第65話 名前がない

巡礼の人がやって来た。大抵は複数で来るそうだが今回は一人。ぶらり一人旅とは粋なやつだ。結構大柄な女で背中に白い翼がある。顔はキリリと美人顔。肌は焼けたのか小麦色。一体なに族の人だ?


皮鎧に剣を持って冒険者風の格好をしている。その翼って本物ですか?適当に作ったのを背負ってとかじゃなくて?


もっと前世の僧侶的な人達を想像してたけど全然違うのな。ちょっとがっかり。巡礼の女はパパさんママさんと話し込んでいる。俺は子供二人と一緒にその様子を遠巻きから覗いていた。


「何話してるんだろ?」


「わかんない。見ててもつまんないから外で遊ぼうよ」


「そうだね。行こうか」


結局午前中は三人で遊んで過ぎた。大人達はずっと話をしていてお昼ごはんの時間も遅れた。ママさんを手伝いつつお昼の準備が終わると巡礼の女を交えてのご飯となった。


驚いたことに女には名前が無いそうだ。巡礼の人達は名前がないのかと思ったがそうではないらしい。つまりこの女は普通の巡礼者ではないんだね。


「私は名を持たない。だから好きに呼んでくれて構わない」


名を持たないとかって何の縛りプレイだ?ドヤ顔でいわれても引くわー。名前を持たないことで記憶されるのを少しでも防ぎたいのか?だとしたらどんだけ後ろ暗いことしてるんだって話だ。考えすぎか?


しかし好きに呼んでいいなら勝手に名前をつけていいってことなんだよね。何がいいかな?今のところ引っかかりは翼だけだ。まぁどうでもいいか。どうせ短い付き合いだ。お姉さんとでも呼んでおけばいいだろう。


「キミ達が次の神官か。どうだ、修行はつらいか?」


「いいえ。そんなことはないです。パパが色々教えてくれるから楽しいです」


「モリカもつらくはないよ。いまはキーンも一緒だから楽しいの!」


「うん。キーンか。聞いたよ。キミが?」


ジロリと目線を飛ばしてくれちゃってなんなの?ちょっとこわいんですけど。もっとフレンドリーにできないのかねこの女は。パパさんママさんを見習ってほしいよ。


「はじめまして。キーンと申します。こちらでお世話になっている冒険者です」


挨拶は簡潔にしておく。余計なことを言って面倒なことになるのはご免だ。幸いにも女はそれ以上何も言ってこなかった。その後は女から旅の様子を聞いたり、世界の情勢を聞いたりした。


アロンソとコラリオの国境付近では相変わらず小競り合いが続いているらしい。口ひげ宰相にはご機嫌よろしく、焚き木で遊ぶつもりが山火事になりそうだなんていいザマだな。格好いいよ。これで本格的に戦争にでもなったら爆笑ものだな。いいピエロになれるといいな。


ボードゲーム気分で気軽に始めるからそんなことになるんだぜ。あの口ひげを引きむしりならが笑いたおしてやりたいが今はできない。手紙でも書いて送ってあげたいな。こっちは幸せにやってるよってさ。


「お姉さんはこの後どうするの?」


リームがママさんに聞いている。


「何日かここに泊まってもらうわ。あなた達のことも見てもらうからね」


午後は名無し女を遺跡にご案内だ。ふむ、あの女はナナシと呼ぶことにしよう。もちろん心のなかだけでね。翼はガン無視する方向で。


ママさんを残して遺跡に移動する。リームとモリカはもうナナシに懐いているようだ。早いなぁ。お客さんが来るのに慣れているのもあるんだろうけど、子供ってあのくらいの方が可愛いよね。


俺は可愛くない、子供の皮をかぶったおっさんです。なんておぞましい生き物なんだろうか。江戸時代なら切腹ものだな。


幸い今は江戸時代ではないし俺は武士ではない。転生先がこの世界でよかったぜ。この世界にきてからあんまりいいことなかったけどよかったことにしておこう。


遺跡に到着。ナナシは御神体に近づいていく。どんどん近づいていって御神体に触れてしまった。パパさんはただそれを見ているだけだ。勝手に触ってもいいんだ。


やっぱりあの女は何かワケ有りってことか。聖域を管理する側の人間とか?ならばあいつも「祈り」系の魔法を使うとか?そうであっても不思議じゃないな。


おや?一瞬御神体が光ったか?野郎変なことしてないだろうな。御神体に傷の一つでもつけてみろ。その傷を百倍にして返してやるからな?まぁ部外者はどちらかと言えば俺の方なんだけどさ。


ナナシは5分くらい御神体に何かしていた。俺は手にじっとり汗をかきつつその様子を観察。パパさんが何も言わない以上怪しいことをしているわけではないんだろうな。


ナナシのことは放っておいて俺は俺で御神体を眺めることにする。いつものように時間を忘れて引き込まれていると声をかけられて現実に戻る。


「キーン君。私達はこれから狩りにいく。残念だが今日はキミと一緒にはいけなくてね。また夕食のときに会おう。キミも狩りをするなら気をつけていくんだよ」


パパさん達は行ってしまった。仲間はずれ感がガンガン押し寄せてくるな。まぁいいさ。俺はもともと一人だったんだ。気持ちを切り替えよう。


今は狩りって気分じゃないな。神殿に戻って木を彫って何か作ろうかな。最近は神殿内の装飾をコピーすることにハマっているのだ。


参考資料を集めておいていつか自分の家を建てるときに取り入れたいからね。神殿の外観などはさすがに作れないので絵を描いて残している。


あとは薬草から軟膏作りもしなきゃな。薬草が悪くなる前に作業しないと。よし、先に薬草関係を処理してから趣味の木彫り作業をやるか。


神殿に戻ってママさんに手伝うことはないか聞いておく。特にないようなので軟膏作りを始める。


軟膏の在庫も結構増えたな。さすがにこんなには必要ないだろう。今度商人が来たら買い取ってもらおう。そうだ彫刻用の道具がないか知りたいな。


いつか精巧な等身大土下座人形を使って身代わりの術なんかを使ってみたい。夢が広がるな。そうなるとやっぱり煙玉の製作も必須だ。パパさんにいい材料が何かないか聞いてみよう。


俺がのほほんと作業していると外が何やら騒がしくなってきた。パパさんの怒鳴り声が聞こえる。え?パパさんが怒鳴るなんてなにごと?


急いで部屋を出てみると傷を負ったパパさんとリーム、ナナシの姿があった。ママさんが魔法を使って3人の怪我を治している。


そして・・・モリカがいない。魔物に襲われた?いやこの島では無敵モードのパパさんがいるのにその可能性は低いだろう。


「パパさん!何があったんですか?モリカは?モリカは!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る