第79話 そこをなんとかお願いします
外の音を確認して「自宅」を出る。これで連中に俺の居場所がバレたと思ったほうがいいだろう。
あたりは陽の光で赤く染まっているが、日没まではもうすこしだけ余裕がある。さっそく独りマラソン大会を始めよう。地獄の鬼ごっことは考えたくないよね。
おっとその前にサクッと汚物を処理してしまおう。「自宅」に入って汚物の下に扉を展開しそのまま外に捨てる。換気も十分。改めて逃走スタート。
道はあまり良くないし、片腕無くなったから走りにくいな。荷物は「自宅」に置きっぱなしだから楽にはなったけどさ。
近くに見える森と山。あれを越えたら町が近いのかな?大きな町のはずだから貴族がいるはずだ、あーあ都合よく助けてくれないかなぁ。
ただ普通に考えたらそれって命を握られる相手が変わるだけ。でもあのネコ達よりはましだろう。あいつらは俺達を殺す気満々だったからね。犯罪組織はまぁいい。損得を計算して仕事しているはずだから。
嫌なのはナナシの方だ。いまだに正体不明だし、巡礼者ということを考えれば損得よりも何かの信念なり使命的なものを優先しそうだ。
あのストーカー女はしつこそうだぞ。あぁ鳥肌が立つ。今にもそこらの木陰からドヤ顔で現れそうで気が気でないっす。しかし俺って逃げてばっかだな。おかげで足腰が強くなってウルトララッキー!
命は狙われて、すでに左腕の2分の1は失ったけど全然オッケーっしょ!だって俺、体力ついて足速くなったんだぜ?もう女の子にモテモテ的な?はぁ。こんな楽天的な考えもむなしくは無いが、収支が大幅にマイナスなのは事実。オッケーなワケがない。救いなのはこの状況が結構楽しいってところか。
ウキウキしてるって感じかな。生きてる感がハンパないもんね。脳にビシビシくるぜ。空気は冷たいが走りだせば温まる。
止まったら死ぬのだ。追いつかれて死ぬ。走るしかない。いつまで走れるか分からないが走っている間は温かい。面倒だし、すごく疲れるがこの温かさを捨てたくない。捨てられない。捨てたら死ぬ。寒くて死ぬ。冷たくなってそのまま死ぬ。走るしかない。
街道は林コースに突入。水場を探しつつ魔物の警戒もしなければ。こんな風に走っていては魔物のいいカモになるだろうが止まるつもりはない。
「自宅」が気兼ねなく使えるようになったのでそれほど心配する必要はないだろう。緊急避難が使えるのはすごく心強いんだ。このまま走るのみ。ただナナシやネコ男のいる方に向かって走っているのかもしれないからなぁ。
街道は外れたほうがいいかな?どの道こちらの居所はバレてるんだからそんなことしても無駄か。ヤツラは今頃必死こいて追いかけて来ているはず。
とりあえずお水をください!今ならペットボトル一本分で銀貨1枚出しちゃうよ。おっと。言ってるそばから小川を発見。いい感じだ。魔物はいないよね?
ママさんとモリカに「自宅」から出てきてもらって給水作業をしてもう。水筒に入る量なんて大したことないが、他に容れ物がないので洗濯済みの服を濡らして最悪の時に備える。
トイレなんかも済ませてもらい皆で「自宅」に入る。今にも陽が落ちて真っ暗になりそうなのでこれ以上の移動は諦めた。
「ママ。部屋の中キレイになったの!においももうないし!」
「そうね。ちゃんと掃除すると気持ちいいわね」
二人は「自宅」内の掃除をしてくれたみたいだ。汚物は捨てたしそんな汚れていなかったと思うが、気持ちの問題かな?食事をしながら二人にも現状報告する。
「逃げ切れるかしら?」
「正直厳しいと思います。でも今はこれしかありません。追跡魔法をどうにかするか、あの精霊女を始末できればいいんですけど、あのネコ男も一緒にいるでしょうからね。そっちの望みはかなり薄いです」
「そうよね。じゃあ追跡魔法の効果を消すしかないわね」
「あっそうか。モリカ、追跡魔法って一度かけると一生その効果は続くのかな?」
「ううん。そんなことないよ。魔法を使うときの力にもよるけど、何週間かしか続かないと思う」
「モリカ、それは本当なの?ちゃんと思い出しなさい」
「ホントなの!わたしは慣れてなかったから1日も持たなかったけど、パパは1週間くらいは平気だって言ってたの!本物の魔法使いならもっとすごいって」
追跡魔法の使い手ならってことか。もっとすごいという表現がどの程度を指すのかが問題だが、これはかなり明るい情報だぞ。
なんでそんな大事なことを今まで黙ってた!と往復ビンタをかましたいところだが我慢だ。聞かなかった俺が悪い。無理やり笑顔を作って、モリカを褒めてあげよう。
「モリカありがとう!もしかしたら僕達は逃げ切れるかもしれない。モリカのおかげだよ」
「モリカ、他に何か思い出したらなんでもいいからママに話すのよ?」
ママさんはモリカを褒めながらも軽く注意してくれた。ナイスです。
「精霊女の魔法がモリカのやつと同じならできる限りこの部屋から出ないほうがよさそうですね。僕が外に出た時のことを考えれば敵は我々を見失っていたと思います。この部屋の中にいれば追跡はされないということでしょう。まぁされたとしても内部には入ってこれませんが」
「そうね。居場所が分かっていたらあそこで待っていたはずだものね。興味を失って帰ったとは思えないから、キーン君の言う通りだと思うわ」
「でも僕が外に出たことによってまた居場所がバレたと思います。しかも出現位置がほとんど移動していなかったことも。これを何度も繰り返したら、僕の魔法では移動できないことに気付くと思います」
「ええ。水はあるし、食料もまだあるけど1週間も持たないわ。最低でも一度は町へ行かないと。そしたら街中でこの部屋にこもれば良い目くらましになるのじゃないかしら?たとえ見つかったとしても街中では彼等の動きも制限されるでしょう」
「確かに。では夜明けとともに町を目指します」
「キーン君はゆっくり休んでいて。私とモリカで音を確認しているわ。顔色もまだ良くないようだし無理は駄目よ」
「はい。でも水を飲んで少し生き返りましたよ」
俺は先に休ませてもらうことにした。少しだけ希望が見えてきたな。けど心の底では疑っている。連中がそんな簡単に諦めるとは思えない。少なくともナナシは執拗に追いかけて来そうだ。ママさんだって分かっているはずだが言葉には出さないでくれた。
二人を見ると何やら祈っているようだ。こんな状態になってもお祈りか。誰に何を祈ってるのやら。あの御神体、へし折ってくればよかった。非常に残念だ。
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