第66話 走れ走れ

「リンカー。怒鳴ってすまなかった。もう魔法はいい」


「あなた。モリカに何があったの?もう一度落ち着いて説明して!」


ナナシは眉間に皺を寄せて下を向いている。リームは泣いてママさんに抱きついたままだ。


「モリカは連れ去られた。どこの者かも分からない。完全に私のミスだ。すまない!」


パパさんはもちろん、リームとモリカだって魔法使いだ。それもこの島限定とはいえ反則的な強さを誇る。それでいてモリカをみすみす敵に渡し、追うこともできなかったというのか?


「あなたがいてなんで・・・なんでなの!」


ママさんはとうとう泣き崩れてしまった。魔法を使っている間は必死に感情を抑えていたのだろう。気持ちは分かるけど泣いてる場合じゃないだろ。


「島の結界を抜けられた。おそらく事情を知らずに雇われた冒険者だ。はじめから子供達を狙っていたのなら結界を抜けられるはずがない」


結界?そんなものがあったのか。どういう理屈か知らないがしょぼい結界だな。まんまと侵入されて子供をさらわれたのか。神様のご加護とやらに頼りすぎた結果だな。有難い神様だねホント。


「急襲を受けて近くにいたリームを守るだけで精一杯だった。本当にすまない」


パパさんは土下座しながらママさんに謝っている。


「パパさん。それで向こうの狙いは何ですか?」


場違いかもしれないがここで割り込ませてもらうよ。愁嘆場はあとでやってくれ。とても見ちゃいられない。


「・・・おそらく御神体だろう。あるいはこの聖域そのものかもしれない。我々一族が島から出たら魔法は失われる。モリカは連れ去られて無理やりだったからどうなるか分からないが、さらった連中もそれは知っているはずだ。あとは・・・モリカを人質としてこちらと交渉するつもりなのかもしれない」


全て可能性は高いだろうな。しかしモリカの魔法が失われていなかったとしたら?モリカは自分の意思でこの島を出たわけではない。相手は最初からその可能性も計算していたと考えるほうが自然だ。


子供の魔法がそのままなら子供を目的にする。子供の魔法が失われたら子供を使ってこちらと交渉するってところか。


「モリカの魔法が失われていなかったら連中は交渉なんてせずにさっさと逃げてしまうんじゃないですか?」


「島の外で祈りの魔法がどのようなものになるのかは分からないが・・・そうかもしれない。個人的には外で祈りが使えるとは思えないが・・・」


「一応確認しますが、モリカを助けに島の外に行く気はありませんね?モリカが交渉の道具に利用されてもその交渉に応じる気もないんですよね?」


「キーン君。キミは・・・そんな平気な顔して・・・私が!モリカを!」


うん。モリカは見捨てるってことでいいんだよね?助けに行くつもりがないなら黙っててもらえますか?この役立たずが!


「何か手がかりはないんですか?そちらのお姉さんでもいいんですが」


二人とも首を振っている。チッ!何が神様と意識を重ねているだ。何もしてくれない神様とそれを後生大事に守り続けてる一族か。


なんとも壮大な三文芝居に付き合わされてたもんだな。俺はいつだって踊らされてるんだ。御神体に祈っていた時間はクソだな。それがこいつらの歴史と言うものなんだろう。見返りを求めて祈っているわけじゃないとか言い出すに決まってるぜ。全ては御心のままに的解決か?反吐が出るぜ。


「分かりました。とにかく僕はその連中を探してみます」


連中の人数と特徴と分かる範囲での魔法を聞いてすぐに出発。お前らはそこで祈っているがいい。それでお前らは満足なんだろうからな。







俺は島を出てとにかく走った。近くの集落で尋ねたりもしたが全く手がかりは集まらなかった。ライン一家の子供がさらわれたと分かると集落の人達も探すのを手伝ってくれて、近隣の集落にも連絡員を送ってくれた。何か分かれば島に連絡してくれるらしい。


日が暮れてきたが構わず走る。集落のネットワークによる捜索はあちらにまかせて、俺は道から外れた場所を探すことにした。


さらった連中が焚き火でもおこしていればと願ったが、結局何も見つけることはできなかった。あたりはもう闇に沈んでいてこれ以上の捜索は厳しい。一度神殿に戻ることにする。


視界はほとんど無いので音を頼りに魔物を警戒。鳥の鳴き声がうるさい。木々のざわめきで音もあまり頼りにならない。荷物はほとんど神殿の部屋に置いてあるのでランタンもない。できるだけ音をたてないように気をつけて歩く。


うん?今一瞬ぼんやりした光が見えたぞ?魔法の光か?かなり遠くで光ったようだが偶然目に入った。もしかしてと思ったらもう行くしかないよね。


音に気をつけながら小走りで光った方に向かう。また光が見えた!光が漏れないように抑えているようだがわずかに光が漏れてる。結構近づいたと思えるあたりで一度止まり、じりじりと距離をつめる。


呼吸を整えながら様子を窺うと、何やら話し声がかすかに聞こえる。何を喋っているのかまでは聞き取れない。だがこれは間違いないか?こいつらがモリカをさらった連中か?


パパさんとナナシ情報では連中は3人だったということだ。たったの3人。おかしいよね?それだけの戦力に後れを取った?相手がよほど上手くやったとして・・・他に仲間的なやつがいると考えたほうがいいな。


連中のうち二人の魔法は間違いなく身体強化だろうと言っていた。残りの一人はわからない。また光ったぞ。あれは治癒魔法の光か?


光が映した影は3。一人が治癒魔法を使い、残り二人が光が広がらないように体で覆っているって感じか?


魔法を受けているのは誰だ?モリカか?それとも連中の仲間か?ここからでは分からないな。


モリカの姿も確認できていない。今すぐにでも奴等を「自宅」送りにしたいところだがもう少し我慢だ。


じれったくていつの間にか鼻息が荒くなっている。あぶないあぶない。クソ。もう魔法は終わったのか?光がこない。


モリカの姿が確認できるまではこのままだな。ってまさかモリカと関係ない連中じゃないよな?だとしたら俺は今までで最高の道化を演じてることになっちゃうよ?


それでも連中の喜劇を悲劇に変えてあげましょう。お前らも祈るんだな。もちろんその祈りはどこにも届かない。モリカがいようがいまいが逃がさない。全員まとめて引っこ抜いてやる。

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