第82話 飛び込んでしまえ

「自宅」引きこもり生活は突然の終了を迎えた。モリカの精神状態が危険域に突入したからではなく、それより先にママさんの様子がおかしくなったのだ。


外に出る提案をした頃からイライラが目立つようになっていたが、自分自身のイライラが抑えられずママさんのことまで考えていられなかったのだが・・・。


最初の違和感は鼻歌だった。それまでママさんの鼻歌なんて聞いたことなかったので、ストレス解消にやってるのかな?ぐらいに思っていた。


それから何日分か時間が過ぎて、急に歌をうたい始めた。ママさんどうしたんですか?と聞くと、そろそろあの人の誕生日だから練習しているのと言う。


あの人ってキラクルさんのことかと尋ねるとそうだと答える。モリカもママどうしたの?なんて声をかけるが、歌の練習が忙しいからと相手にされなかった。


雲行きが怪しくなってきたぞと思い、もう「自宅」から出ましょうと提案したが、歌の練習をしているのが分からないのかと怒られた。


モリカは何が起こったのか分からず胸に手を当てて俺の方を見ている。大丈夫だ、心配ないと自分でも呆れるくらい説得力のない慰めの言葉をモリカにかけて、俺は「自宅」を出る準備をはじめた。


「自宅」から頭を出し、日中を選んで外に出た。引きこもっていた場所である川から町は近い。俺とモリカでママさんの手を引っ張っていった。


久しぶりの外だというのにその開放感を味わう余裕もなく無言で町まで歩いた。とまぁこんな感じで「自宅」引きこもり生活は幕を閉じた。








「キーン!あんたのせいよ!あんたがいなかったらこんなことにはならなかったの!どうするの?これからわたしはどうすればいいの!」


町に入ってすぐ、モリカは泣きそうになりながら俺を責めてきた。そう言われてしまうと確かにそうだ。俺が島に行かなかったらこんなことにはならなかったかもしれない。


俺にも言い分はあるがそれは言っても仕方ないよね。追手の心配はあるものの、このまま歩き続けるわけにもいかないし。まずは宿を探すとしよう。


「モリカ。今はまず宿を探そう。ママさんを休ませてあげないと。あとの事は宿で話そうよ」


宿を探しながらも決めねばなるまい。果たしてこれからどうするべきかを。まず一番に思い浮かぶのが、今すぐ二人と別れてひとりで逃避行を続ける案。普通に考えればこれだよね。クソ野郎の俺にはお似合いだろ?我が身が一番かわいいんだ。


次にモリカに金を握らせてあとは好きにしろとお別れを言う案。お金まで渡すところが俺の甘いところだが、これも悪くないプランだな。現実に沿ったナイスなプラン。


あとは二人が落ち着いて暮らせるところを探す手伝いまでする案。非常に気がすすまないが一応候補に残しておこう。


このままずっと二人の面倒を見る案はないな。義理は十分過ぎるほど果たしたよ。逆に対価が欲しいくらいだ。情とか繋がりとか言われても嫌だよ。そこまで面倒見切れませんぜ。


少し安めの宿をとって一息つく。ベッドに寝転んで三人共無言のまま時が過ぎるのを待つだけ。久しぶりにちゃんとしたものが食べたいな。温かい料理が欲しい。二人を誘って宿の食堂に夕食を食べに行くことにした。


料理の注文をすませたあとは相変わらず無言だ。ママさんは何が嬉しいのかキョロキョロしながら楽しそうに周りを見ている。


ああ、あれを見てるのか。どこかの団体さんが騒いでいるな。飲み比べでもしているようだ。どうだこの飲みっぷりは!なんて声がこちらにも聞こえる。


俺はこれから同い年の子供とそれより厄介な状態のその母親を説得しなくちゃいけないってのにあんたらが羨ましいよ、なんて思っていたらママさんが急に立ち上がってお腹に手を当てた。お腹でも痛いのかな?トイレはあっちですよと声をかけようとしたところで・・・歌が始まった。


流しの芸人が歌を始めたわけじゃないよ?ママさんだ。彼女が突拍子もなく始めたんだよ。あら素敵な歌声ね、なんてことにはもちろんならない。モリカも俺も座ってくれと腕を引っ張るが、ママさんはひとりでどんどん楽しくなっちゃって言うことを聞いてくれない。


