第80話 探さないでください
「巡礼の姉さん。時間切れだとよ。俺達はここまでだ」
ネコの獣人がつまらなそうに話しかけた相手は白い翼を持つ冒険者風の女。
「時間・・・そうか。世話になった」
答えた冒険者風の女は巡礼者だ。こちらもつまらなそうに礼を口にする。
「姉さんはこれからどうすんだ?まだあのガキを追っかけるのか?また依頼してくれりゃ俺達も手伝うぜ」
巡礼者は興味がないとでも言うように手を振るとそのまま歩いて去っていった。
「チッ暗いやつだな。なぁ緑」
「バカネコの相手なんてしたくなかったんだろうよ。お前の脳ミソは腐ったトマトサイズだからな」
「オイ!そりゃ誰のことだ?俺のわけねぇからお前のことか?いくらなんでもお前はネコじゃねぇだろ。精霊族じゃねぇか。頭おかしくなったのか?」
全身緑色の精霊族の女は無表情でネコの獣人を見つめている。
「あぁわかったよ。そんであの姉さんはなんだったんだ?お前は聞いてねぇのか?エンジ」
「あの巡礼者の女はお得意様らしいぜ。なんでも変わった魔法を使う奴を探しては捕まえているらしい。それ以上は俺も知らんな。俺達の仕事は終わったんだ。緑、ネコ、さっさと引き上げるぞ」
急に話しを振られた男は二人を監督する立場の者。
ネコの獣人と精霊族の女は監督の男のあとに従って町の雑踏に消えていった。
「キーン!まだかな?まだかな?」
モリカが急かしてくるがちょっと待ってくれと右手を上げる。
「早くしてよ!ずるいよ」
あーもううるさいな。集中してるんだから静かにしてくれよ。
「それでいいの?じゃあハイ!キーンの負けなの!ハハハハハハ!」
マジっすか。これ詰んでるの?本当だ、やばいぞ。これで3連敗だ。
「モリカ強くなったね。いい勝負だと思ったけどおかしいなぁ。まぁ僕が本気でやったら負けないけどね。うん。だろ?」
俺とモリカは「自宅」のなかでギャプロの勝負に明け暮れている。アブナイ連中から逃れるためになんとか町まで移動して、水瓶と食料を買い込み「自宅」で引きこもり生活を送っているのだ。
追跡魔法と思われるものが有効期限切れする可能性がある以上、試す価値は大いにあるからね。さすがに暇つぶしが必要なのでギャプロの盤と駒を買ってみたらモリカがこれにハマってしまった。さすがは安定のボードゲーム。
モリカのギャプロ熱はすさまじく、最初は楽勝だったのに最近ではほぼ互角になってきて直近の3戦では俺の3敗。俺って才能無いのかな。まさかな。たまたま調子が悪かっただけだ。そうだろ?そうに違いない。これではプロになんてなれないよ。ギャプロマスターへの道は真っ暗だ。
こうなったら田舎に帰って畑でも耕そう。色んな野菜を育てて収穫するんだ。みんなに美味しいって食べてもらえたらそれってとても素敵なことだから!
・・・クソ!モリカの小娘が!さしずめお前は愛の狩人。俺のギャプロへの愛を奪ったな?俺の人間としての器の小ささが露呈してしまうから表には出さないけど、はらわたが煮えくり返りそうだ。ねぇモリカ、ビンタしてもいい?
「キーン!もう一回、もう一回やろう!もう一回だけ」
うるさいガキだ。勝てない戦はしないのが乱世を生き残る俺の兵法。見てくれよモリカ。俺の城はもうボロボロだぜ?なのにまだ大砲ぶち込もうってか?上等だよ。表出ろクソガキ!やってやんぜ。武士に二言はないものよ!
