第85話 孤児院の今
皆さんは憶えているだろうか?俺、キーンがアロンソ王国から一目散に逃げ出した時のことを。
そう。自分が投げた餌に食いつく猛獣達にびびって、こりゃいかん!直撃きてるじゃねぇかと逃げを打った時のことだ。
あのミスリル化銀貨事件は結局灰色の決着に終わったが、俺が限りなく黒として疑われていたことは事実。またそれとは関係なしに、俺の持つ魔法に利用価値を見出して飼い殺されそうになったことも事実。
そうならば俺を王都に送り出した町長や俺を育てた孤児院には、何か制裁が加えられたと考えるのが自然ではないだろうか?保護者という意味では俺に対する責任は彼等が負っていたのだから。
アロンソ王国を捨てて逃亡生活に入ってからそのことは何度も考えた。俺の気まぐれで起こした事件のために孤児院が廃墟に変わっているかもしれないと。どんなに楽観的に考えても、何のお咎めもなしということはあるまい。
仕方なかったんだと言い訳をしながら、俺は気付かないふりをしたよ。たまに不意打ち気味に思い出すことことはあったけど、自分をある程度責めることで精神のバランスを取ってそれで終わり。
孤児院の皆だけは守るとかなんとか言ってなかったっけ?あれってなんだったの?という疑問は当然のことだと思う。答えは簡単だ。事実を見れば明らかだろう。嘘だったのだ。あとで後悔しようが、反省しようが結局自分のことしか考えていない純度100%のクズ。それが俺だということだ。
自分で始めたことの始末もつけられなければ、その影響で被害をこうむるであろう大切な人達を守ることもせず逃げるだけ。口先だけの甘ちゃん坊や。どうも、ご紹介に預かりましたキーンです。
そんな人でなしが故郷の周辺国で起こりそうな戦争の話を聞いて孤児院に帰ることに決めたのはなぜなのか?もしかしたらという思いが頭をよぎったんだよ。もし孤児院が今も残っていたら。もし院長先生も子供達も無事で生活していたら・・・。
そんな可能性はほとんど信じていなかったが、それでも帰ってみようと決めた。この先一生、負い目を感じながら自虐タイムを設けるなんてストレスが半端じゃないしね。
戦争はまだ本格的に始まってはいない。始まるかどうかも分からない。しかし始まってしまえばアロンソに飛び火する可能性は高い。そうなる前に行動を起こした。
長距離馬車を乗り継いで、ひと月ちょっとで順調に国境に到着。アロンソ入国時には俺の手配書でも回っているかと警戒したが、それらしきものは無いようだ。闇業者みたいな人に手配してもらい無事検問を抜け入国できた。
そこからすぐにまた馬車を探し、5日かけて故郷の町に。馬車が門をくぐり町のなかに入る。懐かしさがぐっとこみ上げてくる。
・・・が、全身に鳥肌が立った。こわい。見たくない。クズはクズらしくここには戻って来なかった方が良かったんだ。思い出のなかの楽しい部分だけひたすら反芻して自分の殻に閉じこもっていれば良かったんだという思いがこみ上げてくる。
今すぐ引き返そう。それで今までと同じように適当にハッピーだと思われる生活を続ければいいじゃないか。今更孤児院の瓦礫を見ることになんの意味がある?
ただそれを見て涙でもながしながら死んでいった者達へ想いを馳せて、俺はなんてことしてしまったんだとでも自分を責めつつ感傷に浸りたいのか?
そうだ。もうこうなったらそうしよう。俺にはそれがお似合いだ。不幸の跡を確認して、涙を流し、後悔する。そしてそんな自分に満足して逃げる。その後のことは知らない。どうせその内忘れるだろう。
左ひじをさすりながら早足で歩く。孤児院が見えた。あれ?瓦礫じゃない。まだある。建物が残っている。ちゃんとあった。記憶のなかのそれと何も変わっていないように見える。ちょっと拍子抜けだ。
小走りで入り口に向かう。子供達が遊んでいる。よく知っている顔ばかりだ。向こうからもチラチラこちらを見ているのが分かる。
ペラペラマントのフードを被っているから、俺のことは変なやつだなくらいに思っているのだろう。誰かが呼んだのか院長先生が出てきた。こちらに近づいてきて俺の前に立った。
「うちの子達のお友達かな?遊びにきてくれたんでしょう?」
俺はフードを少し上げて顔を見せる。
「ああ、キミか!また来てくれたんだね。いらっしゃい。お友達は家のなかだ。さぁ案内しよう。ついておいで」
院長先生の後ろについて院のなかに入り院長先生の部屋で席につく。
「キーン。久しぶりだね。おかえり」
思わず目を瞑る。
「キーンも大変だったでしょう?私達を心配して帰ってきてくれたのかな?」
俺が何も言えずに黙っていると、院長先生は俺が逃亡生活に入った後のことを話してくれた。
「今も監視はされているけど、前より生活は楽になったよ。町長様も同じように監視が付いているようだけど元気にされているよ」
簡単に言うと、俺を釣るための餌として監視付きで生かされている、といったところだった。殺すのは簡単だが、生かしておいた方がいいと判断されたらしい。これは喜んでいい・・・のか?
「キーンが帰ってきたらすぐに報せるように言われているけどね。私はそうするつもりはない。安心なさい」
なぜ?そんなことをしたら今度こそどうなるかわかったもんじゃない。
「私は子供を育て守るのが仕事。キーンが王都で何をしたのか詳しくは知らないけど、私はキーンを信じている。なに、心配いらない。これまでだってなんとかなったんだ。これからだってなんとかなるよ。私はずっとそうしてきたからね」
ちょっと前にもどこかで聞いたような話だ。聖域に君臨する大王様だったか。目の前が霞む。涙が・・・俺は泣く資格なんてないのに。
「監視がキーンを確認しに来るかもしれない。早く逃げた方がいい。心苦しいがここで匿ってあげられないんだ。キーン、また連絡をちょうだいね。待っているよ」
院長ごめんなさいと言うのがせいぜいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます