たのか、体調がおかしくなったのか、ただ暑かっただけなのかは分かりませんが、僕の場合で言うと二番目です。


僕は現在王都から徒歩20分ほどのところにある小屋で風邪と思われる症状と闘っているところです。え?話が飛びすぎていてわからないですって?そうですよね。


では孤児院を訪れたあとのことを簡単に説明しましょう。院長先生の果てしなく無限の愛に撃ち殺された僕は、あの瞬間己の軽率な行為を激しく後悔しまして、この人をこれ以上困らせてはいけないと一念発起。孤児院を監視している人達にご挨拶しに伺いました。


その時の院長先生や孤児院の様子などは割愛させていただきます。まともにあちらを見ることができませんでしたし、正直あまり憶えていないんです。


それで僕は監視員に連行されて暗部の皆さんのもとへ行く予定だったようですが、途中馬車のなかで体調を崩し現在に至ります。あぁ、馬車移動の途中、顔なじみの黒ずくめさんにはお会いました。


「一度逃げてまた戻ってくるとはな。何を企んでいる?」


などと温かい言葉をかけていただきましたが、気力を振り絞って笑顔を返すのが精いっぱいでした。黒ずくめさんもニヤリと笑っていたようなので、心が通じたのかな?一安心です。


ふむ。案外優しいじゃないか。こうしてベッドでのんびりと休ませてくれるなんてな。連中何か大きな勘違いとかしてないだろうな?俺がものすごい秘密を持った魔法使いだと思ってるとか。


俺をいくらで買ってくれるかしらんが、せいぜい吹っかけてみるとしよう。だがガキに舐められたにも関わらず孤児院を吹き飛ばさなかった連中だ。俺のテレビドラマ仕込みの交渉テクニックではかなり分が悪いのは事実。


買い叩かれるどころか、逆にこっちが何かの支払いを求められそうだ。まぁ孤児院ネタで揺さぶってくることは間違いだろう。下手な演技では騙されてくれないだろうな。もっと役作りを入念にする必要あり、とメモっておこう。


結局院長先生とはろくに話もせずに別れてしまった。瞬間的な感動の勢いで監視さんに自らを差し出したわけだがこれでよかったのか?


孤児院は守りたい、だが危険が迫れば逃げる。もちろん逃げる。無理なものは無理。俺は死にたくない。痛いのもいやだ。そうしたらまた孤児院に迷惑がかかるはずだ。何かいいアイデアをひねり出さねばならない。


しかし院長先生はあんなにも優しい。なぜだ?それが院長先生の生き方なのだと言ってしまうのは簡単だ。だがそれをする院長先生とは一体何者だ。院長先生のご加護の方がどこぞの聖なる地で見た美しい木よりもありがたい。


今回幸運にも孤児院のみんなは無事だった。今後どうなるかは分からないが、俺が奴隷根性に目覚めさえすれば悪いようにはされないだろう。俺は逃げずにいられるだろうか?


ここで今後のキーン予報を見てみよう。一度逃げだしたキーンに対する暗部前線の発達に伴い、50%の確率でキーンは奴隷に落とされるでしょう。また一部軍閥貴族による恨みの圧力にも注意が必要で、キーンとお出かけの際は防弾チョッキ的なものを忘れずご着用ください。


今後のキーンの移り変わりですが、奴隷またはヒゲ宰相の犬、ところによりお貴族様の身代わり羊となることが予想されます。不意なキーンの変化に十分ご注意ください。以上、今週のキーン予報でした。


死の影が見え隠れしている。見えてる見えてる!と突っ込みたいが、その声に惹かれてこっちにこられては困る。体がだるいからか、精神的にもネガティブ気味になっているようだ。


汗でべちょべちょになった服を着替えるのは億劫だが、ハァハァ言いながら着替える。よしもう寝よう。ゴホゴホ咳をしながら眠りに落ちた。





朝起きると黒ずくめの男が目に入る。


「小僧起きたか」


その短い言葉だけで顔なじみのあいつだと分かる。


「はい」


「よし。お前の仕事が決まった。喜べ」


もう仕事か。どこか暗部の拠点みたいなところに行くんじゃないのか。まだまだ体がだるいんだけどなぁ。しかも自分を売り込む時間もなし。奴隷落ちは嫌だよ?


「分かりました。詳細を教えてください」


「お前にはある場所にいってもらう。そこで魔物狩りだ」


眉間に皺をよせた俺を見て機嫌がよくなったのか、黒ずくめはちょっとだけ楽しそうだ。子供の困った顔が大好物ってか?いい性格してるぜ。


「そこへ行って言われた通りすればいいんですね?」


「そんなところだ」


「僕一人ですか?」


「もう二人いる。あとで合流する。お前の魔法のことも伝えてある。対外的には闇の拘束魔法。これがその設定だ。足りない部分は適当にでっち上げろ。それとこれを持っていろ」


「これはなんですか?」


「鈴だ。お前の動きが分かる」


金属の腕輪のようなものを受け取る。これに追跡魔法でもかけたってことか?


「以上だ。さっさと立て。出発するぞ」


しんどい体をノロノロ動かして出かける準備をし、黒ずくめのあとに付いていく。活動資金的なものは頂けないのかな?腹が減ったら水でも飲んでろってことか。


最悪タダ働きは仕方ないとしても、食費くらいは欲しいもんだ。別の二人ってのが持ってるのかな?しばらく歩いて街道の交差点につくと男女二人が馬車の御者台に座って待っていた。どちらも人族のようだ。


「こいつが例の小僧だ。何も知らんから好きに使え」


「了解だ。予定通りでいいな?じゃあ行ってくる」


黒ずくめとはここでお別れ。あっさりしたものだ。奴隷落ちもなかったし、逃げたことに対する罰みたいなこともない。お国が何を考えてるのか全くわからんな。孤児院に監視を付ける程度には俺に価値を見出していたと思うんだが・・・。


そして目の前の二人。俺が荷台に乗りこむと、女の方が俺の正面に移ってきた。同時にパッカパッカと可愛いお馬さんが歩き出す。


「私はロンダよ。あっちがサーゴ。そしてあなたは私達夫婦の子供。名前は・・・何にする?」


どこかの夫婦の子供って設定か。そしてとうとう俺もナナシ的な存在へ。名前なんてとうの昔に捨てちまったよ、なんてセリフを俺もいつか渋めに吐くのだろうか?このまま日陰者としてずるずる流されて正体不明の化物になっちまうのかしらん。


「ジタクと呼んでください」


「ジタクね。ジの部分にアクセントをつけろ?ふーん。まぁいいわ。じゃあ私の可愛い息子の誕生を祝って魔物狩りの話をしましょう!」


なんかテンション高いおばさんだなぁ。具合悪いって主張しても無視されそうな人ランキング1位だな。まぁお仕事なんだ。頑張って発言力を上げれば、孤児院にもいつか恩返しが出来るかもしれない。今は院長先生の優しさを糧にサンクチュアリたる孤児院の方角に祈りを捧げるべし。

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