第81話 ブルブルくる

「自宅」に引きこもってすぐのころ。こわごわママさんに聞いてみた。何に対してお祈りをしているのかと。


「もちろん神様よ。島を出ることになってしまったけれど、あの島での日々を忘れることは出来ないわ。キーン君には納得できないかもしれないわね。だけど私はライン一族に名を連ねた人間としてではなくてね、私個人として・・・大切な・・・今でも繋がっていると感じるのよ」


神様ですか。あの御神体の圧倒的な美しさや存在感は見る度に驚かされた。今でもそれは脳裏に刻まれていて、少し気を抜けば、大好きな彼女に振られた男のように未練たらたら野郎に早代わりしかねない力がある。


「私達は神様の助けを期待して祈っているのではないわ。キーン君は聖域でのことで疑っているのでしょう?神様の御心を御測りするのは恐れ多いことよ。私は夫とリームが心配だわ。今は離れてしまっているけれど私達は大切な家族なのだから」


またなんだかよくわからない話だな。神を疑うな・・・ね。俺は神を疑ってるわけじゃないんだよなぁ。いや疑ってるのか。大切な家族って言うのも・・・ねぇ。そんなこと言われたってさ。苦笑いしか出ないよ。


「ライン一族の歴史や伝統は守らなければならないわ。モリカのこともあの人にとって最良の選択だったのでしょう。だから余計に心配なの。あの時は頭に血がのぼっていたけれど、この先あの人を支えてくれる人がいるのかしら?と不安になるの。リームのことも同じよ」


なんだこの人は。やっぱり洗脳されているのかも。ただ人が良いだけなのか?聖域なんていう素敵スポットでぬくぬく生活している間に世の中の善の部分しか見えなくなっちゃったとか?そりゃ子供は心配だろうけどさ・・・。


もしキラクルに洗脳なりなんなりされていたのだとしたら、いくら俺でも悲しくなっちゃうな。そして俺の身の危険度も跳ね上がることになる。


「でも今はモリカのことが一番。私ひとりで立派に育てなければいけない。きっと神様が守ってくださるわ。これは神様が私達に与えてくださった試練なのよ。キーン君のことも私はお祈りしているからね?皆で頑張りましょう」


そうですね、と返事するしかないや。ママさんも大変なんだろうし。でも俺のことは祈らないでいいです。むしろそんなことはしないで欲しいっす。







モリカにもお祈りについて聞いてみた。


「お祈り?何にって神様にでしょ?」


モリカは色々大変な事あったよね。それでも神様を信じてるの?


「うーん。わかんない。魔法無くなっちゃったからわかんない。でも信じてるの」


そうかぁ。


「でもいつもお祈りしてたからだと思う!何かあったら神様にお祈りするの!」


ほうほう。


「キーンもお祈りしてたじゃない。もうやめちゃったの?」


そうだね、やめたわけじゃないんだけど意識して祈ったりはしてないよ。「祈る」って言うから変な感じがするのかな。


「ふーん。そうだ、なんか面白い話して!島に来る前とかの」


面白い話か。じゃあ孤児院時代の・・・ってクソ。思い出してしまった。苦いなぁ。苦いよ。


「キーンどうしたの?」


なんでもないよ。ちょっと水飲んでくるから待っててよ。さて何の話をしようかな?モリカが喜びそうなのは同じ年頃の女の子の話とか?


「なんでもいいの。わたしがまだ聞いたことないやつね!」


じゃあ学校の話をしようか。僕が通っていた学校でね・・・。









とある神殿の一室。その扉が開き、名を持たない女が入ってきた。部屋の主は白いローブをゆったりとまとった老いた男。特徴的なのは背中に生えた白い翼と、感情の色を持たない冷たい瞳。老人は鷹揚に頷くと女を立たせたまま会話を始める。


「戻ったか」


「はい。戻りました」


「早速だが、お前から見たその子供の可能性は?」


「可能性は大きいかと」


「魔法封じが効かなかったというのは本当か?」


「はい」


「キラクル殿の子の方はどうなったか」


「材料にはなったでしょうが問題はありません」


「判断するのはワシだ。祈りの魔法は本当に失われたのだな?」


「はい」


「キラクル殿の様子は?何か変わったところはなかったか?」


「変わった様子はありませんでした」


「そうか。余計なことは言っていないな?あれを下手に刺激するのはよくない」


「問題ありません」


「やはりキーンという子供の魔法が問題か」


「はい。我々の探しているものかもしれません」


「そうだな。奴等も動いているかもしれん。慎重にな、慎重に」


「はい。神に至る道は他の誰にも歩かせません。たとえ悪魔に・・・はい・・・失礼しました」


「慎重にだ。焦ることはない。お前は元の仕事に戻れ。子供は別の者に捜させる」


「はい。では失礼致します」


名を持たない女が出ていった後で部屋の主は小さく息を吐いてから白湯を飲んだ。ひどく疲れきったその顔からでさえ誰にもその感情を読ませない。


「魔法の発見を喜べば良い。まだまだ足りんか」

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