第60話 島での生活と祈り

なんだかんだすっかり島が気に入ってしまった俺はパパさんママさんに頼んでしばらく神殿に住まわせてもらうが出来た。掃除や食事の片付けなどを手伝い、食材や魔物の素材を渡すことで食費と家賃の代わりとしてもらう。


2週間ほど一緒に生活して、この一家の生活パターンもおぼえた。基本にあるのは神殿と遺跡の管理とお祈りだ。子供二人はそこに神官としての修行が入るわけだが、修行というのは狩りのことのようだ。


狩りには一緒にいけないので実際何をしているのかはよくわからないが、話を聞く限りでは魔物を狩ったり薬草を採取したりと、俺のやっていることと大した違いはないようだった。


ではなぜ一緒に狩りに行けないのだろうかと考えて、おそらく魔法を見られないようにするためだろうと予想する。しかし、食事のときの何気ない会話から魔法についての話も聞くことができたので、頑なに秘密にしているという訳ではないようだ。魔法は一族に代々伝わるもので、ずばり「祈り」というものらしい。


なんとこの魔法で御神体と意識を重ねることができるんだってさ。おい。それって神との交信ってこと?そんなすごいこと出来ちゃうの?それって俺が昔会ったのと同じ神的なやつ?そこまでは分からなかった。


島へと渡ってくる人達もそれなりに多かった。近くの集落はもちろん湖の対岸方面からも来たし、少し遠くの町からも人がくる。さらには国を越えて祈りを捧げにくる人もいるようだった。目的はもちろん遺跡で、そのたびにパパさんは神殿や遺跡の案内をしていた。


俺は掃除や狩りをしながら暇があれば遺跡に行っていた。もちろんリームやモリカと一緒にだ。パパさん抜きでも行く許可を貰ったのだ。


祈りというのがどういうことなのかはよくわからないが、わからないなりに祈ってみたよ。孤児院のみんなについて祈り、島の一家について祈り、自分の将来について祈ってあとはぼーっとしていた。


燃えるように伸びた枝を眺め、光を吸い込んだように輝く緑の葉を見て目を閉じる。再び目を開くと変わらずにそこにある木をみて、はじめてみたときのような驚きを覚える。


遺跡の神様か。何者だろう?目の前にあるんだからこの疑問はおかしいのか?御神体とは一体どういう存在なのか?パパさんに聞いても分からなかった。これといって特別な儀式などはしていないとのこと。宗教色が濃いわけではない。全くよく分からない。いや理解しようとするのが間違ってるのか。


何千年という時を越えて今もここにあるという神の木。この遺跡が、そしてこの御神体が何なのかというのは時代とともに分からなくなってしまったらしい。そんなことって・・・あるか。


一族がずっと守ってきたはずなのに、どこかで伝承が途切れてしまったとは。しかしライン一族は今もこうして遺跡守の仕事を勤め続けている。


リームもモリカも当たり前のようにここの神官になる運命を受け入れているようだ。子供だからまだちゃんと考えたことがないだけだろうか?


しかし、二人は「祈り」を通じて御神体と意識を共有しているようでもある。そのことを聞いてみたこともあるが、二人とも明確に言葉に出来ないようだった。パパさんにも聞いてみたが御神体の意識が流れてくるのだという言うばかり。その内容は言葉で説明できないということだった。


結局何を聞いてもよくわからないってことか。いや誤魔化されているんだろうな。しかし俺はそんな好奇心よりも、御神体を眺めているだけで十分だった。


御神体とは神の依り代のようなものなのか?この島の草花や木はなぜこんなにも巨大なのか?御神体の枝打ちしたあとの枝葉はどうするのか?等々疑問も多くあったが知らなくてもいいやという気分。その内パパさんやママさんに話を聞いてみたいなと思う程度だった。


「キーン。鬼ごっこしようよ」


「鬼ごっこは昨日やったじゃないの。キーン、今日はわたしとお花で冠つくるの」


二人ともすっかり仲良くなった。自由時間には三人で一緒に遊んだ。狩りをしているだけあって体力は十分だし、身体能力も高いようだ。


モリカは女の子だけあって花や料理や織物などに興味があるようだが、鬼ごっこをしてもかなりの強敵だった。


ここで生活しているうちに少し考え方が変わった気がする。荒れて自虐的になっていた自分の考えが少し安らいだからかもしれない。それとも追手の不安から解放されたからかな?


根本の部分はまだまだ変わっていないが、少なくともライン一族を否定できるものではないなと感じている。神様と共に・・・ね。


大事にしていたものも一顧だにせず逃げに逃げてここまで来た俺と、千年単位でここを守っているライン一族。自分自身の薄っぺらさがよくわかる。マジでぺらいな俺。このぺらさが俺本来の姿だと思ってたんだけどな。


「キーン君。キミの狩りの腕は凄まじいね。キミが魔法使いだということにも驚かされたが、その魔法も驚きだ。ものすごい力を感じる」


パパさんママさんからあまりに心配されたので、俺は自分の狩りを見せた。一度だけだが魔法を見せて拘束系だと説明した。パパさんの驚き方は少しオーバーだと思ったが、見慣れない魔法だからだろうとあまり気にはしなかった。


島には定期的に商人が来るので、一家に渡す分以外の魔物の素材なんかを売ってお金を稼いで必要なものを買った。短剣を使うための練習も始めてみたよ。パパさんは弓を使うようだったが、剣も使えるのでたまに型を教えてもらったり練習相手をしてもらった。


リームと魚釣りにいき、モリカと花の蜜を集めてジャムのようなものを作った。ここでの生活はとても心地いい。これこそスローライフかもしれない。旅をして世界のいろんな場所を見るのもいいけど、もうしばらくはここに置いてもらおう。


俺はすっかり自分の部屋になった神殿の客間で瞑想する。祈りは今もよくわからない。だがこうして目を閉じて深呼吸して何も考えない時間が苦痛ではない。俺のような人間が一体誰に何を祈るのか?時々自虐の芽が顔を覗かせる。


なに、そんなことは俺の知ったことじゃない。俺には俺の道があって、そこを進むだけ。他に道があるなら俺だってそっちへ行くかもな。だがこの道に入ってしまった以上、次の分かれ道まで待ったなしだ。一度戻って我が身を振り返る?そんなことができる人間なんてほとんどいないよ。俺もそのほとんどの一員だ。


祈りの時間は苦痛の時間でもある。けれど御神体を眺めていれば、全てを許されている気分に包まれるんだ。これって何かの中毒か?分かっていても止められない類のものだったりしてね。危ないな。さて一体どうなることやら。

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