第84話 ひとりになって

1週間ほどでハンブルン王国の王都に到着した。街道をひたすら北上するだけだったのでそんなに苦労しなかった。ナナシが追いかけて来るんじゃないかとびくびくしながら走りに走ったよ。


途中で町や村に寄って食糧と周辺の地理情報を仕入れ、夜は「自宅」に引きこもって寝た。日に日に追手への不安は薄れたものの、不安材料は他にもあった。例えば片手しか使えないこと。左腕を失ったことで今まで簡単にできていたことができなくなったのはつらい。


何をするにも時間がかかるようになったし、それによってイライラすることが多くなった。一日でも早く強くなりたいのに腕を見るたびに気分が落ちた。


久しぶりに存分に体を動かすことができた嬉しさがそんなつらい気分を少し中和してくれたが、失ったものを埋めるにはあまりにもちっぽけなもの。


義手みたいなものないかな?あるいはとりはずし可能な武器をくっつけるとか?仕込み剣みたいな感じだったら格好いいかな。いや待て!待つんだキーン!それホントに格好いいか?よく考えて見ろ。むしろダサくないか?


ただダサいだけならまだいい。同情の視線なんて余裕で無視できるから。だけどそれって笑えるダサさじゃないのか?しかも鼻で笑われるタイプのさ。それは我慢ならんぞ?嘲笑なんぞさせるわけにはいかん。


待て待て待て!そもそも別におしゃれを気にする必要はないはずだ。俺はいつからそんなトレンドを追い求めるおしゃれキッズの一員みたいなもんになったんだ?


ママ!私こんなスカートじゃ学校行くのヤダ!絶対友達に笑われるわ!ってか?片腹痛いわ!格好悪くたっていいじゃないか。笑いたければ笑えよ!仕込んであるこの剣の鈍い光を見ても笑えるものならばな!


だが問題は仕込み剣なんて、そんな暗殺者みたいな武器を持っていて平気なのかというところかもしれない。この世界の技術力で本物の腕に見えるレベルの義手なんてまず作れまい。


木を彫って形を作り、よく分からない着色をした怪しさMAXな腕を想像してみよう。まるで小学校低学年の男の子が夏休みの自由研究で自分でもよく分からない工作をした結果誕生した、ゴミ以外の何ものでもない模型のような完成度の義手の内部に剣を仕込む?


想像しただけで鳥肌が立つな。悪趣味にも程がある。おどろおどろしいその結果物は周囲の注目を抜群に浴びることになるだろう。そしてあっさり危険人物として捕まって、イカレタ子供として処分される・・・。


腕に剣を仕込む案は無しにしよう。これはもう冗談じゃすまない。武器よりやはり防具を取り付けるのが一番かな?


義手とは言わないまでも、金属の棒的なものをがっちり装備できれば防御に使えるだろう。武器にもなるはずだ。


あまり攻撃的な形にしなければ、変な目で見られることも少ないと思う。杖の代わりに付けているんだと言えば言い訳として成立しそうだし。そうなると問題となるのは重さか。


しかし・・・やべぇ。なんかテンション上がってきた。敵と交戦してピンチの場面が俺の脳内劇場のスクリーンに映し出される。


「キーン。その折れた剣でまだ戦うのか?大人しくしていれば楽に死なせてやるぞ?」


「おいおい、あんた。それは最後に負けるやつが言うセリフだぜ?パパにそう習わなかったのか?それとも剣が折れたら大人しく殺されろって習ったのかな?」


「どこまでもふざけたガキだ。ならば苦しみながら死ね!」


敵は上段から剣を振り下ろしてくる。俺は咄嗟を装って左腕を頭上に。敵は勝ったと思っただろう。腕もろとも一刀両断の未来を見たはずだ。しかし敵の剣は俺の左腕に弾かれて軌道を変える。カーンと甲高い金属音があたりに響く。体勢を崩した敵のがら空きの上半身に俺は折れた剣で斬りつけた。


「その腕・・・そのためのマントか・・・貴様は・・・」


黙って左腕に装着した金棒をさする。いい勝負だったぜ。お前の敗因は油断だ。己の有利を意識したことで勝負を急ぎ過ぎたんだよ。敵の死体に黙祷を捧げ、その場から去る俺。渋い。


うん。やばいな。何がやばいって俺の頭が相当やばい。たっぷり三分くらいこの妄想に費やしてしまった。言い訳をさせてもらえば、これは「自宅」引きこもり生活の後遺症みたいなものだ。あの生活が全てを変えたんだ。


いや、お前それ大分前からそんな感じだっただろ?なんて声は聞こえない。なんたって俺には「聞こえないふり」スキルがあるのだから。


じゃあやっぱり聞こえてるんじゃねぇか!と突っ込まないで欲しい。突っ込み耐性はまだ熟練度が低いから、俺が悲しくなっちゃうでしょ?