「モリカ。少し落ち着きなさい!キーン君は疲れてるのよ?ちゃんと相手のことも考えないと駄目でしょ!」
ママさんありがとう。いつもいいタイミングです。我が心の城は落城寸前でした。援軍とはどんな寡兵であっても頼もしいものです。
「だってやることないんだもん!つまんないつまんない!」
俺も含めて皆カリカリしている。本なんてお金がもったいなくてさすがに買えなかったし、その他の暇つぶし道具を揃える時間もなかった。
引きこもり生活を始めてずいぶん経った。時計なんてないし外にも出ていないから何日くらい経過したのか分からないが、そろそろ限界だろう。
「ママさん。そろそろ外に出てみませんか?この部屋での生活もいい加減うんざりですし、精神的にも限界かもしれません」
「キーン君。私もそう思うわ。だけどもう少しだけ頑張った方がいいと思うの。もしまた見つかってしまったら同じことの繰り返しよ?期間が分かっているならまだしもいつまで閉じこもっていればいいのかも分からない生活は負担が大きいわ。ね?もう少しだけ我慢しましょう?」
うーむ。正論だ。あとで後悔しないように耐えるしかないか。「自宅」の扉は川の中、水面から十数センチあたりに設置してある。だからトイレも飲み水も問題はない。食事は偏りがあるがこれも我慢できるレベル。
籠城といえば格好よさげだが、これ監禁されているようなものだわ。さっきはカリカリしていると言ったが、実は精神的におかしくなり始めている。モリカは最近特に情緒不安定になっていて、ママさんに甘えることでなんとかバランスをとっているようだが、そのママさんにしたって常にイラついているみたいだし。
おそらくモリカが切っ掛けで外に出ることになるだろうな。俺だって相当つらい。純粋な子供であるモリカのストレスは俺なんかより何倍もあると思う。爆発する前に出なければ取り返しのつかないことになるぞ。
引きこもり生活が始まった当初二人とは結構色々な話をした。話題の中心は今この界隈で一番ホットな女ことナナシについてだ。
「ママさん。ナナシって何者なんでしょうね?」
「私もよく分からないわ。巡礼の方が一人で島に来るというのも滅多になかったことだし。夫にそれとなく聞いてみたけど、そういう方もいるとしか言わなかったわ」
「そうですか。モリカを誘拐して何をしようとしていたと思いますか?ナナシが計画したことらしいですが、おそらくキラクルさんも事前にその計画を知っていたと僕は考えています。モリカを連れ帰った時に見せたキラクルさんの態度が嘘だったとは思えませんが・・・」
「そうね。そうかもしれないわね。あの人は一体何を考えていたのか。いいえ。ライン一族の伝統、歴史、そして聖域と神様。そういうことしか考えていなかったんでしょうね。理由は分からないけどモリカのこともそのなかの一つなのだと思うわ」
「ナナシ。いや巡礼者と言ったほうがいいかもしれませんが、どこから来てどこへ向かっているのか知りませんか?以前にキラクルさんに尋ねたことがあるんですが、知らないと言われました」
「私も知らないわ。他の聖域のことを私は何も知らない。疑問に思って当然なのに何も知ろうとしなかったなんて恥ずかしいわ。満ち足りていた・・・なんて都合のいい話よね」
キラクルはともかくママさんは本当に知らないのだろう。意図的に教えてもらえなかったか、キラクルが魔法でなにかをしていたのか。結局何もわからずか。
ナナシはキラクルに何か命令、または指示していたはずだ。だとするとナナシはキラクルより上の立場の人間ということになる。そこから自然に考えれば何かの団体や組織の存在が見えてくる。
世界にいくつ聖域があるのか知らないが、それを管理しているところがあるはずだ。でなければ巡礼者なんてものが旅して回れるはずがない。巡礼者を送り出している中心地。ナナシはそこから来たのか?
狙いは本当にモリカだったのか。全く接点の無かった俺を強引に連れて行こうとしたのはなぜか。ナナシのメインターゲットは俺の方だった?モリカはついでか?
あのままモリカの誘拐が成功していたらどうなっていたんだ?いや待て。その前に・・・そうだ。やっぱりヤツは俺を捕まえに来たんだ。キラクルが呼んだと考えた方が辻褄が合う。俺を捕まえたいってのは、つまり俺の魔法が欲しいという意味のはず。
人体実験なんて冗談で言ったが、結構いい線いってるのかもしれない。モリカの誘拐だってその線で考えれば繋がるぞ?聖域という強力な城を拠点に動き回る人さらい集団ね。地元じゃ人々に愛されながら裏では俺が殿様だぞってさ、騙されたよ。
俺はお前らの仕打ちを忘れないぞ?わざわざ復讐だなんだと面倒なことをする気はないが、縁があったらまた会おうぜ。その時こそお前らの神様とやらを綺麗に燃やしてやるよ。
まだまだ時間は腐るほどある。間違っていたとしても考えるのは無駄じゃない。ママさんにもモリカにも知恵を出してもらって、ここを乗り切ろう。何をするにも話はそれからだ。失った左腕の分は儲けがないと、こちとら商売上がったりだぜ。ドちくしょう。
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