食堂のお客は一斉にこちらを注目。最初は不審な目を向けてきたが、その内手を叩いてリズムをとる人が現れた。団体の客達も楽しそうに笑っている。


おいおいこりゃ一体なに地獄だ?針のむしろだから針山地獄か?事情は知らねぇが楽しそうじゃねぇか、俺達にも一枚噛ませろよってかい。


こっちはもう色々痛々しくて泣きたいぐらいなんだけどさ?あぁ、もちろん細かい事情を分かって貰おうなんて思ってないけどさ・・・せめてそっとしといてくれないもんかね。


宿の従業員は何も言わずこちらを見ている。注意でもしてくれればいいのに・・・っていうか肩が揺れてるし!ママさんはますます調子に乗ってほかの客の方に歩きながら歌いはじめた。


確かにママさんは美人だし声もいい。そんな人が楽しそうに歌ってるもんだから意外とすんなり受け入れられたのか?


この国では有名な歌なのかとうとう皆で合唱まではじまった。団体さんなんて肩を組んではしゃいでいる。いよいよモリカは泣き始めたよ。声を出さずに涙だけが流れている。


ママさん、あんたの子供が泣いてますよ。モリカを守るって言ってたじゃないですか。もう少ししっかりしてくださいよ。俺じゃあどうにもできないですよ。


俺とモリカを除いて場はどんどん盛り上がっていく。料理は頼んだばかりだしまだまだ来ないだろう。ママさんを大人しく座らせることなんて出来そうにない。モリカは手の甲で涙を拭いながらママさんをじっと見ている。


なんでこうなるんだ。ちょっと前まで幸せな生活を送っていた家族が、なんでこうなるんだ?こうならなきゃいけなかったのか?なぁ神様、こうならなきゃ世の中回っていかないとでも言うのか?試練とかって・・・そんなこと、クソ!


もういいよ。こんなのはダメなんだ。そしてあんたには負けたよママさん。楽しんだもの勝ちってことだな?オッケー。俺だって一時期はお国の宰相様にまで仕えた茶番劇団の道化だ。ここで尻尾を巻いて引き下がるわけにはいかない。あんたに付き合うよ。それで少しでもあんたの気が晴れるんなら、やる意味はあるさ。


俺の前世の記憶から引っ張ってきた、なんちゃってロボットダンスを見せてやるぜ!全力で行くぜ?今日で踊り死んでもいいってぐらいにな!もうやるしかねぇんだよ!


「坊主!なんだそりゃ?面白いな!ガハハハハハ!」


「おい、なんだよそれ。なにしてんだよそれハハハハ!」


「変な子ね。フフ、でも、フフ、面白いかもブフッ!」


ママさんの歌と俺のダンスでサタデーナイトなフィーバーが起こった。そして何やらよく分からない踊りで次々と参加者がやってくる。机や椅子が端によせられて食堂は即席の舞台へと変化していく。


チッ!ダンスバトルか?俺にはまだ技が足りねぇっていうのによぉ。だが言い訳なんてしてる時間はねぇぜ。このフロアに一つでも多くのステップを刻むんだ!


汗と涙を流しながらママさんの歌に合わせて動きまくる。呼吸は苦しいが気分は最高だ。頭のなかはぐちゃぐちゃだけどやることは決まってる。


獣人のお姉さんがものすごいキレのある動きで皆を沸かせている。精霊族らしき若い男は浮きながらムーンウォーク的なことをしている。ドワーフの男達はダンダンと足を踏み鳴らしコミカルな動きで笑いを誘う。


種族に関わらずコラボダンスまで始まった。お前ら気に入ったぜ!ド派手にかまそうじゃねぇか!あぁ、痛みも何もなく死ねるなら今すぐ死にたいよ!


歌を唄う奴、手を叩く奴、食器で演奏を始める奴、踊る奴に野次る奴。今までに感じたことのない一体感が会場を包む。俺達ならやれる!誰もがそう思ったはずだ。

フロアの熱気で目玉焼きが焼けそうだ!フォー!もっと!もっとだ!


騒ぎを嗅ぎつけたニューカマー達も続々とやってきて、俺達の祭りは夜遅くまで続いた。俺は食事休憩をはさみながら何も考えずに楽しんだ。今までにない種類の楽しみだ。こんなのってないよな。残酷だよ。


途中何度かモリカの様子を見たが、ママさんと一緒に笑って歌っていた。真っ赤な目をしてママさんの横にぴったりとくっついていたな。誰も助けちゃくれない。モリカ・・・誰も助けちゃくれないんだ。

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