第83話 聖域にて
「やぁキラクルさん。お久しぶりです」
俺はママさんとモリカを連れて暴君キラクル大王のいる島まで戻ってきた。もちろん聖域には入っていない。領域ギリギリのところでのお話し合いだ。
これだって相当危ない橋を渡ってるんだが、結局二人を捨てて一人逃避行なんて出来なかったよ。追跡の魔法とか追手の心配とか、数えたらキリがない不安のなか、二人を連れて島まで来たんだ。
俺の横に立つ二人。ママさんは相変わらずだ。なんとなく会話は成立するが、こちらが言っていることをホントに理解しているのかよく分からない。歌もよく唄う。
モリカは祭りの夜から変わった。ママさんの面倒をよく見ているし、二人で結構楽しそうにお喋りなんかもしている。俺に対して文句を言うこともない。むしろ前より優しくなったかもしれないほどだ。
「キーン君。まさかキミともう一度会えるとは思っていなかったよ」
「僕もですよ」
ママさんが食堂で歌いまくったあの夜、安宿で寝る前にモリカとふたりで今後のことを話し合った。どこかある程度安心して暮らせる場所を探す案、しばらくは三人で旅する案などを話したがモリカは全て首を横に振った。
「リンカーとモリカも一緒だね。説明してもらえるかい?」
「キラクルさん。できれば二人をまたこの聖域で受け入れて欲しい。無理なら諦めて僕達は別の場所へ行きます」
モリカは島へ帰ると言い出した。それは危険だと何度も説得したがモリカの決意は変わらなかった。俺が話したことの意味は分かっているようなのに何故?どっち道、ちょっとオカシクなった母親と二人じゃ未来は無いと思ったのか?
ただのホームシックのはずはない。また巡礼の人が来て連れて行かれるか、最悪殺されるかもしれないと丁寧に説明したんだ。それなのにモリカは帰るとしか言わない。
キーンお願いと何度も言うんだよ。また面倒くさいことになったと思いながら、俺はその夜二人を聖域まで送る決心をしていた。
わがままなクソガキの自分の都合しか考えていない勝手な言い分だと無視することも出来た。じゃあこれが旅費だとお金を渡して去ることも出来た。俺の魔法のせいかどうか知らないけど、一度は拉致された場所だぜ?行きたくなかったよ。
でも格好つけたかったんだろう。自分でもハッキリとは分からないけど、幸も不幸も共にして、割り切るには忍びない情ってヤツが俺の気分をそうさせたんだろうさ。モリカの悲しげな眼差しはすごく心に刺さったもんだ。
「ここに二人を?なぜ・・・どういう・・・そんな説明では分からないな」
「モリカがそれを望んでいるからですよ。自分が捨てられたことも分かっていますが、ここに戻るとね、言うんですよ、モリカは。僕だって分かりません。不吉な未来しか見えなくてもね・・・僕には・・・どうもね、分かりませんよ」
「モリカが・・・巡礼の方はどうしたんだい?他にもいたはずだ。キミが?」
「ええ。今のところはなんとかなってます。先のことは分かりませんが。で、どうしますか?二人を受け入れますか?受け入れませんか?」
「待ってくれ。分からないことが多すぎる。リンカーと二人で話をさせてくれないか?」
「キラクルさん。僕はあなた以上に何も分かりませんよ。なんで僕は拉致されたのか?なんでモリカも一緒だったのか?僕にもね。あなたが教えてくれますか?いやもういいです。僕はこれ以上時間を使いたくない。ここにいたくない。あぁ、ママさんは今まともに返事が出来る状態じゃないんです。え?いえ、ちょっと・・・。とにかくキラクルさんには今ある材料で判断してもらいます。どうしますか?断るなら二人は・・・ええ、僕がなんとかしますよ。するしかないでしょ」
キラクルは曖昧な笑顔を見せると小声で受け入れるとつぶやいた。モリカはママさんの手を引いて聖域に入った。ありがとうキーンという声が聞こえた。
そのあとのことは俺は知らない。嫌な虫から逃げるかのように俺は島から眼を背け走った。バカでかい木々や草をくぐって走った。
「キーン。なんでここには小さくて細い木しかないの?」
逃走中のモリカの言葉が思い出される。チッ!二人がどうなるのかなんて俺の知ったことではないんだよ!俺はあいつらの親でもなんでもないんだからな。
悔しくて涙が出てくる。過ぎた時間はもう戻らない。やったことはやったこと。無かったことになんかならない。あの親子は俺が出会った頃の親子とは別のものだ。そして俺もまた別の俺になっているんだろう。
今の俺は自分の感情に酔っているだけだ。自分にそう言い聞かせるが涙は止まってくれない。涙を拭おうとして左腕が無いことに改めて驚く。
失った左腕が俺の愚かさを証明してるってことか。知らないよ。俺は何も知らない。何も知らないんだよ。俺は悪くない。出来る限り頑張った。腕だってこんなになっちまったんだぜ?これ以上どうしろっていうんだ。俺には分からない。
追跡魔法はまだ有効なのだろうか?キラクル経由でまた情報がナナシへ?可能性は無限大!ってか?ハハハ。俺もオカシクなりそうだ。
これからどうすればいいんだ?この国からは離れた方がいいな。とりあえず王都に向かおう。人ごみにまぎれて移動をし続けるんだ。
お金はまだ十分あるけど、魔物狩りもできればしたい。片腕で色々できるように練習しないとね。弱いってことがどういうことなのか、よく勉強になったよ。
前世の記憶なんて何の役にも立ちはしない。ガキの体じゃ限界あるけど、何もしない理由にはならない。弱くちゃダメなんだ。
涙が怒りと空しさに溶けていく。今は感傷的でいい。そんなに簡単に切り替えなんて出来そうにないんだから。何も考えられなくなるまで走って走って・・・それから・・・どうにかなるだろうよ。
キーンありがとう・・・だってさ。ごめんな、モリカ。おじさんは何もできなかったよ。
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