第69話 どいつもこいつも
「疲れているので僕はこれで失礼します」
さっさと席を立って部屋に戻る。ナナシは無表情でこちらをじっと見送っていた。こわい女だぜ。モリカ誘拐の責任の一端はあんたにもあるんじゃないの?なんでそんな普通でいられるんだ?
一度疑い出すと全部が怪しく見えてくるのが世の常。ナナシはそのなかでもダントツに怪しい。大事な話とか言っていたが昨日会ったばかりの俺にはそんな話があるとは思えない。
間違いなく面倒な話だろう。聞いたら終わりだ。明日出発とは言ったがもうモリカの話はしたし、すぐに島を出てしまおうか。ただ徹夜の影響で眠気がひどいのも事実。どうしようかなぁ。
「キーンいる?」
「二人ともどうした?」
リームとモリカだ。
「だってキーンがいきなり島を出て行くなんていうからさ。あんまりじゃないか、僕達友達だよね?旅にでるのは仕方ないとしても、もっと前に教えてくれてもよかったのに」
「そうよ。わたしだってまだキーンにお礼もちゃんと言えてないし、それに・・・それにキーンがいなくなっちゃったらさびしいの。また悪い人達が来るかもしれないし、わたしはもう魔法が使えないし・・・」
「僕達は友達だよ。僕もこんなに急に出て行く予定じゃなかったんだ。二人は友達だから正直に話すけど、今回の件で僕はもうここにはいたくなくなったんだよ。誰が悪いとかじゃなくてね、ここは僕がいる場所ではないと分かったんだ」
「キーンが何の話をしてるのかよく分からないよ。僕もモリカが誘拐されて、パパもママも助けに行かなくてすごく腹が立ったし悲しかったけど・・・僕達はこの聖域を守るのが使命だから・・・モリカだって帰ってきたし、キーンがいる場所じゃないって・・・なんだよそれ」
「わたしはこわいの。悪い人達に連れて行かれて縛られて、魔法で抵抗したけど結局ダメだった。パパもママも来てくれないし、みんな島から出れないんだからもう誰も来ないと思ったわ。魔法も使えなくなって・・・何も見えないし・・・神様との繋がりも感じられなくて・・・わたしは殺されてしまうと思ったの。でもキーンが助けてに来てくれて・・・でもこわいの。キーンまでいなくなったら・・・」
悪いね二人とも。だけど俺は二人の保護者でも精神安定剤でもないのでね。友達としての義理は十分果たしたつもりだ。ここでお別れしようぜ。また大人になった時にでも会えたらってことでさ。
「ごめんね。二人がこの聖域を大事にして守っているように、僕にも大事なものがあるんだ。もうここにはいられない。もともとこんなに長居するつもりもなかったんだ。リーム、楽しかったよ。いつも真面目に勉強して修行しているリームを尊敬しているよ。モリカはこれから先辛いことが多いかもしれないけど、いつもの明るさを失くさないで欲しいな。また大人になったらここに来るよ。その時また会おう」
「なんで?大事なものってなに?やだよ。キーン行かないでよ!」
二人はまだまだ子供だ。別れが悲しくてもすぐに忘れるだろう。モリカの訴えはスルーだ。俺だって悲しくないわけじゃないんだよ。
俺の決意が固いと分かったのか二人はしょんぼりして部屋から出ていった。あぁ眠い。今のうちにちょっと寝ておこう。昼間は寝て、明日夜明けとともに出発だ。別れの挨拶はしなきゃダメか?やれやれ。
装備を外して寝る時用の服に着替えて、ではおやすみなさい。
夕食の時間になってリームが呼びに来た。もう少し寝たいが起きて着替えてご飯を食べにいく。すでにみんな揃っていて俺が席につくと夕食が始まった。何か言われる前に夜明けの出発のことを告げる。見送りは不要だと付け加えておく。
さらにお別れの挨拶とお世話になったお礼をパパさん、ママさんに伝える。よし、とりあえずこんなもんだろう。さっさとご飯を食べて部屋に戻ろう。
「キーン君。モリカを誘拐した連中だが、まだキミの魔法で捕まえたままかな?」
あぁそういえばそうだった。パパさんに言われて思い出す。
「はい。四人います。必要でしたらあとで引渡しますがどうしましょうか?」
「すまないがそうして欲しい。誰が何の目的でモリカをさらったのか分かるかもしれないからね」
「分かりました。では食事が終わったらということで」
やっかいな荷物が減ってラッキーだな。自分で始末するのはちょっときついし、そもそも単純な戦闘では歯が立たない。やるとしたら餓死を待つか、水で「自宅」を満たして・・・なんて方法しかないからね。まぁやらないけど。
「キーン君。昼間の続きだが、どうしてもここで私の話を聞いてもらう」
おっと、ここであんたの出番かよナナシの姉ちゃん。
「それについてはお断りしたはずです。正直まともな話とは思えませんので」
「それでも聞いてもらわなければならない。それが私の仕事なのだ」
どいつもこいつも自分の都合しか考えてないな。俺も人のことは言えないが、実に不愉快だよ。
「すみません。僕はこれで失礼します」
話ぐらい聞いてやれよって?確かにその通り。だが俺はコミュニケーションを拒否させてもらう。確たる理由はない。ただこいつらが気に入らないだけだ。
「そうか。ならば仕方ないな」
うん?なんと言った?痛ッ!!なんだ!頭のなかを直接ハンマーで殴られでもしたように痛い!今食べた夕食も吐きそうだ。うずくまって痛みを耐える。
「すごいな。私の魔法にうめき声一つ上げないか」
てめぇ。何余裕こいてやがる!今すぐ殺してやろうか?俺だって伊達に修羅場を潜ってきたわじゃないぜ。自分にもう少しだけ余裕があるのが分かる。そうだ。もう少しだけ我慢しよう。相手の意図を・・・いてぇ!
「巡礼の方!どういうつもりですか!キーン君に何をしたんです!」
ママさんが叫ぶ。
「リンカー!落ち着きなさい!子供達も!巡礼の方のお役目なのだ!」
パパさん、実に素敵じゃないか。子供を痛めつけるのがお役目とはね。理由が振るってるよ。ハハハ。テメェ!
「でもあなた!こんなのおかしいわ!キーン君はモリカを助けてくれた恩人なのよ!それをこんな・・・子供に・・・こんなことってないわ!」
ママさんありがとう。その言葉で少し楽になったよ。子供二人はおびえてしまっているようだ。座ったまま俺の方を見ているだけ。
「キーン君。このまま話をさせてもらうよ。キミは聞いているだけでいい」
この状態でまともに話を聞けるとでも思ってるのか?
「キミの魔法も封じさせてもらった。攻撃されると困るのでな」
俺の魔法を封じた?そんなことが出来るのか?出来るとしてもこいつの魔法ではあるまい。祈りの魔法のバリエーション?
「自宅」発動!あれ?普通に使えるぞ。どういうことだ?パパさんがやったかナナシがやったか知らないが魔法封じは失敗したということか?または祈りで魔法を封じたと、パパさんがナナシに嘘をついた可能性もある。こうなってしまうと迷うところだ。頭はガンガン痛むが確認せねばなるまい。
「お前か、キラクル!」
「すまないキーン君。これも聖域の守人としての役目なんだ」
魔法封じはパパさん発ということでいいようだ。あとはこの喜劇の脚本を誰が書いて、祈りの魔法使いさんが誰の味方なのかを確認しなきゃな。あぁ意識が飛びそうだぜちくしょう。この痛みがモリカを助けた報酬なんだな?全くいい買い物をしたぜ。ああ、ダメだ、吐く!オェェ。
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