よし!脳内劇場の幕を下ろしてご飯食べに行こう。午後は武器屋から回って防具屋と雑貨屋も覗いて・・・とにかく左腕をこのまま遊ばせておくのはもったいない。



食事中もそうだったが武器屋のなかでも、ある話が耳に入ってくる。どうやら北の方で戦争が起こりそうだというものだ。まさかまた?と背中に嫌な汗が流れる。腕のことは一旦保留にして、そちらの話を確認しにいこう。


そして訪れたのは冒険者ギルド。受付に言って戦争に関しての情報を教えてもらえないか尋ねる。


子供が何言ってんだと呆れられたがもちろんお金は払いますと金貨をチラ見せすると、別のギルド職員が現れてこちらへどうぞと個室に案内された。


「北の方で戦争の噂があるようですが、分かっていることを教えてください」


「では基本的なところを話しましょう。銀貨5枚で結構です」


職員の話によるとこうだ。ロルドナ王国と、その西にあるベルミラフ王国との間で小競り合いが起こったのがひと月ほど前。正確な原因は分かっていないがどうも制海権をめぐるいざこざから始まったのではないかと見られているそうだ。


どちらの国も国土の北は海。経済的にも軍事的にも重要な役割を担う海の支配権は両国にとって譲ることのできない部分。


どちらも一歩も引かず海上での揉め事はそのまま陸地での争いに繋がった。貴族の領地切り取り合戦がいくつも起こり、周囲を巻き込みながら大事に発展しそうな気配を見せる。現状は数度の小規模な戦闘が行われた後のにらみ合い状態らしい。


「なるほど。海と陸ですか。両国とも大国ですもんね。どちらが勝ちそうかの情報はありますか?」


「今のところは分かっていません。ここまで情報が流れてくるまでの時間もあるから、もしかしたらもう事は終わっている可能性だってあります」


「基本的なことはそれとして、他に何かあるんですか?」


「あの二国間では似たような形でいままでも争いがありました。そのなかには当然大規模な戦いも。過去の戦争から推測できることはあります。銀貨5枚があればお教えできることもあるかと」


素直に銀貨を払うと職員は満足気にそれを収めた。


「アロンソ王国は知っていますね?」


もちろんだ。俺の生まれ故郷だからね。


「ご存知の通りロルドナ、ベルミラフ両国に国境が接している唯一の国です。そして国力は両大国の三分の一とも四分の一とも言われている比較的小さい国」


そうそう。アロンソは小さいからな。


「過去の戦争ではアロンソを味方につけようとする動きが両国で活発だったようです。相手方に味方されて横槍をいれられたらたまらないですからね」


ふむふむ。


「当然アロンソはそのことが分かっているから、目先の利益より最終的に有利な方につきたいと考える。そして結果を見ればその策が成功したのがわかります」


「ベルミラフに味方して勝利したってやつですね?」


「ほう。ご存知ですか。そう、アロンソはベルミラフ王国側について勝利した。もう30年ほど前のことです。怒ったロルドナに王都近くまで侵攻を許したそうですがね」


「なるほど。では今回も同じような状況になる可能性があるということですね?」


「争いがさらに発展すれば当然そうなると思われます。影響はその三国だけじゃない。周辺の国にも色々な形で表われる。我が国だって無関係ではないでしょう」


礼を言ってギルドを出て、商業ギルドでも情報を売ってもらった。内容は冒険者ギルドと大差なかった。商人の動向も聞いてみたが、戦争を避けて逃げてくる商人はまだそんなに多くないらしい。


ひとまずほっとしたが、あまり楽観視できない。もし本格的な戦争が始まったらアロンソは滅ぶ可能性だってある。今までなるべく思い出さないようにして避けてきたが、一度アロンソに戻らなければならないか。


たとえもう孤児院が無くなっていたとしても・・・ここで戻らなければ・・・あぁ憂鬱だ。

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